第22話 検査 11/7 (wed)

「ここ?」

「です」


 そこは江戸川沿いの河川敷にある、大きなコンテナのような形状の、ただの四角い倉庫のように見える白い建物?だった。

 外観は、まるで高架下にあるバイクの預かり所みたいにシンプルだ。


「翠先輩のご自宅の町工場があった場所だそうですよ」

「へー。医療計測系って言うから、もっと郊外のおしゃれな建物を想像してたよ」

「大きなお世話だ」


「あ、翠先輩、お久しぶりですー!」

「梓ちゃーん。よくきたねー。かいぐりかいぐり」


 翠先輩は、前髪をサイドに流して額を出した、印象的なワンレンボブの、目鼻立ちがはっきりしたメガネ美人だった。白衣なのはお約束だろう。ただ、どっかで見たような気が……


「で、計測って、何を測るんだ?」

「それなんですけど、メールでもお伝えしたとおり、とにかく測れるものは全部計測して欲しいんです」

「またすごくアバウトだな……全部となると、酷くコストがかかるぞ? まけてやりたいが、うちもピーピーで、今にも倒れそうだからな」

「倒れそうって、先輩。融資を受けたんじゃ?」

「日本の銀行は、担保がないと金を貸してくれねぇ! 投資してもらおうにも、まともなベンチャーキャピタルひとつありゃしない!」


 俺はそれを聞いて思わず吹き出した。


「おー、おー、溜まってますねぇ」


「梓。あの失礼な男は?」

「あ、今日の測定の対象者です」

「芳村です。よろしく」

「鳴瀬だ。梓に手を出してないだろうな」

「鳴瀬?」

「そうだが?」


 あ、ああ! そうか、JDAの鳴瀬さんに似てるんだ。


「あの、もしかしたらですが、JDAにご親戚の方がいらっしゃったり……」

「美晴のことか? なら姉だ」


 それを聞いて声を上げたのは三好だった。


「ええ?! あ、そう言えば似てる気がする!」


 お前は、どっちもよく知ってるクセに、いままで気がつかなかったのかよ。


「とはいえ、大学を出た後はほとんど会っていないな。知り合いなのか?」

「知り合いもなにも……」


 現在うちのパーティの専任管理監になっていて、大変お世話になっていることを話した。


「ふーん。世間は狭いな」

「まったくです」

「それじゃ、中で契約後、さっそく計測に入ろう」

「よろしくお願いします」


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「計測は全項目、回数は――」

「とりあえず三十回ですね」

「三十回!……って、それだけで、ざっと六千万はかかるぞ?」

「これで先輩の会社の資金繰りも復活?」

「バカいえ、試薬だのコンピューターの利用料だの検査費用を支払ったらほとんど残らない。まあテストできるだけありがたいと言えばありがたいが」


 それにしたって高すぎる。俺はつい興味本位で聞いてみた。


「しかし実用化されたとして、一回二百万の検査なんて需要があるんですか?」

「製品化されたらコストは下がるし、なにより全種類の検査なんて普通しないからな。それに一番の理由は」

「理由は?」

「保険がきく」


 俺は即座に納得した。


「ともかく、検査費用の支払いは問題ありませんよ。な、三好」

「はい、大丈夫です」

「梓のいる会社ってそんなに儲けてるのか」

「いえ、これは会社じゃなくて……」

「ん?」

「私と芳村さん個人の支出ですね」

「ええ?!」

「まあ、研究開発費みたいなものです」


 それを聞いた翠さんは、心の底からうらやましそうに、「梓、うちに来なくて正解だったな。はあ、うらやましい」と言った。


 その後、壁に奇妙なグリッドが沢山埋め込まれた、小さな部屋へと連れて行かれた。中央のポッドにパンツだけで横になると、体にいろんなケーブルが取り付けられた。


「一回の計測毎に血液の採取があるから、腕がちくっとするかもしれないが気にするな」

「わかりました」

「あとで、計測されたときの感想を聞かせてくれ」

「レポートにして提出しますよ」

「それは助かる。計測料金はまからないけどな」


「こちらで合図したら一回の計測を行って下さい。合図の方法は?」

「音声が繋がってる」

「わかりました」


 ポッドの中で一人になった後、俺は、こっそりとメイキングを起動した。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 1178.307


HP 36.00

MP 33.00


STR 14 (+)

VIT 15 (+)

INT 18 (+)

AGI 10 (+)

DEX 16 (+)

LUC 14 (+)

--------


「結果は必ず計測順に提出して下さい」

『時間がうってあるから大丈夫だ』

「それでは初回、お願いします」

『了解。開始する』


 右腕にちくりとした痛みを感じたこと以外、特に大きな違和感は感じない。ゴウンゴウンとCTが回るような音がややうるさいくらいだ。


 数分後、計測終了の連絡が来た。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 1178.307 → 1176.307


