第23話 パトリオットエクスプレス(特別便) 11/9 (fri)

「ひゅー、ここが日本か」


 ブラウンヘアをクルーカットにした、均整のとれた体つきの男が、パトリオットエクスプレス(*1)から降り立つと、感慨深そうにそう言った。ユーモアに溢れているように見えるブラウンの瞳が人なつこさを感じさせる。


「いや、基地内はアメリカじゃねーの? サイモン」


 アッシュブロンドで背の高い細身の男が、揚げ足を取る。

少しこずるい印象の男が、ジョシュア=リッチ。サイモンチームの優秀な斥候だ。


「フジヤマ・ゲイシャ・テンプーラは?」


 首から下げたストラップで、左腕のアームホルダーを吊った、頑丈そうな体つきの大柄なメイソンが、パッセンジャーエントリーを少しかがんで通過した。


「お前古いぜ。いまはコウベビーフだろ。コウベは近いのか?」


 肉好きのサイモンが、チームサイモン紅一点のナタリーに聞いた。


「あなたたちね……フジヤマはもっと西。ゲイシャの京都も、ビーフの神戸も関西よ。だからずーーーっと西。ここは横田でしょ」


 サイモンは、残念そうに口をへの字に曲げながら、肩をすくめて言った。


「それは残念。しかし、ネバダよりは涼しいな。日本って蒸し暑い国じゃ無かったか?」

「それは夏の間だけね」


「だけどよぉ、サイモン」


ジョシュアが不安そうに切り出した。


「なんだ?」

「ほんとに、こんなことしてていいのかよ? 上の連中、例のオーブを探せと、今にも頭の天辺で湯を沸かしそうな勢いだったぜ?」

「あんなアホなプランに付き合っていられるかよ。あんな、行き当たりばったりじゃ、三十年経っても見つかるもんか」


 USのダンジョン探索チームには、最優先でキリヤス=クリエガンダンジョンに棲息するモンスターの内、米国国内で確認されているモンスターからオーブを採集するように指令が下っていた。


「例の異界言語理解、でしょ? 指定されたモンスターだけでも二十種類以上いるからねぇ」

「俺たちが発見するオーブの数は、ひたすら潜っていたとしても、年に二~三個がせいぜいだ。DAD以外にダンジョン探索チームがどのくらいあるのかは知らないが、こんな方法で見つかる可能性は、まずないな」

「いや、それにしたって、潜ってなけりゃゼロだって言われるだろ?」


「心配するな。その件もあって、わざわざ日本まで来たんだよ」

「なんだって?」


「例のサイト見ただろ?」

「ああ、あのインクレディブルなオークションだろ」

「そう。お前、あんなに同じオーブを揃えられるか?」

「無理だな」


 ジョシュアは即答した。


「俺にも出来ないさ。つまり、そこには狙ったオーブを取得する手段があると、そう思わないか?」

「……なるほど。オーブの保存ばかりに目がいきがちだが、ものが無ければ保存もくそもないってことか」

「その通り」

「ま、難しいことはいいさ。さっさと行こうぜ」


 右手で腹を押さえたメイソンが、早く飯を食わせろと言わんばかりのゼスチャーでそう言った。それを聞いたジョシュアとサイモンが、顔を合わせて肩をすくめた。


「JDAへ出かけるのは明日でしょう? 今日はどうするの?」


 ナタリーが尋ねた。


「とりあえずホテルまで移動する」

「基地の宿舎じゃないんだ。ホテルってどこの?」

「新宿だ。一応休暇だしな。パークハイアットを予約した」

「ヒュー。リーダーったら、太っ腹っ」

「オーブに比べりゃ安いもんだ」


 そうして四人は、基地司令に挨拶するために、司令室へと歩き出した。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 基地司令でもあるマーティネス中将は、苦虫をかみつぶしたような顔をして机の上で手を合わせていた。問題児どもが、今日のエクスプレスで来日すると報告を受けたからだ。


「確かにヤツラは有能なのだ……」


 先日のエバンスダンジョンの例を上げるまでもなく、人類で最も深い階層まで到達し、USの権威を他に知らしめている。

 それはアポロ計画にも匹敵するような快挙ではある。あるのだが……


「あの人間性がな……」


 マーティネス中将は、腕を組んで天井を仰いだ。


 サイモンチームが起こしたトラブルは非常に多い。

言ってみれば、とあるビルをテロリストから守るのに、ビルそのものを更地にしてしまうようなヤツラなのだ。

 それを咎めたものもいたらしいが、「我々はただの道具ですから」と、あたかも使うやつが悪いかのような言いぐさだ。付いたあだ名がHESPER(*2)ときた。制限事項なしの命令は、マスドライバーを打ち出しかねないってわけだ。


 さらに悪いことに、ダンジョン攻略部隊は大統領直属だ。DEAやCIAなどの情報部からの出向者も多いし、こちらに直接の命令権はないのだ。


 そのとき静かな部屋にノックの音が響いた。


「入れ」

「失礼します!」


 どこのバックパッカーだよと思うような恰好の四人が、司令官室へ入ってきて敬礼した。


「サイモン=ガーシュイン中尉他三名。ただいま到着しましたので、ご挨拶に参りました」

「あ、ああ、ご苦労。それで、今回の訪日の目的は?」

「休暇であります」

「ほう、休暇ね」


 サイモン中尉が、スキルオーブを落札したと言うところまでは報告を受けている。彼らがそれを受け取りに来たのは間違いないだろうが、実際の所、それだけで済むはずがない。


「それで『休暇』はいつまでだったかな?」

「は。当面は一ヶ月程の予定ですが、その先は状況次第となります」


 状況次第と来たか。


「君たちが、滞在している間の便宜は図るように言われている。何かあったら、私の秘書に連絡してくれたまえ」

「お心遣い感謝します! では失礼します」


 そう言うと、彼らは敬礼して退室していった。


「ダンジョン=パッセージ説が本当なら、彼らは地球の英雄候補だが……」


 頼むから、俺の任期中に、日本との間に軋轢を作らないでくれよ。

第5空軍司令官と在日米軍司令官を兼任している中将は、そのことを神に祈った。


----

*1) パトリオットエクスプレス

USの航空機動軍団が運用するチャーター便。通常横田基地へは、金曜日の朝到着します。


*2) HESPER

James P. Hogan, "he Two Faces of Tomorrow" に登場するAI。

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