第30話 性急な落札者 11/16 (Fri)
「ふあー、おはよー」
今日は第二回オークションの落札日だ。
昨夜の日本時間〇時が〆切りだったのだが、当たり前のように落札延長が続いていて、きりがなかったので、途中で寝てしまった。
結局どうなったのかが気になって、早朝から事務所へ降りてきたが、すでに三好が何かしているらしく灯りがともっていた。
「あ、おはよーございます」
「早いな。徹夜なの?」
「ええ、まあ。ちょっと例のステータス計測のコードを。乗ってたので」
「おーおー、前職場のことを笑えないな」
「全部身になるところが違いますよ」
「そう言われれば、そうか」
三好は作業の手を止めて、コーヒーを入れ始めた。
「それで、先輩。潜る前にステータスって上げますか?」
ああ、そうか。よく考えたら前回の検査以降、全くステータスを弄っていない。
『ぽよん♪ シュッ♪ バン♪』にステータスが必要なところって、まったくないから気にもしていなかった。
「そうだな。その方が良いかもな」
「なら、一〇刻みで一〇〇くらいまで計測しておきませんか?」
値が大きくなったら、計測値がどう変化していくのか。確かに興味はある。
「八回で六カ所。四十八回計測か? まあ、二度と計測できないからなぁ。やっとくか?」
「基礎データは多いほどいいですからね。お願いします!」
「四十八回っていうと大体一億か? うーん、こないだから金銭感覚がおかしくなってきてるなぁ、俺たち」
「資金のほうは、どうとでもなるんじゃなかと」
「そうだな。俺はしばらくスライムと戯れてるから、スキルのチェックもやっとけよ」
「了解です」
三好が手早くメールしている。翠さんのところだな。
「それで、先輩」
「あー?」
「私、翠先輩の会社に投資したいんですけど」
「投資?」
三好が言うには、こないだ得られたデータから、必要になりそうな計測値とかを抽出してみたので、それを元に実験用デバイスを作成したいとのことだった。
「デバイスだけ?」
「はい。後はそれを使って、先輩を測定して、値が丁度になるように調整するんです」
AIが向いている気がするジャンルではあるが、何しろ、数値がはっきり分かっているのは俺一人だ。だから多数の人間を計測して、AIにパターンを喰わせても意味がない。
コードは当面ヒューリスティックな調整に頼らざるを得ないから、三好のセンスに期待するしかないな。
「それは良いけど、そんな機器を開発したら、あっという間にコピーされそうじゃないか?」
「それで、端末部分は単なるセンサーと表示パネルと、通信部分で構成しようと思うんです」
「ゴーグルやサマゾンの音声認識方式か?」
「そうです。計測したデータをセンターに送信して、結果だけを受け取って表示するイメージです」
それならソフトウェア部分を解析することは出来ない。
いろんな値を与えて、結果から帰納的に類推することは可能だろうが、不正なアクセスはカットしちゃえばいいしな。
「どっかのクラウドでも借りるのか?」
「それだとクラウドからの漏れは防げませんから。フロントの送受信部分や前計算はクラウドでやって、最終的な結果計算だけは事務所にサーバーを置いてやろうかなって」
「回線って大丈夫なの?」
「最初はそんなにアクセスがあるわけじゃないですし、帯域も不要ですから。民生用のギガビットや一〇ギガビットの回線を十本くらい引いておけば平気じゃないですか?」
「テストみたいなもんだしな」
「軌道に乗って、利益が出るようなら、ちゃんとした専用回線を契約すればいいですよ」
「そうだな」
「それに、この仕組みじゃないと、擬装が難しいですし」
「擬装?」
「先輩……わかってます? これを一般に販売したら、先輩も測られちゃうんですよ?」
ああ! そうか! しかも元だけに、最高の精度で表示されるじゃないか!
