CrossRange

 戦端を開く赤いロングレンジ・ホーミング・ザッパーが、敵編隊の後方でフレアに吸われて炸裂した。

 大きく旋回した三機。敵の隊長機と思しきSu-77パーヴェルが巨大な具現領域マクスウェルの矢を機体下部に発生させながらバレルロール。

――射出。


【敵隊長機、大型ザッパー射出。無誘導、弾頭タイプは――拡散子弾】


「クラスター弾!?」


 大戦以前のオースロウで開かれた世界会議で、アドラー等の一部の国を除いて使用禁止条約が合意された『クラスター弾』を模倣した具現領域マクスウェルアレイ。

 不発弾問題と民間人被害などを主眼に置いた条約であるし、その時点で存在しないA.S.F.のアレイは、倫理的にも原則的にも禁止対象ではない。

 というよりも、そもそもアレは対空兵装では無い。


 直進する巨大なザッパーが、途中で四散し、無数の子弾に姿を変える。誘導は掛かっていない。フレアは意味をなさない面の攻撃。

 空を埋め尽くす様に、青いプラズマ弾が飛来する。


旋回ブレイクは間に合わない。シールドを出せばエアブレーキで減速した所を狙われる……ついてきて!」


 ケイは、通常の回避パターンセットでは回避が困難と判断。

 無数の弾の弾道を読んで、回避ルートを算出。弾の間を縫うようにASF-X02ナイトレイブンが飛ぶ。僚機もその機動を追従トレース

 ケイが散弾の雨を切り抜けたところで、僚機に警告音アラートが鳴った。被弾直前に、AIGISアイギスがオートで前面にシールド・アレイを展開。それがエアブレーキになって減速。

 ASF-X02ナイトレイブンASF-01Fムラクモの性能差は織り込み済。しかし、パイロットとAIGISアイギスの精度差で完全には追従しきれなかったのだ。

 むしろアンサラーの回避軌道に、良くついて来たと言うべきかもしれない。


「くッ!」


「フレアを! 早く!」


 正面からのシールドへの被弾と減速を狙って、既に回り込んでいた敵僚機がホーミング・ザッパーを射出。

 一発目はフレア・アレイに食いつかせて、辛うじて回避。

 しかし、二発目のザッパーが既に迫っていた。


「デュプレ! 僚機ウィングのコックピットを強制パージ!」


 隊長機リード権限でデュプレを経由して、僚機のコックピットユニットを強制分離命令。直後、ザッパーが近接反応し、起爆した。

 それより一瞬早くコックピットシェルがパージされ、機能停止したマクスウェル・エンジンは自動的に自壊。

 ザッパーのプラズマ反応による爆炎と、爆発したエンジンと機体の構造物がまき散らす粉塵を曳いて、コックピットシェルが海へ落下していく。


「パイロットは?」


【コックピットシェルは無事。緊急脱出システムは正常稼働。パイロットのバイタルも問題ありません。着水まで五秒】


海上施設メガフロートに回収を要請」


【3……2……1……着水。パイロット及びAIGISアイギスストレージの回収を要請】


 旧来機に輪をかけたパイロットやAIGISアイギスの貴重さから、A.S.F.の脱出装置や生命維持の重要度は高く、その為コックピットシェルの脱出艇としての機能は優秀で、排出さえされれば、よほどのことがない限り生還できる。

