ASF-X03S

月臣ツキオミ、未確認A.S.F.の反応。まっすぐ此方へ直進しています】


 トリスが唐突に、艦橋内にアバターを結像して、そう言った。

 粒子センサネットワークによる索敵は、艦載レーダーよりも広範囲高精度の為、A.S.F.は艦内にあっても常にアイドリング状態で運用されている。

 そのため、トリスも常に稼働状態にあった。


「わかった。他の部署にも伝えてやってくれ――って、阿佐見アサミさん、なにボーっとしてるんですか……って他のみんなまで?」


 振り返ると、阿佐見アサミの他、篠崎シノサキ九朗クロウ、エレインまでもが、突然現れたトリスの姿に、ギョッとした顔をしている。

 A.S.F.パイロットや電算調律師以外にはあまり縁の無いアバターだから、驚くのも無理もないが、この反応には月臣ツキオミも驚いた。


「――いやAIGISアイギスって、コックピット内じゃなくてもアバター出せますからね? って、そうじゃなくて阿佐見アサミさん」


「ああ、はいはいはい、仕事仕事。未確認A.S.F.って、敵機?」


【近海を定時哨戒中だったアドラー軍のASF-1クラウドルーラーの反応が消失。同時に未確認A.S.F.の反応も消失。アドラー軍からの情報共有には、ダイオミド付近の哨戒機も撃墜されているとの事です。Su-77パーヴェル三機の編隊と推定され、周辺空域は警戒されたしとのことです阿佐見アサミ


「また、グラードのSu-77パーヴェル?」


 因縁の名に、その場にいた全員が怪訝な顔をした。


「Ver2.00はケイがASF-X02ナイトレイブンと一緒にアルテミス・ワークスに持ってったことは知れてるハズじゃないのか?」


「グラードの対外諜報局S.V.R.が、ウチ見たいな弱小ベンチャーにこれ以上用があるとも思えないんだが……」


 月臣ツキオミ九朗クロウが話していると、位置情報をチェックしていた阿佐見アサミが「あー……」と、力の抜ける声を出した。


月臣ツキオミ君、社長、コレ……」


 阿佐見アサミが展開したデータ映像には、Su-77パーヴェルの予定進路上に交差する形で空母スレイプニル。そして、その直線上にアルテミス・ワークスのあるノースポイント海上施設基地メガフロートの表示。


「あー……」


 月臣ツキオミ九朗クロウの口からも同じ力の抜ける声が出た。


「なんて間の悪い……九朗クロウ、どうする?」


「どうするってお前……今、この船で出れるの、遊佐ユサちゃんしか居ねえぞ」


「だよな……降参するか?」


 月臣ツキオミ九朗クロウが顔を見合わせるが、


「それは……マズいかもしれませんね。最悪、電磁加速レールや『ハッブルの瞳』関係はまあ、演算領域ラプラスで奪われても大して問題ありませんけど、ASF-X03フェイルノートはフェザント軍に正式採用予定のASF-05Fオオトリと共通の規格ですから、それが盗まれたとなると……我が社の沽券に係わります」


 エレインが額に手を当てて言う。


「……トリス、遊佐ユサは戦えそうか?」


 月臣ツキオミが神妙な顔をして、待機状態のトリスに聞く。


【それは、遊佐ユサ本人が回答するそうです】


 にっこりと笑みを浮かべて、トリスが右手を添えると、その先に空中映像プレートが現れて、少しふくれっ面の遊佐ユサの姿が映し出された。


「僕だって、いつまでもしょげてないよ月ニイ」


「いや、しかしだな……遊佐ユサお前、戦闘経験ないだろ。しかも相手はケイが手こずった奴かもしれない」


 それよりなにより、月臣ツキオミ遊佐ユサを戦わせたくはなかった。トリスもだ。

 ニール博士は00年度A.S.F.開発計画レイシキから外れたASF-X02ナイトレイブンASF-X03フェイルノートを、戦闘用ではなく、何か別の研究目的に使うつもりだったはずなのだ。