「げっ。全然考えてなかった……しかし個人の認識とか可能なのか?」
「データは先輩がベースですし。他の人はまだわかりませんが、先輩だけは認識できるんじゃないかと思いますけど……」
「なら、よろしく。形状は、やっぱりメガネタイプか?」
「なんですかそれは、スカウターですか」
「正解。カッコイイだろ?」
「そうかもしれませんけど、隠しスキャンし放題ですよ、それ」
「表示精度を落として、総合値みたいな表示にしちゃえばいいんじゃね? オモチャ扱いでさ」
「オモチャですか? 人類を一律数値化しちゃう器具ですからねぇ……便利かもしれませんが、差別に繋がらないといいんですけど」
「……確かに『戦闘力…たったの5か…ゴミめ…』って言われるのは嫌だな」
「その遊び、絶対、流行りますよ?」
確かに流行るだろう。俺もやる、絶対。
「……やっぱり、スカウター型のオモチャはやめとこう」
「ですね。価格も馬鹿になりませんし……精度の出る固定設置タイプと、簡易表示の出来るスピードガンタイプで良いんじゃないでしょうか。データ通信も、Wi-fiとデータ通信用のSIMで」
「こなれてるしな。安く出来そうだ」
しかし、投資か。
「投資したいってことは、融資じゃないんだろ? 増資だと、翠さんのところの株主構成がどうなってるのかわからないと難しいぞ。VCがどうとか言ってたからその気はあるのかもしれないが」
「確か、全然増資してないので、額面一万円で千株だと思います」
「株主が、翠さん一人なら簡単だが、大学や研究室がステークホルダーになってると、株式比率でもめる可能性もある。現在の仕事とさほど接点がないから、別途合弁会社を作るって手もあるぞ」
「わかりました。その辺含めて、ちょっと翠先輩と相談してみます。いくらくらい使っても良いですか?」
「当面一〇億くらいなら問題ないだろ。とはいえ、先に今回の数値化に関するセンサーだけ組み込んだ、廉価な機器の開発を優先するのが条件かな」
「了解です。後で相談してみます」
「頼むわ。じゃ、俺は、その資金稼ぎにダンジョン通いを続けますか……あ、資金と言えば落札はどうなった?」
そうだよ。それを確認しに早起きして来たんだった。
「地味にしか思えない〈物理耐性〉は、思いの外、人気ですね」
三個の物理耐性は、2,422,000,000 / 2,658,000,000 / 2,855,000,000 JPY だった。価格はともかく、落札者が凄い。USのサイモンとCNの黄、そして、GBのウィリアムだ。世界ランク三位と四位と六位ですよ。
五位と七位と八位はサイモンチームだから、こいつ等が受け取りに来たら、代々木に二位のドミトリを除いて一~八位が勢揃いするのだ。
「上位陣だし、全員それが必要だと思えるような状況を経験してるんだろ」
もちろん各国の軍事予算なのだろうが、まさにシングルの競演だ。
「ところで、同じスキルを二個使ったらどうなるんだろうな?」
「試してみますか?」
試してトラブルになるのも嫌だな。誰か第三者で試したいところだが……いかんいかん。人体実験はマッドなサイエンティストの発想だ。
「ま、まあ、そのうち、必要に迫られたらな」
そこで、三好のスマホが振動した。
「翠先輩です。もう起きてるんですね」
三好はそれを読むと、俺に報告した。
「四十八回もやるには試薬が足りないそうです。発注して十九日はどうかということです」
「月曜か。OKって返事をしておいて」
「了解です。あ、それで〈超回復〉なんですが……」
「どした?」
「これ、誰が入札してるんでしょうね?」
〈超回復〉の落札価格は……5,543,000,000 JPY ?!
「IDは?」
「普通に検索してもヒットしません。競り合ったのは非個人のIDでしたが、落札したIDはパーソナルカテゴリーです。代理人ですかね?」
「つまり、著名な軍人じゃなくて、ダンジョン攻略機関や会社組織でもないってことか?」
「そうです。もっとも代理人ならわかりませんが」
「もうID非公開になってるんだから、落札代理人を立てる意味はないだろ」
ダンジョン攻略に関係していないと思われる個人が、五十五億も投じて〈超回復〉を取得する?
「私、ちょっとヤな予感がするんですよね」
「どんな」
「これって、名前が〈超回復〉じゃないですか。しかも未登録スキルで、効果は不明」
「だから?」
「なんか、凄い難病の身内がいる大富豪とかが入札してるんじゃ……と思うわけですよ」
「それって効果がなかったら――」
「逆恨みされそうですよね。しかもそう言う人って、無駄に権力もありそうです」
そういわれると確かにそんな気もする。
「そういや、〈超回復〉ってどんな機能だったんだ?」
「表面的なことしかわかりません。でも体の調子はいいですよ。徹夜してもほとんど疲れを感じません」
「それ、ヤバいクスリみたいじゃん」
「それに……」
そう言って、三好は、机の引き出しからカッターナイフを取り出すと、おもむろに指の先を傷つけた。
「おい!」
「まあ、見てて下さい」
すぐに、ティッシュで血を拭うと、指の先は綺麗になっていて、切ったはずの傷は痕跡すらなかった。
「ええ?!」
「昨日、車を避けて路肩の看板からでてる釘に腕を引っかけたとき気がついたんですよ。大きな怪我だとどうなるかわかりませんが……なんだか段々人類から遠ざかって行ってるような気がしますね」
「……人類を次の位階に連れていくようなアイテム、か」
一般にスキルオーブに使われている形容が思わず口をついて出た。
「それにその人、凄く急いでいるっぽくて、受け取り指定日が今日なんですよ」
「今日?! これからか?」
もし東京在住じゃなければ、落札前から東京に来てたってことだ。気合いの入り方が違う。使うやつが死にかけてるとかじゃないだろうな……
「そうです。約束は十時ですね」
「信じられん。十分延長で長引いたらどうする気だったんだ。って、あと三時間くらいしかないじゃん!」
俺たちは市ヶ谷へと向かうべく、急いで準備を行った。
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