第128話 公平と前生徒会長・天海蓮美

 世の中には天敵と言うものがある。

 例えばハブにマングース。

 例えばトムとジェリー。

 例えばイワークにヒトカゲ。

 理由は色々とあるけれども、水と油。混ぜるな危険。

 そんな関係にあるモノの事を指す。


 さて、我らが生徒会長、神野毬萌。

 全校生徒から絶大な支持を受け、彼女も全ての生徒に分け隔てなく接すると言う、もはや説明するのも文字数の無駄と思われる、天才美少女である。

 そんな彼女にも、天敵がいる。


 はい。今、ソッコーで俺を指さした、ヘイ、ゴッド。

 勇み足も甚だしい。俺はあいつの副官だぞ。

 確かに厳しい事を言ったり、うるさくして舌を出されることはあるが。

 それを天敵と思われるのは心外である。


 彼女にとっての、真の天敵。

 これまで姿を隠していたのに、その人がついに動き出した。



「失礼するぞ!」

 ノックとともに、生徒会室のドアが開く。

「やあ! 仕事中にすまない! 今、大丈夫だったかな?」

 ハキハキとした口調。堂々とした態度。

 この時点では氷野さんと特徴が被るが、声の主は彼女と決定的な違いがある。

 氷野さんは、取っつきにくいが仲良くなれば話せる女子である。

 しかし、このお人は、非常に難物なんぶつであらせられる——。


「すみません。今、俺しかいねぇんですけど」

「そうか! 桐島くん! 引継ぎ式以来だな! 元気だったか!?」

「あ、はい。一応元気にやってます」

「そうか! それは結構! おや、副会長のバッジが20度傾いているぞ!」

「すみません」

「うん、良い返事だ! ん? ソファーに埃が1ミリほど拭き残してあるぞ!」

「す、すぐに拭きます」

「うむ! ところで、神野くんはいないのかな?」


 会話が途切れたスキをついて、彼女を紹介しておこう。

 天海あまみ蓮美はすみ

 天と海が分かれているのを良しとし、全ての事象にはけじめがあると考え、その崇高な思想を片手に、世間の常識を固め具現化した女子、それが彼女である。

 そして、前述した、毬萌の天敵でもあり、学園内では彼女の呼称もある。


 人は彼女をこう呼ぶ。

 前生徒会長。

 三年生の、天海先輩。



「今、お茶を淹れますんで」

「それは申し訳ないな! 来客に出すのは茶のみ! 順守しているようで結構!」

 俺は今、必死でミロを隠している。

 あと、毬萌のオヤツのチョコあーんぱんを高速のパンチで棚の奥へ。


 天海蓮美前会長。

 長いので天海先輩と呼ぶが、彼女はとにかく型にはまった統治を好んだ。


 今年俺たちがやった生徒会企画。

 オリエンテーリングは盛況ののちに幕を閉じたが、昨年は清掃活動が行われ、落ちているものは軽自動車でも処理すると言う荒業をやってのけ、生徒たちは涙に暮れた。

 雑な言い方をしてしまうと、天海政権は『息苦しい』ものであった。


「粗茶ですが」

「ああ、ありがとう! うん、8℃ほど温度が低いようだな!」

「すみません」


 彼女の常識は、世の中で称賛される、高い水準のものである。

 そして、天海先輩は、何人にもその水準を求めた。

 全ての生徒がその位まで高みを目指せば学園としての質が上がる。

 それが彼女の弁であったが、人心を掌握するには至らず。

 理由は語るべくもなかろう。


「エアコンが1℃ほど低いのではないか?」

「……さすがです。いやあ、誰が間違えちまったのかなぁ」

 さっき俺が下げました。


 昨年、彼女の指揮下で毬萌は働いた訳であるが、もうお分かりだろう。

 型にはまっていない者を捕まえて型にはめる彼女と、型をぶち壊して柔軟な、軟体動物のように自由に動く毬萌。

 相性は最悪であり、事実、毬萌は何度も生徒会を辞めようとした。

 それだけならまだしも、毬萌にとっての致命傷がある。


「それで、神野くんはいつ頃戻るのかな!? 彼女と、その、久しぶりに握手をしたくてな! いや、3か月も会っていないと、あの顔も恋しくて! なははっ」


 天海先輩は毬萌のことが大好きなのである。


 そして、こんな事を言いたくないが、言わないといけないので言うが。



 毬萌は天海先輩のことが大嫌いなのである!!



 では、何故これまで先輩と毬萌が接触しなかったのか。

 それは、俺と氷野さんが連携して、絶対に彼女たちが接点を持たぬように暗躍していたからに他ならない。

 氷野さんも毬萌大好きっ子であるからして、この協力体制は強固なものであり、風紀委員を総動員して行われていた、水も漏らさぬ鉄壁の布陣。

 では、なにゆえこの度、天海先輩が登場したのか。


 氷野さんがうっかり風邪を引いたからである!


 風紀委員の連携が上手く取れなかったのだろう。

 今はプール掃除の打ち合わせで職員室へ行っている毬萌だが、そろそろ帰ってくる頃合いである。

 非常にまずい。

 毬萌は先輩に対して一種のアレルギー症状を持っており、対面した暁には恐ろしい事が起きる。


 何が起きるかって?

 天才スイッチが入りっぱなしになるんだよ!

 なに、良い事じゃないかって?

 忘れてんじゃないよ!

 無理に天才モードを続けると、反動でものすごくアホの子になるんだよ、毬萌!


 つまり、お勘定後のアホの子モードを受け持つ俺の身がもたないの!!

 分かったら、天海先輩をこの場から追い出して、ヘイ、ゴッド!!



「たっだいまーっ!」


「……Oh」


「おお、神野くん! 久しぶりだな! 私だよ、天海蓮美だ!!」

「みゃっ!?」

「壮健だったか? うんうん、相変わらず、可愛らしいな君は!!」

「……天海先輩。お久しぶりです。お元気そうで良かったです。にはは」



 ここからが本当の地獄だ。

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