第41話 公平と毬萌

 この一件が片付いたら、本気で体を鍛えよう。

 そんな死亡フラグを胸に抱えて、俺は一階から二階へ。

 でも、ジムって衛生面とか大丈夫かしら。

 そんな吉良吉影みたいな事を考えながら、俺は二階から三階へ。

 わき腹が痛い。俺、これちゃんと声出せるのかい?

 深刻な酸素不足のまま、三階から屋上へ通じる踊り場へ。


 ——鍵が開いている。


 先週の打ち合わせの事を思い出す。

「では、生徒会にだけ限定で、屋上の出入りを許可する。鍵は神野に渡しておくから、管理にはくれぐれも注意してくれよ」

 生徒指導の浅村先生は、確かにそう言っていた。

 ここに居てくれなかったら、もう俺は走れんぞ。

 神仏、悪魔、天使に堕天使、その他、有象無象。

 どいつだって良い。

 俺に力を貸しやがれ。

 もちろん、お前だって文句は言わん。ヘイ、ゴッド。


 錆で立て付けの悪くなっている扉は、なかなか開かない。

 まるで俺の心のようだと、錆びた扉に親近感。

 それでもぶち破らなければならぬ。

 ならば、一緒に俺の心の錆も持って行ってくれまいか。


 ガコンッと音を立てて、扉が開いた。

「はあ、はあ……。ったく、よぉー。お前は、昔っから……へえ、ひい……」

 頑張れ、俺の肺。

 踏ん張れ、俺の心臓。

 立ち上がれ、俺の臆病な心。

「かくれんぼも、天才だな」

「……にははっ。見つかっちゃった。コウちゃんこそ、探すの上手だったよね」

「そりゃあ、そうだ。お前を見つけねぇで帰れるかよ」

「うん。コウちゃんは、いつもわたしを見つけてくれたね」

「おう。やっと見つけた……」


 どこまでも続くような、五月晴れの空の下。

 その青に溶け込むように、毬萌は立っていた。



「お前、こんなとこからでも、俺たちのために働いてたんだって?」

「むぅー、さてはマルちゃんだなぁー? 内緒だって言ったのにぃー」

「安心しろ。花梨も鬼瓦くんも、ついでに俺も、さっぱり気付けなかった」

「にははっ! そっかぁー。じゃあ、わたしの勝ちだねっ!」

 「お前にゃいつも負けてるよ」と、俺は一呼吸。

 やれやれ、やっとこさ循環器系が正常に働き出したようである。

 俺は、地球の貴重な酸素を吸い込み、あまつさえ二酸化炭素を吐き出す。

 顔を蹴られた地球が怒って火山を爆発させるかもしれない。



「おい、毬萌よ」

「なんだね、コウちゃんっ」

「お前のとこに来るのにさ、すげぇ色々な人の力借りたんだわ」

「ええーっ、生徒会の副会長なのに」

「ははっ、ホントにな。特に、花梨が背中押してくれた」

「……そっかぁ」

「で、俺も覚悟を決めたってのに、お前がどこに居るのかてんで分かんねぇの」

「むっふっふー。わたしの前世は、くのいちだったのだっ」

「マジで探し回ったんだぞ。おかげで、ボロボロだ」

「無理しなくても良かったのにぃー」

「こっちの手は釘引っ掛けちまって。この口のヤツは青山くんに引っ叩かれた」

「うん、知ってるよーっ」

「……氷野さんか。あの人、ダブルスパイだったのかよ」

「ねーっ。マルちゃん、悪い子だよねっ。全部教えてくれたもん」

「なあ、もう少し近づいても良いか?」

「ダメーっ。コウちゃんは、それ以上立ち入り禁止だよっ。会長命令なのだっ」

「そうかよ。なら、ここでいいや。でけぇ声出すからよ」

「それもダメーっ。ここに内緒でいる事、他の皆にバレちゃうもん」



 ピンポンパンポンと、お馴染みの音が鳴る。

 放送室から、何かのお知らせのようだった。

 続けて聞こえてくる、凛とした声。


