第49話 鬼瓦くんと恋

 俺は女子の生態についての研究に着手した。

 意外な顔をしてくれるな。

 俺は優等生だぞ。

 それも、努力型の優等生。

 はぐれメタル探して一撃狙いのホームランバッターではない。

 毒に苦しめられながらもバブルスライム辺りをボコり続けて地道に経験値を稼いでいくスタイルゆえ、成長は遅く見えるかもしれない。


 そこは認めよう。

 忍者の修行に目まぐるしく成長する麻を飛び越え続けていくと、知らぬ間にジャンプ力が赤い帽子の配管工みたいになっていると言うヤツがあるけども、俺に言わせりゃ、あんなのインチキだ。

 アレで成長するヤツは、元々アホみたいな素養がある輩か、もしくはチートである。


 俺は走り高跳びで行く。

 毎日1センチずつ高さを上げていくのだ。

 なに? だったら成果を見せろ?

 はっ、そろそろ言い出す頃合いだと思ったぜ、ヘイ、ゴッド。

 聞くが良い。


 女子は、甘いものと恋の話が大好きである。

 今回はそんなお話。



「みゃーっ! なにこれ、すっごく美味しいよーっ! 武三くんっ!!」

「うぐ……。悔しいですけど、ホントに美味しいです」

「ねーっ! これ、マカロンだよね!? でも食べたことなーい!!」

「はい。メレンゲにカシューナッツを砕いて混ぜ込んでみました。中身はラズベリーとストロベリーのジャムに、ホイップクリームを少々」


「くぅぅ! 何なんですか、もう! あなたの女子力の高さは! あたし、いっつも思うんですけど、鬼瓦くんはちょっと異常ですよ!」

「ええ、ひどい言い草だなぁ。傷つくよ、冴木さん」

「褒めてるんですよ! 何なんですか、まったくもぉー! とっても美味しいですよ! いくらでも食べられちゃいます!! もぉぉー!!」

「武三くんはお菓子作りの天才だよーっ! ねね、うちの子にならない!? わたしがお母さんで、コウちゃんがお父さんだよーっ!」

「あっ、先輩ズルい! だったら、うちの召使いにしてあげます! 公平先輩とあたしのおうちの!!」


 なんだか盛り上がっているソファーの3人。

 ちくしょう。

 じゃんけんで俺が負けたばっかりに、今日の日誌を丸々書かせやがって。


「すみません。僕はちょっと、お花を摘みに」

 鬼瓦くんの中座と同時に、やっと俺の書類作成が終わった。

「あー、やれやれ。やっと終わったぜ。ったく、じゃんけんって言い出した俺が負けてりゃ世話ねぇな」

「公平先輩、お疲れ様です! お茶淹れますねー」

「コウちゃんじゃんけん弱いよねーっ! ぷぷっ、最初にチョキを出す確率が7割超えてるんだもんっ! それじゃあ勝てないよ、ぷぷーっ!」

「あっ、お前! さては二人に入れ知恵しやがったな!? おかしいと思ったんだ! 3人が同時にグー出すとか!」

「まあまあ、先輩、お茶でも飲んで落ち着いてください!」

「おう。サンキュー」


 ほうじ茶が今日も美味い。

 外は蒸し暑いが、生徒会室は空調が効いていて実に快適。

 この渋いお茶に、さっきから話題のマカロンはさぞかしマッチするだろう。


「ん? なあ、マカロンは?」

「あれー? おっかしいなぁーっ!? 花梨ちゃん、知らない?」

「えっ、あっ、ちょっと分かんないですねー」

「おい、お前ら。まさか、独りで仕事させといて、挙句の果てに俺のマカロン山分けして食ってりゃしねぇよな!?」


 生徒会室の扉がノックされる。

「あーっ、武三くん帰ってきたのかなーっ? はーい」

 だが、それは鬼瓦くんではなく、来客であった。

「あ、あの、相談があるんですけど……。よろしい、ですか?」

 リボンの色から、一年生の女子と見える。


「あ、あー! 相談ですね! もちろん、受け付けていますよ! どうぞどうぞー」

「やーっ! ちょうどね、誰か相談に来ないかなーって思ってたんだよっ! 遠慮しないで、入って入ってーっ」


 ねえ、俺のマカロンは?



