花火大会編
第194話 毬萌と浴衣
いよいよ明日は花火大会。
これまでは特に意識してこなかった。
「ははあ、もう夏も終わりだなぁ」と思うことはあれど、それ以上に特別な感情を抱いた事はない。
そんな晩夏の固定イベントを前に、いささか俺は浮足立っている。
異性を花火大会に誘う。
男子高校生にとって、それが何を意味しているのか。
そのくらい、俺だって理解している。……つもりである。
別に、劇的な思い出を作ろうなんてパリピめいた事は考えちゃいない。
ただ、俺は海水浴にて決意をしたのだ。
色々やって、しっかり迷おう。
可愛い女子に想いを寄せられて、寄せられっぱなしでここまで歩いてきてしまったが、それは大きな間違いであった。
彼女たちは、いつも勇気を持って、一歩踏み出してくれる。
それを俺は、いつも横着にも立ち止まって受け止めてきた。
それじゃあ、いかんのだ。
相手が歩み寄ってくれるのを待つのは、さぞかし気が楽だろう。
しかし、勘定が合わない。
向こうが一歩踏み出してくれたら、俺だって踏み出すべきだろう。
これまで動かなかった分。
一歩だって、二歩だって、歩き出さなければ先の答えなど見えはしない。
「コウちゃーん! 来たよーっ!」
俺が静かな決意を胸に秘めていると、毬萌が部屋にやって来た。
「おう。ちょっと休んでからにするか?」
俺はライトセーバーを置いて、毬萌に問いかける。
なに? お前、冒頭の真剣なモノローグの最中に何してたかって?
ライトセーバー振り回してたけど?
バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。
これは真剣とライトセーバーが掛かった、高尚な思考システムだぞ。
おい、指さして笑うな! 俺はこれでもマジなんだ!! おい!!
「んーん、平気ーっ! 早く行きたいよーっ!」
「そうか。じゃあ、出るか」
「はーい! んふふー、楽しみだなぁーっ!」
今日は、これから毬萌の浴衣を買いに行く。
この前、盆踊りの際にした約束を果たすのだ。
「母さん、ちょっと出てくるわ」
「あら、そう。ああ、あんた、西松屋行くんならクーポンあるわよ!」
西松屋じゃねぇよ!!
つーか、クーポンの有無把握するほど通い詰めてんじゃねぇよ!!
「だって、あんた、毬萌ちゃんのお買い物なんでしょうが。母さん知ってんだよ」
「なんで知ってんだよ!」
「にへへーっ」
「お前の仕業かよ! 勝手に情報共有すんのヤメてくれない!?」
「あんた! いくら未来のお嫁さんだからって、あんまりいやらしいもん買うじゃないよ! 節度ってのがあるからね! お父さんも昔ね、母さんが若い頃に……」
「ああ、うるせぇ! なんだよ、いやらしいものって! 浴衣買いに行くんだよ! あと、父さんとの思い出話語ろうとしてんじゃねぇよ!」
俺は、制止を無視して、親父が結婚前に貝殻で出来たビキニを贈った話をし始めた
あんなアホな話聞いてたら、IQがみるみる下がりそうだ。
そしてやって来たのは、お馴染み駅前のショッピングセンター。
毬萌の水着を買ったのもここである。
財布の中には、虎の子の一万円札が二枚。
夏休みが始まった瞬間にチャージされた俺の預金も、残すところあとわずか。
それだけ色々と遊んだ訳であり、後悔はない。
それに、たまには毬萌に金を使ってやるのも悪くない。
「見てーっ! コウちゃん、コウちゃん、いっぱいあるーっ!!」
そこには浴衣売り場なんてものがデデンと陣を張っていた。
察するに、明日の花火大会に備えてひと稼ぎする腹積もりのようだ。
「浴衣をお探しですかー?」
そして、このショッピングセンターは店員さんの動きが素早い。
いつ来ても、すぐにマンツーマンディフェンスの体制を取られる。
多分ここに勤めるためには必須資格として各種ディフェンスの基礎を叩きこまれるに違いない。
「お客様、どのような柄ですとか、お色のご希望はございますか?」
「こちら、今年流行のモダンテイストな浴衣でございます」
ほら見ろ、一瞬にしてマンツーマンがダブルチームに。
買うつもりで来ているから良いようなものの、
「明日の花火大会へ行かれるんですか? お二人はカップルですよね?」
「違います」
「未来のお嫁さんですっ!」
や・め・ろ!!
一周まわってシンプルな嘘に回帰するな!!
ちょっと恥じらいながら言うな! 割と可愛いから厄介!!
「あー。こいつに似合いそうなヤツ、いくつか見繕ってくれませんか?」
「かしこまりました!」
「にへへっ、コウちゃんがね、買ってくれるんですよっ!」
嬉しいのは分かった。
そんなに喜ばれると、俺も確かに嬉しい。
けれども、スキだらけな事は言ってくれるな。
「まあ! ステキですね! みんな! こちら、コウちゃん様が彼女さんにプレゼントするんですって! 各々が一番コウちゃん様に寄り添った浴衣をご用意して!!」
ほら、なんか大事になってるー!!
そして集まる、浴衣、浴衣、浴衣。
白から黒、ピンクに黄色、色とりどり。
金魚柄、
そのどれもが毬萌に似合いそうであり、これは大いに悩ましい場面である。
しかし、毬萌はそのどれもに首を振る。
「おい、よもやの高級品がご所望か!?」と背筋を冷やすも、彼女の指さす先は。
「コウちゃん、これがいいよっ!」
その浴衣は、店員さんセレクションよりもかなり値段が抑えられていた。
「おい、遠慮すんなよ。もうちょい良いヤツで大丈夫だぞ」
しかし毬萌は、もう一度首を振る。
そして笑う。
「これがいいっ! これ、男女でお揃いになってるんだもんっ!!」
不覚にも、心臓が大きく跳ねた。
落ち着け、俺よ。まだ花火は打ちあがってもいないのに。
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