第131話 プール掃除と戦力外

 プール掃除なんて、ふざけないと損だ。

 そんな風潮がある事は承知の上である。

 なにせ、プール掃除に立ち会える機会自体が極めて稀である。

 そのレアケース感が、ついついはしゃぎたい気持ちに変換されるのは分かる。

 しかし、今ここに集められたのは、委員会に属する精鋭たち。

 そんな浮ついた気持ちの者はいないのである。



「ちょっと、そこ! もっと広がりなさい! 効率が悪いでしょう!!」

 そもそも、こんな鬼教官ひのさんの前ではしゃぐのは、バカか潜りである。

「あー。そこの女子三人。薬液撒くらしいから、ちょっと移動してくれー」

 そして、現場監督の氷野親分の下に付けられた俺。

 他の生徒会はと言うと、三人ともプールで掃除している。

 では、なにゆえ俺だけが氷野親分の傘下に配属されたのか。


 俺が有能な指揮官だからかな?

 うん。知ってる、答えはノーだよ。


「公平せんぱーい! よいしょっと! ホース持ったので、水出してもらえますか?」

「おう。了解。……大丈夫か? 結構な勢いで出るみたいだけど」

「あはは、平気ですよー。あたし、公平先輩より力持ちですから!」


 そうだよ。

 俺ぁ、現場に出しても戦力にならぬと判断されたんだよ?

 しかも、満場一致でね! はは、笑えよ、ヘイ、ゴッド!!


「とっとと動く! 桐島公平!」

「へい、すいやせん! 花梨ー! 水が出るぞー!!」

 現場指揮の副官と言えば聞こえは良いが、要するに雑用である。

 しかも、軽作業限定の雑用である。

 みんなの気遣いは嬉しいが、何だか心が痛いのは何故かな。


 その後も、氷野親分の的確な指示と、委員会所属のマジメな生徒たち。

 そして生徒会のリーダーシップによって、作業はどんどん進んでいく。

 俺かい?

 主に蛇口を捻ったりしているよ?


「桐島先輩! ちょっと良いですか?」

 久しぶりにまともな用事で呼ばれた気がして振り返ると、見知った顔が。

「おう、松井さん! どうした? 俺で役に立てれば良いが」

 彼女は松井さん。風紀委員の一年生。

 花梨と同じクラスで、俺ともたまに絡むことがあり面識がある。


「この子が足の指を引っ掛けちゃったんです。氷野先輩に、桐島先輩の所へ連れて行くように言われたんですが」

 隣にいる女子が、申し訳なさそうに頭を下げる。

「おう、そいつぁいけねぇ。ちょっと見せてもらうな。触っても良いか?」

 初対面の女子に触れる際はまず許可を得る。

 紳士のたしなみは順守。


「す、すみません」

「いやいや、そんなに恐縮しねぇで、楽にして。相手がイケメンならともかく、こんなエノキダケだぞ? 見てくれ、この白い腕!」

「あはは、桐島先輩、相変わらずですね! ほら、副会長は気さくな人だって言ったでしょ」

「う、うん」

 緊張が解けたところで、傷を拝見。

 少し足の皮が剥けて、血が滲んでいる。


「よし、ちょっと水で洗うぞー。痛かったら言ってくれ」

「へ、平気です」

「もう少し強く水かけるな。痛かったら頭叩いてくれ。スイッチになってる」

「ふふっ、大丈夫です」

「すげぇなぁ。俺なら泣いてる。で、仕上げはこいつ! デデーン、キズパワーパッド! これ貼っときゃ、二日も経てば元通りだ!」

「ありがとうございますー。桐島先輩って、去年は保健委員だったとか?」

「いやいや。ただのエノキだったよ?」


「すっごく気が付く人なんですよね! 公平せーんぱい!」

「おう、花梨。お疲れさん。どうした?」

「あっちで先輩が後輩の女子とイチャイチャしてるって情報を聞いて来ました!」

「人聞きが悪いなぁ。こんな可愛いお嬢さんが俺なんぞ相手にするかよ」


 花梨がじっとりとした目で俺を見た後に、松井さんと一年女子に言う。

「こういうところなんですよ! 早く逃げて下さい! 公平先輩、天然の女たらしなところがあるので!」

 どういう所かは分からないが、謂われなき非難である。


「じゃあ、桐島先輩、失礼します!」

「おう」

「あ、私も! あの、怪我、診て下さってありがとうございました!」

「いやいや、なんの。気にしねぇでくれ」

 一年生コンビが去って行った。


「あーあ。あたしも先輩に優しくされたいです」

「いつも優しくしてるじゃないの」

「もぉー。ホントに先輩は乙女心が分かってないですねー。わひゃっ!?」

「どこも怪我してないだろ?」

「い、いきなり足に触らないでくださいー! セクハラですよ!!」

「えっ、足の指でも!?」

「当たり前です!」

「だって、話の流れで花梨が怪我してないか確認するところだったじゃん」

「そんな流れじゃなかったですよ!」

 そんな流れだったよね?

 あれ、なんでそっぽ向くの? ヘイ、ゴッド。


「マルさん先輩に言いつけちゃいますよー?」

「ばっ! そりゃダメだ! ヤメて、花梨ちゃん! 花梨さん!!」

「あはは! じゃあ、このあとの自由時間、あたしに泳ぎ方教えてくれます?」

 氷野親分に通報されるくらいなら、何でもやっちゃう、俺。


「もちろん、喜んで!」

「わぁー! やりました! 公平先輩の体、予約しましたからねー!」

 エノキダケを予約して、何をするつもりなんだか。

 鍋の具材ですら荷が重いと言うのに。



「全員、プールから出なさい! これから水入れるわよ!!」

 そして氷野親分の号令で、清掃は完了。

 30分の入水タイムののち、自由時間が訪れた。



 そして俺は知ることになる。

 ついに、やっと、ようやく、満を持して。

 この俺が、運動の分野で輝く瞬間を得たことを!!

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