第18話 サイモン=ガーシュウィン 11/2 (thu)

「サイモン? 何をやってるんだ?」


 寝起きで腹をぼりぼり掻きながら、チームの拠点になっている家の二階から居間へと、アッシュブロンドで背の高い細身の男が降りて来た。


「ああ、ジョシュアか、早いな。いや、エバンスの時、メイソンが吹っ飛ばされただろ?」

「ああ、この先あんなのがうじゃじゃいるかと思うと、うんざりしちまうな。うちのガードのメイソンがあのザマじゃ、誰にもどうにもならんだろうしな」

「まあな。それで、なんとかならないかと、色々検討していたんだが……」


 ノートの画面じっと見ているサイモンに、異変を感じたジョシュアが尋ねた。


「どうした?」

「お前、これ、どう思う?」


 サイモンが見せた画面は、どこかのオークションサイトの様だった。


「なんだこれ?……スキルオーブのオークションだと? しかも落札期限が三日? どこのバカが作ったサイトなんだ? 詐欺にしたってお粗末すぎる」


 ジョシュアの意見は、実にまっとうなものだった。

 スキルオーブが、一日で消滅することを知らないダンジョン関係者はいない。一般人だって、大抵は知っているだろう。もちろんその希少性も知られていないはずがない。狙って揃えることなど不可能であることは、誰もが知っていることなのだ。


「開設から一日が経ったが、まだ閉鎖されていない。それに入札に名前を連ねている連中は、日本の防衛省に警察庁、他にもダンジョン攻略に力を入れている大企業どもだぜ」

「なんだと?」


 もしもそれが詐欺だとしたら、JDAがすぐに閉鎖させるはずだ。

しかもそんな大物連中がこぞって入札している?


「……もしかして、その連中は、スキルオーブの保存方法を見つけたのか?」


 確かに信じがたい。

とはいえ、人類は進歩する。その可能性は常にあるのだ。


 しかしこのサイトは、民間人が単独で運営しているように見えた。


「もし、その方法が発見されていたとしても、今の段階じゃ、こいつ個人の技術ってことなんじゃないかな」

「おい、それが本当なら、今すぐ引き抜くべきだろ! 空母なんかよりも、ずっと価値があるだろうが」

「このサイトを見た世界中の連中がそう思ってるだろうよ。日本だってバカじゃないんだ。そう簡単に引き抜けるもんか」


 今頃世界中のダンジョン関係者の間じゃ、ケンケンゴウゴウ大騒ぎだろう。

 しかし、現時点ではこれが本物かどうかは誰にも分からない。個人を特定しようにも、分かるのは開設者のWDAライセンスIDだけだ。


 とりあえず様子見。みんながそう思っているはずだ。


「ま、それはいい。問題はこれだ」


 そう言ってサイモンが指さしたところには、『物理耐性』という文字があった。


「物理耐性? そんなスキルあったか?」

「問い合わせてみた。お前の言うとおりないそうだ」

「未知スキルか?!」


 サイモンは強く頷いて言った。


「これが、これからメイソンに必要になりそうな気がしないか?」


 サイモンは液晶画面をコンコンと人差し指の先で叩いた。


「期限が三日のオークションに、未知スキル? クレイジーだ。この祭りを始めたヤツは、自分のやってることの意味が分かってるのかね?」

「さあな。とにかく俺は、これに入札してみる。カネが足りなくなりそうだから、チームの連中にパーティ口座の使用許可を取っておいてくれ」

「なんだよ、そんなに高額になりそうなのか?」

「まあ、相手が相手だから」


 そうして現在の入札者を見せた。それはサイモン同様、よく知られている個人のIDだった。


ファン 俊熙チュインシーかよ」


 黄はWDAランキング四位。中国のトップエクスプローラーだ。


「落札したら、しばらくは代々木に行こう。突然現れた世界ランク一位のヤツと無関係とは思えないしな」

「メイソンはまだ無理だろう」

「ジャパンで休暇も、たまにはいいだろ」

「休暇だ? こんな時にか?」


 オーブのせいで、政府に関わるUS中のエクスプローラーは全員がこき使われている真っ最中だ。


 しかし、サイモンはその台詞に笑みを返しただけだった。


「はぁ……言い出したらきかねーから。わかった、みんなには連絡しておく」

「頼むよ」


 そう言ってサイモンはノートの画面に目を戻した。

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