第238話 毬萌と雷

「ううむ。どうしたもんか」


 暗い生徒会室の真ん中に立って、俺は考える。

 なに? それはいやらしい事かって?

 バカにしてんのか! 4人寝られるスペースの確保についてに決まってんだろ!!

 まだ台風を消滅させずにこんなとこに居るのかよ、ヘイ、ゴッド!!



「コウちゃーん! ちょっと配置について書いてみたーっ」

 毬萌の声に反応して、俺はライトの光を向ける。

「みゃっ!? ま、眩しいよーっ!!」

「おう。すまん。そんで、何を書いたって?」

 今度はしっかりと、毬萌の横にあるホワイトボードを照らした。


 そこには、実にスマートな部屋の配置換えが図式で記されていた。

 しかも、最低限の労力で済むように設計されている。

 どこでスイッチが切り替わったのか未だに分からんが、天才モードの毬萌が降臨。

 しかも、この状況で。

 こんなに助かることはない。


「すげぇなぁ。これ、俺の腕力とかも計算してあるだろ?」

 だって、重たいものほど移動させなくて済むように書かれているのだから。


「にははっ! だって、コウちゃんさっきから色々頑張ってくれてるからさっ!」

「おお……。毬萌、お前ってヤツぁ……。ここぞで頼りになるなぁ!」

「それはお互い様だよーっ! わたしだって、コウちゃんのおかげでお腹いっぱいになったんだし!」

 いや、ちょっと待て。何をお互い称え合っているのか。

 サッカーの親善試合後の選手たちか。


 そうと決まれば、善は急げ。

 生徒会室を簡易宿泊施設へと変貌させるのだ。


「うがががががががっ!! あぁぁぁぁぁああぁぁぁいっ!!」

 頭の中では、今の俺はオールマイト。

 たかだかソファーひとつ、気合の掛け声ですんなり移動させられる。


「おおーっ! コウちゃん、すごいっ! 10センチくらい動いたよっ!」

 現実の俺もオールマイト。

 ただし、ワン・フォー・オールを完全に失ったあとの姿である。

 我ながら、なんとしっくりくる例えだろうか。

 お前は人生で一瞬たりともワン・フォー・オールを身に宿していないって?

 そんな無粋な事を言わなくてもいいじゃないか。


「コウちゃん、一緒に押そうよっ!」

「いや、しかし、女子に力仕事させちゃあ」

「気持ちは嬉しいけど、わたしは一緒にやりたいなーっ」

 その表情は反則だろうが。

 返す言葉を奪うなよ。オール・フォー・ワンかよ。


「おっし、行くぞ。せぇーの!!」

「みゃーっ!!」

 俺と毬萌の共同作業により、2台あるソファーが横付けされた。

 その結果、部屋の中央部にスペースが生まれ、そこに茶道室から持ってきた座布団を並べたらば、まあベッドとは言えないまでも、雑魚寝よりは数段マシである。


「やれやれ。やっぱり毬萌がいねぇとダメだな。我ながら、なんつー非力さ」

「んーん。わたしも、コウちゃんがいないとパワー出ないよーっ」

「……お前、そういう事言うじゃないよ」

 だから、その表情は反則だろうが。



 そんな俺たちに、天の怒りが落とされる。

 一瞬の稲光ののち、ズガンという爆音と、地響きが数秒遅れてやって来た。

 雷である。

 いつの間にか発生していたらしい雷雲は、ゴロゴロと鳴り、2撃目、3撃目もご用意しておりますとばかりに人間を威嚇いかくする。


「おー。ビビったなぁ。今の、結構近かったぞ。おうっ」

 毬萌の無言タックル。

 結構久々に喰らった気がするけども、威力はなかなか。

 俺が毬萌の体を支えきれずに、ソファーに倒れこむのだから間違いない。


「こ、ここここ、コウちゃん! コウちゃーんっ!!」

 俺のうっすい胸板の上に乗っかって、プルプルと震える毬萌。

 ああ、そうだった。



 こいつ、雷が大の苦手なんだった。



 思い起こせば小学生の頃。

 彼女は知的好奇心から、雷の持つエネルギーと、その強力さを知り、それらが人に向けて牙を剥いた時の恐ろしさも知ったらしい。

 それ以来、雷が鳴ると彼女はとても怖がるようになった。


 ワンコやニャンコも雷が嫌いだと言う。

 柴犬の気質を持つ毬萌も、本能的に嫌っていたのだろう。

 そこに知識なんかを付随するものだから、そりゃあ怖かろう。

 ちなみに俺は、未だに雷の凄さと言えば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、デロリアンを起動させるくらいのパワーと言う、ほんわかした認識しかない。


 とは言え、本気で震える毬萌を放置もできない。

「ううぅぅっ! ご、ごめんね、コウちゃん……」

「おう。まあ、こればっかりはしょうがねぇな」

 正直、毬萌の体が乗っかって、主にあばら骨辺りが今にも折れるのではないかと言うくらい、ミシミシと悲鳴を上げている。

 が、実際に悲鳴を上げている大事な幼馴染が目の前に居る。

 ならば、あばら骨の心配など、二の次だ。


 不幸中の幸いであった。

 もしかすると、雷様も、毬萌のあまりの怯え方を見て「いっけね、やり過ぎちった」と反省してくれたのかもしれない。

 その証拠に、2撃目は訪れなかった。


 俺は、毬萌の浮かべた涙をそっと拭いてやり、なるだけ優しいトーンで言う。

「まあ、あれだ。雷くらい、俺に任せろ。いつだって避雷針になってやる」

「ふぇぇ……。……コウちゃん、好きっ! ありがとーっ!!」

「あああああああっ」



 格好つけた次の瞬間。

 毬萌が俺に抱きつくものだから、あばら骨と脇腹が同時に悲痛な声を出す。

 大事な幼馴染からの親愛の情は、たいそう嬉しかった。

 が、主に俺のあばら骨がその巨大な愛に耐えられなかった。


「あれ? コウちゃん? コウちゃーん!」

「お、おう。へ、平気、平気。うゔぉあ……」



 激痛に苛まれる中、「アブラカダブラとあばらバラバラって似てるなぁ、うふふ」などと考え、少しだけアホの子が伝染した俺であった。

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