 古い戦争では墜落したパイロットを殺害するような行為も行われていたため、電子戦闘空域では、その行為も明確に禁止されている。


「ふう。そっちは良いとして……また1対3か……」


 ASF-X02ナイトレイブンに向けて、牽制のような生温いザッパーが放たれる。もう決着が付いたと言わんばかりだ。


「この温い攻撃は!」


 ソレをケイはフレア・アレイも使わずに回避旋回ブレイクし、そのまま肉薄。

 すれ違い様にプラズマ溶断光刃アーク・スライサーを撃ち込むが、流石にそれで撃墜出来る事はなく、シールド・アレイに阻まれた。

 対外諜報局S.V.R.機との直接戦闘もコレが三度目。エミュレートも充実してきているだろうから、さすがに前回、前々回のような強引な押し込みは通用しない。

 両翼で戦っているASF-01Fムラクモの負担も考えると、援軍が到着するまで無理はしないで、前回の遊佐ユサのように、領域防御に専念するのが正しい。


 そう、それが正しいの……だが――


「ふふ、やっぱり私は海里カイリの側の人間だわ月臣ツキオミ。貴方の方へは行けそうにない」


 ケイの心の奥底で燻っていた火種が、ゾロリと、その火勢を増した。

 ASF-X02ナイトレイブンがそれに答える様に急旋回、急上昇シャンデル。油断していた敵編隊の後方に食らいつく。


「デュプレ、さっきのクラスター弾をエミュレート。出力も密度も50%ほどでいい、効果範囲優先」


【クラスター弾アレイ、エミュレート……完了――仮名クラスター・ザッパー、スタンバイ】


 ケイはクロスヘアを手動操作し、敵編隊前方と最後尾の間に照準。


「撃て!」


【クラスター・ザッパー、Fox-Two】


 赤い具現領域マクスウェルで作り出されたプラズマのロケット弾が、上昇する敵機の編隊の中央辺りで炸裂。赤いプラズマの散弾を周囲にばら撒いた。

 先ほどSu-77パーヴェルが放った指向性の散弾に比べると、球状に広がる上に出力は半分ほどしかなく、密度は薄い。

 しかし最後尾の一機を、編隊から切り離すには十分だった。

 前方二機は後方での爆発なのでそのまま加速。最後尾から見れば進路上での散弾が炸裂したため、減速と旋回回避を余儀なくされる。


「追撃ッ!」


 孤立したSu-77パーヴェルへ更に通常のホーミング・ザッパーを射出。フレアを吐き出させ、演算領域ラプラス具現領域マクスウェルのリソースを削る。

 敵機は加速してロール。背面降下で高度を速度に変換スライスバックだ。

 そこへ動きを合わせて、敵隊長機リード機織はたおる様に捻じり込んできた。


「ケイ・カミヤ!」


 敵隊長機リードのパイロット――ヴァレリィが叫んだ。


【敵機、火線の差し込みによる防御機動ビーム・ディフェンス。回避を推奨】


「普通の戦闘機ならブレイクせざるを得ないけど……A.S.F.はッ!」


 僚機とケイの軌道に螺旋を描いて強襲するSu-77パーヴェルヴァレリィ機からプラズマ溶断光刃アーク・スライサーが閃く。


「射線予測! 自立シールド・アレイ!」


 ASF-X02ナイトレイブンは、自機の軌道からプラズマ溶断光刃アーク・スライサーを遮るようにシールド・アレイを構築。

 機体から独立して空中停滞するソレを壁にして、スライサーをやり過ごし、そのまま敵僚機ウィングを追う。


「こっちの具現領域マクスウェルアレイをすべてエミュレートしているのか! 一度見ただけで!」


 敵僚機ウィングは援護を受けるために、隊長機リードの動きと連動した丁寧で美しい、お手本のような機織りウィーブ機動。

 それだけに、軌道予測は容易だった。


「そこッ!」


 逃げる敵機の進路を偏差予測して、その鼻先に赤い閃光が迸る。

 それを見たパイロットは、咄嗟にロールとヨーを使って機首を無理やりに捻るが、赤いアークの刃はSu-77パーヴェルを袈裟斬りに切り裂いた。


 辛うじてコックピットへの直撃を免れた敵機は、シェルを射出し、残りは爆散する。

 機能停止して着水してしまえば敵味方に関わらず回収し、パイロットとAIGISアイギスは国際法に乗っ取って本国へ返還される手続きになっている。

 その為、戦闘不能に寄る自爆は、マクスウェル・エンジンだけでも解析されない為の処置だ。


「こんな程度か! 対外諜報局S.V.R.ッ!」


 オープン・チャンネルで恫喝するようにケイが言った。


「言ってくれるなケイ・カミヤ」


「Ver2.00開発計画を妨害したところで、いずれは環太平洋経済圏シーオービタルのどこかの研究所が完成させる。こんな遅滞戦術に何の意味がある?」


「あったさ。理由はあったんだよ――だが結局は、上が過去を振り払えなかっただけだ」


 ヴァレリィが冷淡に応じた。


 ASF-X02ナイトレイブンが二機のSu-77パーヴェルを追う。

 A.S.F.に詳しいモノが見れば、異様な光景に見えただろう。

 ケイは残った敵僚機ウィングの進路をプラズマ溶断光刃アークスライサーでコントロールしながら、その上でヴァレリィ機を追っていた。


「理由はあった……?」


 ヴァレリィ機に直接ホーミング・ザッパーが放たれる。

 僚機ウィングを見捨てるわけにも行かず、強引なカウンターは出来ない。おとなしくフレアを撒いてザッパーを回避ブレイク

 ヴァレリィは僚機ウィングを人質に取られているような気分だった。


「もうその理由は失われたって事だ。ある意味では、この戦闘にも意味はない。お前たちの妨害が功を奏したのだ」


「私たちの……妨害? ……Ver2.00が? いや違う……貴方達の目的は……」


「戦闘中に余計な事を考えながら、これだけの空戦機動マニューバとはな……まったく……思い知らせてくれるよ。本当に……お前たちは!」


 ヴァレリィが叫ぶ。

 上昇していたSu-77パーヴェルが、側面に推力偏向ベクタード・アレイを展開。空中で跳ね、スピンするようにバレルロール。

 半ば強引にASF-X02ナイトレイブンの軸線上から外れる。

 ギイギイと機体が悲鳴を上げ、AIGISアイギスが警告。

 ヴァレリィは構わず、そのままブースター・アレイを展開し、下方宙返り《スライスバック》で急降下。

 上昇する僚機ブラド機の後ろにつけるASF-X02ナイトレイブンとすれ違った辺りで、前方に追従展開したシールド・アレイのエアブレーキ効果と推力偏向ベクタード・アレイ。

 機首を強引に持ち上げる《ヴァイパー》。


機体剛性強化バリアブル・アレイもなしで無茶苦茶な空戦機動マニューバするなぁ……機体のフレーム歪むぞ」


 一瞬で攻守を入れ替えて背後に付けたヴァレリィの空戦機動マニューバを、ケイはそう評した。

 その返答とばかりに、機首を上げたSu-77パーヴェルからプラズマ溶断光刃アークスライサーの閃光。

 ケイは機体後方に自立シールド・アレイを撒きつつ、ブラド機を追い回すの諦め、回避旋回ブレイクした。


「グラードを舐めるなよ……フェザントの小娘ッ!」


「やっぱり貴方達もなのか……でもそうだとしたら、この攻撃の目的は……」


 ケイは愁いを帯びた瞳を、自分を追うSu-77パーヴェルに向ける。

 追う側と追われる側。攻守を絶え間なく入れ替えて、A.S.F.は青い空を切り裂いて飛んだ。

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