洋上会議室

「グラードはまだ諦めていないと。それに、向こうも同じ、というのはどういう事かしら……阿佐見アサミ少佐?」


 月臣ツキオミから話を聞いた聡里サトリは、この中では軍事に関しての有識者である阿佐見アサミに見解を求めた。


「ええ、また私ですか? あーんー、ケイちゃんの話を聞く限り、今回の襲撃は大陸国家企業連邦ソユーズ……あ、いや、グラード単独なのかな? 何かあちら側に大きな計画があって、ASF-X03Sフェイルノートが不都合……といった感じかな。しらんけど」


 カドクラのトップに対しても、いつもの態度を崩さず応じる阿佐見アサミの胆力に一同は肝を冷やすが、さほど気にした様子もなく話を聞いている。

 聡里サトリは、海里カイリやエレインに比べても、リアクションが比較的オーバーで、普段の気怠そうな表情もあって、付き合いの浅い月臣ツキオミには重役感が薄いのは確かだ。


「加えて、アドラーを刺激しすぎない為にA.S.F.一個飛行隊だったとしても、公表で倍の数のA.S.F.を有するノースポイントを襲撃するにしては、無謀な作戦に見えますね」


 エレインは今回の襲撃をザックリ纏めたデータを、全員の端末に転送しながら言った。


「それにしても、なんでアレを? 電磁加速砲レールガン、いえ、宗像ムナカタ君が改造したリニア・ダスト・ラムジェットの方かしら? そんなにヤバいものなの?」


 納得のいかない様子で聡里サトリはそう繰り返す。


「超長距離で狙撃されると困る施設があるとか……それにしても、グラードが前回行ったように、一旦、電子戦闘空域を成立させる必要があるか……わざわざ後方から狙撃させるぐらいなら、A.S.F.の特性から考えても、前に出した方がマシですね」


 阿佐見アサミは頭を文字通り捻って答えるが、それもやはり大きな疑問が残り、自らその可能性を否定する。


電磁加速砲レールガンはまあ、試射の時に海里カイリさんに散々使い道がないって言われましたしね」


 月臣ツキオミ自身、電磁加速砲レールガンにしても、リニア・ダスト・ラムジェットにしても、それほど画期的な発明だとは考えていなかった。

 博士のアルテミス計画の為に必要な技術なのであって、それ自体は粒子センサネットワーク敷設以前の航空力学の再現なのだから。研究の価値はあったが、一度は枯れた技術なのだ。


九重ココノエ社長の見解は?」


 エレインがまとめた資料と以前の襲撃の資料を突き合わせていた九朗クロウは、聡里サトリに言われてようやく顔を上げた。


海里カイリさんとケイちゃんが、ウチを出て会社を建ててまで陽動をしてるんですから、グラードの狙いが元々Ver2.00の妨害というのは間違いないと思いますよ」


 九朗クロウは口元に手を当てたまま、何かを考えている。

 その雰囲気に飲まれて、場に不思議な静寂が流れた。


「元々……元々?」


阿佐見アサミ少佐……?」


「あー!」


 資料を表示した端末を見つめながら、阿佐見アサミは椅子を蹴って立ち上がる。


「え、何?」


 その様子に映像プレートの向こう側で、聡里サトリが大げさに仰け反るのが見えた。


「グラードの狙いは、元々は単なるVer2.00の妨害だったとして……どこかの時点でグラードの作戦目標が変わった?」


「どういうこと?」


「最初の襲撃。アレは初めからVer2.00開発を『遅らせること』が目的だったんじゃあ……? あの時の戦力も『電子戦闘空域でスレイプニルを潰す』っていうより、潜入部隊の方が主体……?」


