第161話 天海先輩と図書館

 夏休みの課題は先に済ませる派。

 俺である。

 今日は読書感想文用の本を無料でゲットするべく、図書館へ。


「うぅーっ。暑いよぉー、コウちゃーん」

「そりゃ暑いよ。夏だもの。しかも、こんだけ晴れてりゃな」

「なんでこんなに暑い日に行くのーっ!? 別の日でも良いじゃーん!!」

「うるせぇなぁ。俺ぁ今日行くって決めてたの」

 隣を歩く毬萌は、文句ばかり言っている。


「そもそも、別にお前は家にいりゃあ良かったろ?」

「やだーっ! コウちゃんと一緒がいいんだもんっ!」

 この柴犬感を出されると、強く言えなくなる俺。

 まったく、甘すぎる。


「分かった、分かったよ。あとでソフトクリームでも買ってやるから」

「え!? ホントに!? やたーっ! じゃあ、我慢するーっ!」

 やれやれ、相変わらずのスキだらけである。


 図書館は、毬萌の家から歩いて15分もあれば着く。

 なんてステキな立地。

 しかも、冷房完備で冷水器まである。

 ステキを越えて、いっそセクシーだね。


「ところで、さっきから何をしとるんだお前は」

「んっとね、コウちゃんの影に入る事で、太陽光を避けてるの!」

「またアホな事を言い出したなぁ」

「むーっ。コウちゃん、紫外線を甘く見てるでしょ!? 白人ほどじゃないにしても、日本人でも肌が白い人は、紫外線による発癌リスクがあるんだよ!?」

「お、おう。そうか」

 スキを見せたかと思えば、天才のような事を言う。


 しかし、だ。

「みぁーっ! コウちゃん、曲がんないでよぉー! 影がなくなっちゃう!」

 やっぱりやってる事はアホの子そのもの。

「ほら、危ないから。車道側を歩くんじゃないよ。こっちに来なさい」

 俺に出来るのは、こうして危険を予測する事くらいである。


 だけども、実はこの日一番の危険を予測出来ていなかった俺。

 あの人の受験生と言う立場を考えたら、図書館は充分危険な場所だった。

 せめて毬萌を置いて来ていればと思わずにはいられない。



 図書館に入って、約5秒。

「おお! 神野くん! 神野くんじゃないか! 私だ、天海だ! 奇遇だな!!」

「みゃあっ!?」


 わずか5秒でバッドエンカウント。

 天海先輩と鉢合わせ。

 もっと中に入ってからなら、「私語はちょっと」とお断りできるのだが、残念ながらこの図書館、エントランスには歓談席が設けられている。

 歓談席と名の付く場所で、理由もなしに歓談を断れるだろうか。


「あー。天海先輩。受験勉強でお忙しいのでは?」

「はは! 桐島くんは相変わらず気配り上手だな!」

「え、ええ。ですから、俺たちなんぞに時間を割いてもらっちゃ」

「気にするな! ちょうど私は休憩に入ったところだ! うん! ベストタイミング!」

 断ろうと頑張ったが、やっぱり無理だった。

 天海先輩にとってのベストタイミングは、毬萌にとってのワーストタイミング。


「梅雨明けを知らせる白向風しらはえとが吹き、盛夏せいかのみぎり、先輩におかれましてはいかがお過ごしでしょうか」



 あー。ダメだー。毬萌が時候の挨拶をー。



 つまり、強制天才モード発動である。

 早いところこの場から立ち去らないと、アホの子の取り立てが大変な事に。


「なはは! 神野くんは変わらず息災のようで結構! 見事な挨拶、痛み入る!」

「ヤメてくださいまし。わたしなど、とんでもないものですわよ」

 ほら、もう何言ってんのか分かんなくなってる!

 学園じゃないと油断してたからか、天才モードの限界が早すぎる!


「ふーむ! そうだ、良い事を思い出した! 神野くん、踊りは好きかな!?」

「いやですわ、先輩。わたし、日本舞踊はたしなむていどですのよ」

 嘘つけ! お前が嗜んでんの、盆踊りだろ!

 ほにゃっとしながら適当な事を言う。うん、まずいね!


「やはり神野くんともなると、私などとは次元が違うな! これも、日本舞踊には違いないと思うのだが! 盆踊りに興味はないか!?」

 まさかの嗜んでる方が来ちゃったよ!


「もうマヂ無理、好きすぎて震えますわよ」

 何言ってんの!? セリフん中でギャルと淑女が同居始めてんだけど!?

 あ、ダメだ。瞳から光が消えつつある。


「そうか! では、私の地区で予定している盆踊りにぜひ出てくれ!」

 いかん! この流れは、毬萌がほにゃっと逝くパターン! 止めねば!!

「いやー、天海先輩! 毬萌は案外、その手のイベントは苦手でして」

「ははは! さては桐島くん、仲間外れにされたと思ったか!? もちろん、君も来てくれたまえよ! 大歓迎だ!!」

 鉄壁。オリバー・カーンかな?

 俺のへなちょこキックが通るはずもなし。


「もちろんそうですわ。大丈夫に決まっていますことですのよ」



「……Oh」



 いつかも言った気がするけども、大丈夫って日本語、難しいよね。


「それは良かった! では、詳しい話はまた後日! はは! 楽しみだな!」

 そして天海先輩は去って行った。



「うぇーん! コウちゃーん!! なぁんでぇー!! なんで天海先輩いるのぉー!!」

 俺のシャツで涙と鼻水を拭きながら、泣きじゃくる毬萌。

 とりあえず俺は、毬萌の背中を押して、一番近い喫茶店へ。

 ぐずる毬萌をどうにかあやしながら、フルーツパフェを注文。

 割とすぐにウェイトレスさんが運んできてくれたのは非常に助かった。


「ほれ、毬萌ー。パフェだぞー。甘いぞー。食わねぇなら、俺が食っちまうぞー」

「うぇえぇん! 食べるーっ!!」

 やれやれ、アホの子レベル2くらいには落ち着いたか。


「ところで毬萌。盆踊りの話だが」

「ひっく、ぐすっ、なぁーに? ぼんおどり?」

 うん。今はこの話はヤメておこう。



 しかし、これは面倒なことになった。

 夏休みの課題済ませに出掛けて来たのに、なにゆえデカい課題が増えるのか。

 俺は日頃の行いに対して払われるべき配慮について、これからゴッドに膝突き合わせて抗議する所存。

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