 それを緊急とは云え迎撃に使うことは、月臣ツキオミには躊躇われた。


「月ニイは全部奪われてもいいの? 僕はお父さんの遺した研究を守りたい」


 そう、遊佐ユサは言う。

 確かにそうだ。Ver2.00の増槽を搭載したASF-X02ナイトレイブンも、電磁加速レールの設備として電磁加速砲レールガンを搭載したASF-X03フェイルノートも、月臣ツキオミにとってはニール博士の遺した大事な研究だ。


【状況判断は遊佐ユサの方が的確です月臣ツキオミ――それに、私には故ニール博士の研究成果を守る義務があります】


「……義務……義務って言ったか? トリス」


【はい。『私の』義務です月臣ツキオミ


 そのトリスの瞳に宿る光は――


「――あはは、義務と来たか……二人とも頑固に育っちゃってまあ……さすがニール博士の娘達だ。ホント、ケイに似てきて……苦労しそうだ」


 月臣ツキオミは深いため息をついた。

 ニール博士もケイも、神耶の人間は、こうと決めたらテコでも動かない。遊佐ユサも、そしてトリスも、どうやらそういう血を受け継いでいるようだった。


月臣ツキオミASF-X03フェイルノートは……」


 九朗クロウが聞く。嘘をついてもよかったが、その嘘はすぐにトリスを通じて遊佐ユサにバレるだろうし、意味がなかった。


「S型への改修は九割方終わってる。普通に飛ぶ分には大丈夫だ。だけど、電磁加速砲レールガンを改修したリニア・ダスト・ラムジェット周りの調律が全然足りてない」


「確認するぞ。戦えるのか?」


 念を押すように九朗クロウが聞いた。


「並のA.S.F.が相手なら負けはしない……程度にしか保証できない」


「O.K.――猪神シシガミさん、発進させるまでどれくらいかかる?」


 月臣ツキオミの返事を聞いた九朗クロウは、甲板で酒盛りをしている技術部員に繋いだ。話はすでにトリスが通している。


「聞いてる。S型をいきなり飛ばすのか? ウチの連中の酒抜くのに三分、準備が二十分で発進シークエンスに入れられる」


 甲板で手を上げる技術部長の猪神シシガミから、そう返事が返った。

 酒を抜く方法はあえて聞くまい。技術部テックの明日の分担は、艦内トイレの清掃が割り当てられるだろう。


「ギリギリだな。迷ってる暇はないか――阿佐見アサミさん、初速を稼げる電磁加速カタパルトも使います。管制制御お願いします」


「あいよー」


 九朗クロウの指示のもと、艦橋が俄かに慌ただしくなる。


月臣ツキオミ遊佐ユサちゃんとトリスのバックアップだ。二人とも初陣だからな、しっかりサポートしてやってくれ」


 珍しく神妙な九朗クロウが言った。

 月臣ツキオミは少し考えてから、


「ああ、任せろ」


 と答えた。


      *


 深夜、巨大な満月の見守る洋上。

 降り注ぐ月光の中、空母の甲板が俄かに慌ただしい。

 甲板に開いた奈落から、エレベーターがゆっくりと迫り上がる。その上に乗るのはシルエットが少し変化したASF-X03S――S型フェイルノートだった。

 S型はスレイプニル社の事で自社の改修以上の意味はなく、九朗クロウ曰く「その方が箔が付くだろう」だそうだ。

 ゆっくりと銀色の機影が移動し、カタパルト上に固定される。


 機首の『ハッブルの瞳』はそのままだが、エンジンから生える翼部は大きく前に張り出した極端な前進翼に変更されている。

 通常、A.S.F.の具現領域形成型プラズマ動力器マクスウェル・エンジンにマウントされる粒子制御板ダストプレートは存在せず、この前進翼がその機能を兼ねる新設計。翼部が前に張り出しているのは具現領域マクスウェルを前方展開する都合上のことだ。