「わ、私は、1年4組の、勅使河原てしがわら真奈まなと、申します……」

「ん? もしかして、勅使河原さんって美化委員やってる?」

「あ、は、はい」

「やっぱそうか! いや、特徴的な名字だったから記憶に残ってたんだよ!」

「真奈ちゃんっ! とっても可愛い名前だねっ! 名前だけじゃなくて、外見もすっごくプリチーだよっ!」

「え、いえ、そんなことは……」

「毬萌先輩の言う通りですよ! 髪、それパーマですか? ゆるふわな感じが良いですねー! あたしストレートなので、羨ましいです!」


 ははあ、まずは彼女を褒めて、緊張をほぐそうって事か。

 ならば俺も乗ろうじゃないか、その波に。

「おう! 可愛いと思うぞ、俺も! なんつーか、つい守ってやりたくなるような、はかなげなところが良いな! 勅使河原さん!」


「……ふーん。コウちゃん、そーゆう子が好きなんだ」

「……へぇー。知りませんでしたよー」


 俺を見つめるジト目が二人分。

 なに、俺、もしかしていじめられてんの?

 普通に会話に加わっただけじゃん。

 しかもお前ら、俺のマカロン勝手に食うし。

 いじけて帰るぞ!?


「それで、どういった相談だ? 生徒会は、どんな悩みでも引き受けるぞ」

「あ、あの、その、こ、こ……」

「あ、もしかして言いづらいことですか? だったら、ゆっくりで良いですよ」

「そうだよーっ。今日はもうお仕事ないし、自分のペースで喋ってねっ」


 その仕事を終わらせたのは俺だけどな。

 あと、俺のマカロン食ったのはお前らだけどな。


「こ、恋の相談! って、でき……ます、か?」

「もちろんだよーっ! 誰か好きな人がいるの!? 同い年の子かなっ? それとも上級生!? わたし、こう見えても顔が効くから、任せてっ!!」

「あたしもお力になりますよ! どこで知り合ったんですか!? きっかけは何ですか!?」


 お前ら、ゆっくり自分のペースでと言った舌の根も乾かんうちに、どんだけがぶり寄るんだ。琴奨菊ことしょうぎくかよ。

「こ、この生徒会の……ひ、人なんです……!」

「「えっ!?」」


 急展開。

 勅使河原さんは、潤んだ瞳で俺の事を見つめている。

 何と言う事だ。

 俺の隠し切れない魅力が、一人の一年生を惑わしてしまったか。

 だが、申し訳ないが、君の気持には応えてあげられないよ。

 と、心の中で捲くしたてたものの、悪い気分ではないので、浮かれ口調で頭をかくのは俺。


「いやぁー、ははっ、参ったな、おい!」

「お、鬼瓦武三さんを、お、お慕い申し上げているの、です!!」

「「「えっ!?」」」

 流れをぶった切って大変申し訳ないが、少しだけスペースを拝借。



 恥ずかしい。もうヤダ、死にたい。



「ただいま戻りました」

 タイミング良く、いや、タイミング悪くか。

 鬼瓦くんが帰ってきてしまった。


「コウちゃんっ!!」

「よし来た!」

 とりあえず鬼瓦くんを扉の前でがっちりホールド。


「どうしたんですか、桐島先輩」

「いや、別に? うん、別に何もないけども」

「あの、中に入りたいのですが」

「あ、中にね。うん、そうか。分かる、分かるけども、な」

「何か中で起きているんですか!?」


 俺の頭越しに室内の様子を窺おうとする鬼瓦くん。

 くそ、自分の身長の低さが憎い。


「ああー! そうだ、鬼瓦くん! すまんが、ジュース買って来てくれねぇか!?」

「えっ? はあ、分かりました」

「花梨が、そう、花梨がな! 体育館の脇にある自販機でしか売ってないネクターピーチが飲みたいって聞かなくてな! いやー、年頃の女子はワガママでいけねぇな! すまん、そう言う訳だから、この通り、頼まれてくれ!」

 鬼瓦くんはクソ暑いのにこんなパワハラまがいの要求を快諾。

 痛快男児と呼ぼう。



「せんぱーい?」

 そして俺は花梨にこってり油を絞られた。

 年頃の女子は気難しくていけねぇな、と思った。

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