「ちょっと待ってくださいよ阿佐見アサミさん! 単に計画を遅らせる為だけに、ニール博士は殺されたって言うんですか?」


 思わず、月臣ツキオミの語気が荒くなる。そんな理由の為に恩師を殺されたなどと、たまったものでは無かった。


宗像ムナカタ君、気持ちは分かるけど、座ってて?」


 その月臣ツキオミを、呑気な調子のまま有無を言わさぬ気配で聡里サトリが咎める。その威圧は普段らしからぬ、カドクラの長女らしいのものだった。

 毒気を抜かれた月臣ツキオミは黙って席に沈み込んだ。


「ドンマイ、月臣ツキオミ君」


 話の腰を折られた本人の阿佐見アサミが、親指を立てて笑顔を送ってくれるが、乾いた笑いを返すのが精々だ。


「グラードには粒子端末グリッターダストの更新を遅らせる必要があった?」


「そして、それは恐らく『うまく行き過ぎた』んじゃないでしょうか? ……何せ、計画の主導者であるニール博士の殺害に成功したんですし」


 阿佐見アサミの言葉に篠崎シノサキも何か思い当たったようで、片手を挙手するように上げる。


「はい、篠崎シノサキ君」


「たしかにあの装備と練度の部隊相手に、自分と阿佐見アサミ少佐だけで対応出来たのは、今から考えると違和感はあります」


 と補足した。


「……ニール博士のエコーは、博士が当初予定していたよりも、計画の進みが早いと言って居たな」


 月臣ツキオミは少し控えめに、それだけを告げた。


「そうすると、再び強硬手段を取った今回の襲撃は……」


 聡里サトリは口寂しいのか、口元の手を当て、指先で頬をヒタヒタと叩いている。


「……でも、そこからどうASF-X03Sフェイルノート狙いの襲撃につながるかは、サッパリ分かりません」


 ようやく話が進展の見込めそうなところに来たところで、阿佐見アサミはお手上げのポーズ。


「元情報将校の知恵と見識で何とかならない?」


「なりませんね――どちらかと言うとコレ、月臣ツキオミ君の領分なんじゃない?」


「だから、困ったら俺に振るのやめてください阿佐見アサミさん」


「これ以上は出ないか……それじゃあ、スレイプニル社の今後について話しましょ」


 聡里サトリがそう言うと、そこで九朗クロウはようやく資料データから目を離したが、再び資料に目を落として喋り始めた。


「今後って言ってもどうしましょうか? ウチとしては、このままASF-X03Sフェイルノート月臣ツキオミの言ってる『ニール博士のアルテミス計画』ってのの開発を進めたいんですけど」


九重ココノエ社長、話聞いてた? それがグラードを刺激してるんじゃないかって話よ?」


 言葉の割には咎める雰囲気はなく、茫洋とした表情が九朗クロウ見つめる。


「……いや、どうでしょう。軍事は分かりませんけど、俺らはこのまま開発を進めるべきだと思います。ここで手を止めると、何か……ダメな感じがしませんか?」


 九朗クロウにしては珍しく、聡里サトリの顔も見ずに話を続けていた。その手が宙にある器でも撫でるような仕草をする。


「スレイプニル社の今までの投資もあるのだろうけど……利益優先という訳でもなさそうね。でもそうなると、安保関係の予算がねぇ……どうするか」


「ああ、それ、聡里サトリさんなら簡単ですよ」


 阿佐見アサミがあっけらかんとして言った。


「私なら?」


「ノースポイント海上施設メガフロート周辺を周遊するようにしちゃえば良いんですよ。この船幸い、社屋と研究室を海に浮かべるのが主な用途ですし」


 そういえば、そもそも空母社屋スレイプニルは、地上工作部隊の潜入対策に導入したモノだったのだ。

 実はと言えばこの会議間中、阿佐見アサミ以外の全員がそのことをすっかり忘れていて、思わず皆で真顔になった。


「そ……そう言えばそうだったわね……」


 一生の不覚と言わんばかりの顔で、エレインがガックリと項垂うなだれる。


「ノースポイント海上施設メガフロートには研究目的でアルテミス・ワークス社が入っているとは云っても、粒子端末グリッターダストの精製散布炉だから、聡里サトリさんの権限でスレイプニルの寄港先に使わせてもらうのは、出来るんじゃないですか? 確か、長距離輸送機も配備されている筈」


 阿佐見アサミがノースポイント海上施設メガフロートの立体データを呼び出し、その周りに周遊航路図を即席で書きこむ。


「あそこは確かにカドクラの所有だから……捻じ込めると思うけど、阿佐見アサミさんそれ、私が海里カイリにものすごく嫌な顔されるやつじゃないかしら?」


「でも、海里カイリさんのアルテミス・ワークスの戦力を防衛に使えるから、対策費が浮きますよ?」


 事も無げに阿佐見アサミが言うと、エレインもここぞとばかりに、


「ケイちゃんも居るし、ウチとしても当てにしやすいですね」


 と追い打ちをかけた。


「あなたたち……まあいいわ。粒子端末グリッターダストVer2.00開発のあっちと違って、こっちの計画に纏まった数のA.S.F.を割り当てるのは不可能だし。私が嫌な顔されて、海里カイリの戦力を利用させて貰いましょ」


 聡里サトリは大きなため息を吐き、両手を挙げて降参するように言った。


「ウチも結構頑張ってるつもりなんですけどね」


 九朗クロウが笑いながら言うが、実際スレイプニルはASF-X03Sフェイルノートの改修に付きっ切りで、大した業績を上げていないのだから仕様がない。


「頼むぜ月臣ツキオミ。お前に掛かってる」


「だからなんで俺に振るんだ」


 ただの研究職で居たい月臣ツキオミもまた、ままならない状況に大げさにため息を吐くのだった。

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