第120話 家に帰るまでが合宿!

「ねーねーっ、コウちゃんっ! 最後にみんなで写真撮ろうよーっ!!」



 毬萌の思い付きはなかなか小粋なものであった。

 さっきまで体操服一つ片づけられなかった女子と同一人物とは思えない。


「いいですね! あっ、その写真、生徒会室に飾るのはどうですか?」

「おー。良いんじゃねぇか。まさに記念写真って感じで」

「僕も依存ありません」


 全員が同調するのも、もはや日常である。


「それなら、三脚立てるか」

 一日と少しの間だが、しっかりと役目を果たしてくれたデジタルカメラ。

 その相棒に最後のお勤めをさせるべく、三脚をカシャカシャ。

「おや。皆さん、お帰りですか?」

 そこに通りかかったのは、合宿中何度もお世話になった、ナイスミドルである。


「はい。色々とお世話になっちまって、すみませんでした」

「いえいえ。皆さんのようにステキなお客様は、そうはいませんよ」

「にははっ、ありがとうございますっ!」

「また、いつでもいらして下さいね。……ところで、お写真ですかな?」

「はい! 最後にみんなで一枚撮ろうってことになったんです!」

 おじさんは、ロマンスグレーの髭を撫でると、三脚を受け取る。

「それでしたら、わたくしにお任せ下さい」


 ヤダ、カッコいい。

 そこまでに至るルートを内緒で教えてもらえないだろうか。


 デジタルカメラを手慣れた仕草で三脚に取り付けるおじさん。

「それでは、皆さん、準備はよろしいですかな?」


「鬼瓦くんをどこに配置するかが悩ましいですねー」

「そだねーっ。武三くん、大きいからなぁー」

「……なあ、俺の隣をいつもみてぇに奪い合ったりしねぇの?」

「あー。先輩、文句言いながらも、やっぱり美少女二人にくっ付かれて、嬉しかったんですねー? もぉー、素直じゃないんですから!」

 てめぇで墓穴を掘る男。その名は桐島公平。


「ち、違うんだ! いや、なんか、いつもと流れが違うから、なっ!?」

「もーっ、コウちゃん、しっかりしてよぉー」

「え、なに!? どうした!?」

「この写真、生徒会室に飾るんだよっ? フォーマルな活動写真ってことになるんだからさっ、コウちゃんとくっ付いて写ってたらまずいでしょーっ?」


 急に天才のスイッチ入れるの、ズルくない?


 もう、完全に俺が女子にくっ付かれ待ちしてたみたいじゃん。

 全然そんな事ないけど。全然そんな事ないけどね。


「……じゃあ、俺と毬萌が真ん中で、花梨と鬼瓦くんがその横は?」

「コウちゃん、そんなにわたしと一緒がいいのーっ?」

「違う! 役職順に並べただけだ!!」

「にひひっ、分かってるよぉー。それじゃあ、そうしよっか、みんな!」

「はーい!」

「ゔぁい!!」


「すみませーんっ! シャッターお願いしまーすっ!!」

 毬萌の合図で、おじさんがオッケーのサインを返す。


「みんな、ニッコリ笑顔だよーっ! 合宿の締めくくりだからねっ!」


 色々と疲れることもあったけども、思い返せば実に楽しい三日間。

 こんな特別な日は、人生を振り返ったってもう二度とない。

 これからもたくさんの記憶が積み重なっていくだろうが、この時のこの瞬間は決して埋もれる事はない。

 本当に、楽しかったなぁ。


「では、撮りますよー! はい、チーズ!」

 パシャリと音がする。


「どうぞ。出来栄えをご確認ください。とても良い写真ですよ」

 おじさんに促されて、画面を覗く俺たち。


「あ、毬萌先輩、すごく可愛いですね!」

「えーっ? 花梨ちゃんだって、とっても可愛いよーっ!」

「それから、鬼瓦くんも笑顔がいいじゃないですか! 普段からそうして下さいよ!」

「ええ……。褒められているのかけなされているのか、分からないなあ」

「あとは、コウちゃんっ! うんっ!」

「あはは! 公平先輩もちゃんといつも通りですね!」


「……なあ、撮り直さねぇか?」

 そこには、笑顔の三人と、ひょっとこみたいな顔の俺。


「これでいいのーっ! ありがとうございましたぁ!」

「え、いや、ちょっと。良くはないだろ、毬萌。ねぇ」


「公平先輩らしさが出ててステキですよ!」

「俺のらしさって、こんな間抜けな感じなの?」


「僕は好きですよ、このお顔の先輩も」

「……俺ぁ嫌いだなぁ。もうちょっとマシなつらしてるよ?」


 なにはともあれ、これにて生徒会合宿の全日程が終了。

 コテージの鍵をフロントで返却して、お姉さんにもペコリとご挨拶。

 秋刀魚山さんまやま駅まで歩いて、電車に乗り込む。


 さらば、花祭ファームランド。

 またいつか来るから、それまで達者でな。



 電車の中では、誰ともなく寝息を立て始めて、気付けば全員で居眠り。

 それだけ疲れていたと言うことだが、それもまた、充実感の裏返し。

 ちゃんと最寄り駅の寸前で鬼瓦くんが起きてくれて、乗り過ごさずに済んだ。

 鬼神しっかり。


「そんじゃ、みんな気を付けてな! 家に帰るまでが合宿だぞ!」

「なんだか公平先輩、先生みたいですねー!」

「冴木さんは、僕が途中までお送りします」

「仕方がないので、今日の所は鬼瓦くんで我慢します! 先輩方、また学校で!」

「失礼します!!」


「おう! また明日な!」

「じゃあねーっ! バイバーイ!!」



 そして、俺と毬萌も懐かしのわが家へ。

「楽しかったねーっ、合宿!」

「おう。すげぇ楽しかった」


「……いつか、もう一度行きたいねっ。ふ、二人でさっ」


 ギュッと握られる、俺のシャツの裾。

 何やら、毬萌が勇気を出したことくらいは分かる。

 俺だって合宿で色々と学んだのだ。


「……まあ。そのうちに、な」

 俺が言い終わる前に、ぱあっと瞳を輝かせる毬萌。


「えっ、ホント!? いつ!? ねー、コウちゃん、いつにするーっ? ねぇーっ」

「痛っ! いててて、おまっ、首が、首が締まってる! ちょっと、毬萌!」



 スキだらけの幼馴染と俺、無事に帰還。

 手土産は、抱えきれない程の思い出。

 明日からは、また生徒諸君のために身を粉にして働く所存。



 だから、今はもう少しだけ、余韻に浸らせてくれよ、ヘイ、ゴッド。




 ——第二部、完。

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