「えー、皆様! オリエンテーリング、楽しんで頂けたでしょうか!? 生徒会書記の冴木花梨です! 宴もたけなわですがそろそろ終了のお時間となってしまいました!」

「大きな問題もなく、いえ、一部ではちょっとトラブルもありましたが、どうにか無事にこの企画を終える事が出来たのは、皆様のご協力のおかげです! そして——」


 数秒の空白。


「あたしを導いて下さった、とっても頼りになる先輩方のおかげです! せんぱーい! 聞こえてますかー!?」

「ですので、早いとこ済ませちゃって下さい! お片付けはみんなでするんですから!」

「ぜんばいぃぃっ! がんばっでぐだざいいいいいっ!!」

「ひゃ、ちょっ、あなたは何をしてるんですか!? 離れて下さいってば! わわっ!」

 キーンと言う耳障りな音が響く。

「し、失礼しました! とにかく、先輩たち、待ってますからね! ではではー」

 そして放送は終わる。

「毬萌。呼ばれてるぞ、俺たち」

「……うんっ」



 さあ、さあ、お立合い。

 あっちのゴッドもそっちのゴッドも寄っといで。

 これより俺の一世一代、恥ずかしいセリフのオンパレードだ。

 聞いて笑うも良し、祝福の鐘を鳴らすも良し。

 好きにしてくれ、ヘイ、ゴッド!


「俺ぁ不器用で、応用力もねぇから、思ったことをこれから口に出す!」

「てめぇでも何言ってんのか、恐らく分からねぇけど、毬萌! よく聞いとけ!!」

 拳を握ると、べっとりとした汗が「口滑らせるなら任せとけ」と応援してくれているようである。

「正直なところ、俺が誰を好きだとか、何が誰にとって幸せかとか、分からねぇ!」

「けどな、俺にとって、おまっ……お前が、大切な存在だって事ぁ分かった!」

「この何日かで、身に染みた!」

「お前が困ってるのを見過ごす俺なんて、もうそれは俺じゃねぇ!!」

 毬萌は何も言わない。

 それで構わないさと、俺は勝手を続ける。


「俺に世話焼かれて、俺にだけスキ見せて、そんな毎日は嫌か!?」


「俺は楽しかったぜ!? くっそ楽しかった! お前に会ってから、今日までずっと!!」


「散々迷惑かけられて! ひでぇ目にもたくさん遭って!!」


「最高の毎日だったぜっ!!」


 ポツリ。

 毬萌の足元に、雫が一滴。

 天気雨だろうか。……多分、そうだろう。


「コウちゃん……っ!」


「おう!」


「わたし、コウちゃんの事が好きっ! 何百回計算しても、コウちゃん以外の人を好きになれる確率、0パーセントなんだもんっ!!」


 こちらに駆けてくる毬萌。

 ちなみに、屋上は整備されていないので、路面が非常に悪い。

「みゃああっ!?」

 アホの子情報。

 ひとつの事に熱中すると、足元がお留守になる。

 俺は咄嗟に手を伸ばす。

 いいや、これじゃ足りねぇ。

 身を投げ出して、毬萌を抱き寄せる。

 体はしっかりと俺の細腕がキャッチ。

 しかも、俺だって怪我をしていない。

 得点か? 当然、百点満点さ。


「どうだっ!? へへっ、今度はミスらなかった! 毬萌を受け止めた!」

「俺は頼りになるだろう!?」

 毬萌は制服の袖で目元を拭って、「にははっ」と笑う。

 そして、いつものように言うのである。



「ありがとっ、コウちゃんっ!! また助けられちゃったっ!!」

「おうっ!!」



 祭の喧騒が、遠くなっていくように思われる。

 

 ライクかラブか。

 そんなもんは知らねぇ。

 ハッキリと分かるのは、こいつが、毬萌が——。


 俺にとって、世界で一番大切だって事だけだ。

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