 さらに、後方へ向けて尻尾のように取り付けられているのは、機体上部から移設された電磁加速砲レールガン

 大きく翼を広げた銀色のV字から、前に機首、後ろに二又のバレルが伸びる姿は、まるで空を飛ぶ白鳥のようで、それに技術部の付けたあだ名がそのまま『白鳥』

 ASF-X02ナイトレイブンを『黒イカ』などと呼ばれていたケイが聞いたら、さぞかし腹を立てるだろうと、月臣ツキオミはここに居ない彼女のことを思い出していた。


ASF-X03sフェイルノート、一番、電磁加速カタパルトへ」


 甲板員の振るう誘導灯が、月夜に弧を引いた。


遊佐ユサ、不明機は十中八九、以前スレイプニル基地を襲撃したグラードの『あの部隊』だと思う。お父さんの仇かもしれない……やれるか?」


 月臣ツキオミは艦橋のマイクを使わず、空中映像プレートを開いて直接、遊佐ユサの目を見て、そう聞いた。


「お父さんの仇……か」


月臣ツキオミ君、その言い方は……」


 阿佐見アサミが思わず咎めるが、遊佐ユサは首を振って制した。


「大丈夫。任務の時はどんな時も氷のように冷徹に、でしょヨーコちゃん。お父さんの仇は、今は忘れる。前は空を飛ぶことすら出来なかったけど、僕は今度こそ、みんなを守るために戦うよ月ニイ」


 誤魔化しも、気負いも見られない。どちらにしても月臣ツキオミ達には、遊佐ユサに託す他、手段は無かった。


「トリス、遊佐ユサを頼む。危なくなったら躊躇なくコックピットシェルをパージしろ。お前たちが生きてさえいれば、機体なんて幾らでも換えは利くからな。ASF-X03sフェイルノートのデータが奪われたところで、九朗クロウが偉いさんにボロカスに怒られるだけの話だ。わかったな?」


「ちょ、月臣ツキオミ、お前――遊佐ユサちゃん、出来れば俺の尊厳も守ってくれ」


「頑張ってみるよ社長」


 流れ弾を受けた九朗クロウが情けない声を出したので、遊佐ユサからクスリと笑いが零れた。


【了解しました月臣ツキオミ。トリスの全機能をもって遊佐ユサの命を守ります】


「トリス。守るのはお前自身もだ」


 少し厳しい声が月臣ツキオミの口から出た。それにトリスは驚いたように見えた。


【……はい。最優先コマンド変更、遊佐ユサ及びトリス両名の生還。よろしいですか? 月臣ツキオミ


 少し嬉しそうな顔をして、トリスは言う。


「ああ、頼む。必ず戻れ。遊佐ユサ――」


「――無理はするけど」


「おい、遊佐ユサ!」


「でも、僕はちゃんと帰ってくるよ、月ニイ」


 言葉尻を奪って、遊佐ユサがはにかんだ。

 月臣ツキオミが所在無さげに照れていると、


「よし、遊佐ユサちゃん。練習した通りに発進シークエンス、行ってみようか!」


 話が終わるのを待っていた阿佐見アサミが元気な声で言った。辛気臭いのはスレイプニルらしくないと言わんばかりに。


「ところで、阿佐見アサミさん。遊佐ユサがヨーコちゃんとか呼んでましたけど、なんですアレ」


「いやー、この会社、みんな私のこと阿佐見アサミさん阿佐見アサミさんって呼ぶじゃない? ケイちゃんや、遊佐ユサちゃんはみんな『ちゃん』付けなのに」


「ええ。そりゃ、目上の人ですし……」


「私だって、曜子ヨーコちゃんとか呼ばれたい。的な」


「それで遊佐ユサにそう呼ばせてるんですか……」


「戦闘教練の時にお願いしたら、呼んでくれるようになった」


 胸を張ってそんなことを言う。

 念のために断っておくと、元軍属と言うこともあり阿佐見アサミ篠崎シノサキは、月臣ツキオミ九朗クロウよりも丸々一回りほどは年上である。


「元少佐が、何やってんだかなぁ……」


 変な緊張感のほぐれ方をした月臣ツキオミは、ぐったりと肩を落とした。

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