HP 36.00 → 38.00

MP 33.00


STR 14 (+) → 16

VIT 15 (+)

INT 18 (+)

AGI 10 (+)

DEX 16 (+)

LUC 14 (+)

--------


 とりあえず、2刻みで上昇させる予定だ。まずはSTRから。


「お願いします」

『二回目の計測を開始する』


 そうして、三十回の計測を終える頃には二時間以上が経過していた。


--------

Name 芳村 圭吾

Rank 1 / SP 1178.307 → 1118.307


HP 36.00 → 61

MP 33.00 → 52


STR 14 (+) → 24

VIT 15 (+) → 25

INT 18 (+) → 28

AGI 10 (+) → 20

DEX 16 (+) → 26

LUC 14 (+) → 24

--------


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「おつかれさまー」


「それで、計測された感想は?」

「後でレポートを送りますけど、血液を採る場所が近いのか、いくら細い針でも少しはれる感じですね」

「普通は、連続で三十回も検査したりしないからなぁ。で、これが検査結果だ」


 そう言って、翠さんは一枚のメモリカードを三好に渡した。

三好はさっそくそれを読み込んで、中身をチェックしている。


「え? もう結果が出るんですか?」

「それが売りのひとつだからな」


「それで、なにかおかしな点はありましたか?」

「いや、生理学的な値から自動で問題を検出するシステムは、とくになにも報告していないが――中島」

「はい」


 中島と呼ばれた男が、向こうの机から紙の束をもってやってきた。

今時紙とは珍しい男だ。


「生理学的な値は、三十回ともおかしなところはありませんね。そもそも三十回の意味もよく分からないのですが、時間経過に伴うなにかの計測ですか?」

「いや、まあ、そのようなものです」

「ですが脳波が少し……」

「脳波?」

「はい。計測が進むにつれて、脳波の基礎律動が、僅かとはいえ全体的に速波化しています」

「速波化? 徐波化じゃなくてか?」

「速波化です。脳波律動の周波数は視床ニューロンの膜電位水準に依存していますが、視覚の入力による覚醒度の上昇とは比較にならないレベルで入力が増加している感じですね」


「しかも時間経過にしたがって、6段階に速波化する場所が変わっていってます」


 6段階? いや、それって……


「えーっと、何を言っているのか分からないのですけど」

「ここは医学的所見を述べる場所じゃないから、ただ起こった事実だけを話題にしているんだ、が」

「が?」


「あんたに精神疾患があるかもなぁ、程度の話だよ」

「程度って……」

「大抵は徐波化、つまり遅い波になることが多いから、一概には言えないが」

「てんかんの場合とは波形も違いますしね」

「はあ」

「あとはこれといって……あ! 生理的な現象とは関係ないのですが」

「なんです?」


「なんというか、奇妙な電磁波の揺らぎが観測されているんですが」

「電磁波ぁ? そんなモンいつ観測したんだ?」

「いや、計測できるものは全部と言うことでしたから、ミニマムグリッドで計測しました」

「ミニマムグリッドというのは?」

「ここだと、大体三センチ単位のグリッドですね」


「なんていいますか、まるで何かのエネルギーを持ったフィールドが発生しているような」

「どこから?」

「わかりません。もしかしたら、オーラってやつですかね」


 そういって中島氏は笑ったが、それは意外と核心を突いているんじゃないかと、そう思った。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 帰りの電車の中、タブレットで測定された数値を眺めていた三好が、ふと顔を上げて言った。


「もしかして、ダンジョンによる強化って、外骨格みたいなものなんですかね?」


 確かに全力でパンチしたとき、パンチの威力だけが上がるなら、こぶしは傷つくはずだが、そんなことはないらしい。細胞が強化されたと考えることも出来るが、何かのフィールドで体が覆われて、それが外骨格のように働くと考えても現象は説明できるわけだ。


「生理的な値には、ほとんど変化がないんですよ。これで細胞が強化されたと言うのはちょっと」


 仮に出力が二倍になるような強化が行われれば、エネルギーの消費が二倍になるか、利用効率が二倍になるはずだが、生物の体でそんなことが起これば、絶対に生理的な数値の変動を伴うはずだ。


「あとは脳波の変動だな。六段階って、絶対にステータスの数だろ」

「ですよね」

「てことは、魔物討伐による身体の強化ってのは、じつはESPみたいに、脳が引き起こす謎のフィールドみたいなものによるってことか」

「まあ、今回の計測を信じるなら、そういうことですね」


 そうしてまた、三好は思考の海に潜っていった。

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