第115話 毬萌と蛍の光

「ほらほら、見てーっ! お星さまの中にいるみたいでしょーっ!」

「おう。……おいおい、あんまりはしゃぐな。転ぶぞ」


 フラグである。


「へーき、へーき、このくらい……みゃあっ!?」

 足を滑らせる毬萌。

 そりゃあそうなるよ。

 片足立ちでクルクル回転するんだもの。

 いくら体幹もチート級だって、そんな無茶したら転ぶよ。

 フィギュアスケートの選手じゃあるまいし。


「ほれ見ろ! 蛍は実に綺麗だが、この自然の池に落ちたらえらいことだ」

 とても手入れされているようには見えない。

 どんな菌が潜んでいるか。

 俺はその辺にいる菌でも体内に入ると悪さをする事を知っている。

 はたらく細胞で覚えた。

 赤血球はドジっ子。

 血小板は可愛い。

 マクロファージは鬼強い。

 血小板は尊い。

 常識である。


「にははっ、ちょっとはしゃいじゃった! ごめんなさいっ!」

「おっ、ちゃんとごめんなさい言えたな。偉いじゃねぇか」

「もうっ! またわたしの事をちゃんと女の子として見てないでしょーっ?」

「おーおー。悪かったよ、お嬢さん」


「……わ、わたしは、コウちゃんのこと、男の子だと思って見てる、よ?」


 いきなりその顔は反則だろう。

 不覚にも可愛いと思ってしまった。

 物言いだ。今のはズルい。

 土俵の外で自分の一番を待ってたら、いきなりパイプ椅子でぶん殴られたようなものである。

 異種格闘技に持ち込むならば、事前に申請するのが筋ではないか。


「お、俺だって、おまっ……毬萌の事ぁ、特別に思ってるよ」

「やたーっ! でも、まだ特別な一人の女の子にはなってないんだよねーっ」

「そりゃあ、お前……」


 俺たちは、ずっと一緒だったじゃないか。

 気付いたら、俺にとって毬萌は居て当たり前の存在で。

 それが特別だって事は分かったさ。

 俺にとって、毬萌は誰よりも大切だ。


「にひひっ! コウちゃんを黙らせてやったのだっ!」

「お前なぁ……。人が真剣に考えてるってのに!」

「真剣に考えてくれてるんだっ!」

「言葉尻を捕らえるのはヤメなさい」

「にははー。……でも、良いんだっ! コウちゃんが、少しずつ変わってくれるなら」


 蛍の海で、毬萌が微笑む。


「わたしね、ずっと怖かったんだーっ。自分の気持ちに正直になるのが」

「おう」

「だって、一つ間違えたらコウちゃんが傍に居てくれなくなるかもって」

「んなこと、あるはずねぇだろ」

「うんっ! コウちゃんは、わたしの傍に居てくれたっ!」

「当たり前だ」

「その当たり前を、特別に変えたいって言うのは、ワガママかなぁー?」


 こいつ、またしても俺が即答できない質問を。

 言い淀む俺を見て、満足そうに頷く毬萌。


「蛍ってさ、さなぎになるまでも光るって知ってる?」

「いや、知らん。そうなのか?」

「うんっ。ちっちゃい頃はね、周りを警戒するために光るの!」

「へぇー。こいつら、生まれてからずっと頑張ってんのか」

 大した生き物である。


「これまでのコウちゃんは、わたしにとっての蛍だったんだよーっ」

「……つまり?」

 首を傾げる俺を嬉しそうに見つめてきやがる毬萌。

「ずっと、わたしの周りで、あっちは危ないぞーっ! こっちは大変だぞーっ! って、いつも警戒してくれてたじゃんっ!」

「あー。なるほど」

 言われてみれば、そうかもしれない。


「でね、蛍は大人になっても光るんだけど、その意味が変わるんだよっ!」

 毬萌のなぜなに蛍講座が続く。

「ぐっ……。また俺の知らん知識を。黙って聞くしかないじゃねぇか」

「にひひっ、これも作戦なのだっ!」

 毬萌が立てた人差し指に、蛍が一匹。

 おぼろげな光は、彼女の心模様かと思われた。


「大人の蛍はね、好きな相手に向かって光るのっ! わたしを見てーっ! こんなに綺麗に光ってるよーって!」

「ふむ。勉強になるな」


「……今度はね、わたしが……コウちゃんの蛍になりたい、なっ!」


「わたしの事、もっとたくさん見てもらって、その……特別な女の子として意識してもらえるように、頑張って光るからっ!」


「……すっごく頑張るから、見逃さないで欲しい、かも」


 何と言う回りくどい論調か。

 普段はスキだらけなくせに、急に天才スイッチ入れてアプローチ仕掛けてくるんじゃないよ。

 もう、俺には毬萌がまばゆいばかりに光って見えていると言うのに。


 しかし、今それを言うのは、はばかられる。

 決心がつかないで曖昧に返事をするなんて、俺の信条に反するからである。



「……見てるよ。つーか、前にも言った気がするけどよ」

「ほえ?」

「俺は毬萌をいつだって見てる。どんな時だって助けてやる」

「にへへっ、うんっ!」

「そ、それに、なんつーか、お前の頑張り? 光るとこってのも、見逃さねぇようにするよ。……な、なるべくな! いや、たまには見逃すかもしれん!!」



「今はそれで充分だよっ! コウちゃん、いつもありがとっ! それから——」


「生徒会に入ってくれて、ありがとっ! コウちゃんと毎日一緒で、わたし、今がすっごく楽しいよっ!!」



 ——ああ、ちくしょう。

 悔しいが、今、俺は毬萌を異性として意識している。

 それだけは認めざるを得ないようであった。



「さて、そろそろ帰ろっか!」

「待てよ」

「ほへ?」

「記念に、写真撮るか」

「…………わぁーっ! うんっ! 撮るっ!!」



 そしてスマホのカメラをナイトモードにして、パシャリ。

 いつものように変な顔をしている俺と、笑顔全開の毬萌。

 そして、周りを彩る幻想的な蛍たち。



 まったく、なんてこった。

 これで俺は、この完璧美少女な蛍からますます目を離せなくなってしまった。

 彼女が俺の前だけで見せるスキも、好きと言う名のまたたきなのかもしれない。

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