電磁加速砲

「それじゃ本題に入りますか」


 顔合わせが済んだところで、九朗クロウがカード状の個人端末を取り出して操作すると、周辺を漂う粒子端末が反応し、A.S.F.のグラフィカルコックピットに使われているものと同じ微弱な具現領域マクスウェルで生み出された空中映像プレートが現れて、それはモニターのように、基地上空を滞空している一機のA.S.F.の姿を映し出した。


ASF-X03フェイルノート……トリスか」


 00年度A.S.F.開発計画レイシキの三番機、ASF-X03『フェイルノート』

 月臣ツキオミが調律しているAIGISアイギストリスの翼だ。


 機体にはグラス製のキャノピーは存在せず、それは一見無人機のようにも見えるが、コックピットシェルは通常のジェット戦闘機と似た位置に存在する。

 だがジェット戦闘機のように、機体前部に吸気口エアインテークは無く、後方に排気口エグゾーストノズルも無い。

 代わりに機体中央部を挟みこむように演算領域形成型プラズマ動力器マクスウェル・エンジンが二基。

 そこから横に伸びる主翼と共に、エンジンに半分被さる様に取り付けられた長方形の物体は、高出力の具現領域マクスウェルを制御するための制御板プレートだ。

 それは戦闘機と言うよりは、無人のエアプレーンのような軽やかなシルエット。機首に搭載された光学観測ユニット『ハッブルの瞳』がその印象を強くしていた。


 そして機体上方後方には、やや不自然な音叉型をしたユニットが取り付けられている。

 それが件の開放バレル型電磁加速砲レールガンであった。

 二股の音叉のような構造物は、電磁加速レールだ。


「それで俺も呼ばれたのか。そういえばパイロットは?」


 スレイプニル社のエースパイロットであるケイは、今この場に居る。月臣ツキオミが知る限り、ASF-X03フェイルノートのパイロットは決まっていなかった。

 聞くと、九朗クロウはニッと笑って、


遊佐ユサちゃんだ」


 と答えた。


「こないだまで高校生だぞ?」


 休憩所でケイが「今年から遊佐ユサも」などと言っていたのを思い出したが、まさか調律したばかりのASF-X03フェイルノートに乗っているとは寝耳に水だった。



「それが遊佐ユサちゃん、情報処理IQのテストが準アンサラー級のスコアでな。もちろんヘッドハンティングした」


「もちろんじゃねえよ――博士はよかったんですか? 大学に行かせなくて。いや、ケイも笑ってんじゃなくて」


 月臣ツキオミが慌てる顔を待っていたのか、ケイは少し噴き出して笑った。


遊佐ユサがやりたいと言っているのだから、反対する理由は無いよ。勉強は家で教えてやれないこともないし、九重ココノエ君のところなら、いろいろと身になる研究も出来るだろう」


 九朗クロウもニール博士も、さも当然と言ったように答える。どうやら頭が固いのは月臣ツキオミだけだったらしい。


「常識人は大変ですね、月臣ツキオミ君」


 慰めるようにエレインが笑った。

 エレインも奔放な九朗クロウにはいつも振り回されているはずだから、案外、本音の欠片かもしれないが、月臣ツキオミはこの優秀な秘書然とした女性が、九朗クロウに負けず劣らずの『面白い事好き』であることを知っている。


九重ココノエ社長」


「ではまず、我が社の新人パイロット、神耶遊佐カミヤ ユサちゃんから、ご挨拶を」



 海里カイリが促すと、九朗クロウは空中映像プレートをフリック操作で切り替え、A.S.F.のグラフィカルコックピット内が映し出された。


【コックピット内の映像中継に切り替わりました。カメラグリッドはこちらです遊佐ユサ


「あ、映ってる? お父さん、やっほー」


 トリスの音声に促されて、パイロットスーツを着た、黒髪にケイと同じ碧眼をした少女がヒラヒラと可愛らしく手を振った。

 ジェット戦闘機と違い、コックピット内は完全な気密型で生命維持システムもAIGISアイギスが管理しているため、酸素マスクなどはなく、チャイルドシートのように囲い込んで頭部を保護する形式の座席は重いヘルメットなども必要としない。


「ああ遊佐ユサ、映っているよ。トリスの調子はどうだい?」


 ニール博士が優しい声で遊佐ユサに答えた。


「良いみたい。月ニイの作った、この『ハッブルの瞳』はすごいよお父さん。ものすごく遠くの空まで見える」


「はは。月臣ツキオミ君も居るよ」


「え、うそ。もー、先に言ってよお父さん!」


 ニール博士の次女、神耶遊佐カミヤ ユサ

 ケイやニール博士と同じ蒼い瞳、黒髪は母である神耶望カミヤ ノゾミの血だ。


「挨拶挨拶」


 陽気な遊佐ユサをたしなめる様に、姉の顔が出たケイが言った。


「あ、初めまして、今年からスレイプニル社で働くことになりました、神耶遊佐カミヤ ユサです! よろしくお願いします!」


 促され、遊佐ユサは元気に敬礼ポーズ。


「……ちょっと営業の人に研修してもらった方が良いかしら」


 ずり落ちそうになった眼鏡を直しながら言うエレインを見て、海里カイリが笑った。


「元気があって良いのではなくて?」


「贔屓は駄目だよ海里カイリ君」


 海里カイリも笑みを浮かべながら言い、甘やかすのを咎めるニール博士も顔は緩んでいた。


「ま、なんせ入社したてなんで、ご容赦ください――それじゃ遊佐ユサちゃん、さっそくで悪いけど電磁加速砲レールガンの試射に入ってくれるかい?」


「こちらは今回の予定と資料になります――管制の阿佐見アサミさん、お願いします」


 九朗クロウ遊佐ユサに促すと、エレインは資料を皆に配りながら、手元のカード端末で管制へ連絡を取る。


【ターゲット情報、受信しました】


 空中映像プレートのモニターから、トリスの音声が流れた。


「ターゲットは現地での観測を兼ねて、ASF-1Fムラクモにホバリングしながら具現領域マクスウェルで投影してもらっています。距離は約500km南西海上」


「あら、これ射程が……500km? 50kmではなくて?」


 横に座り、資料を読んでいた海里カイリが、怪訝な顔をしていった。


「ええ、500kmですよ」


 九朗クロウが得意そうに返事をするが、海里カイリは怪訝な顔のまま。


演算領域ラプラスは通常50km前後。索敵に特化したASF-X03フェイルノートのトリス・モデルでも60kmほどと宗像君の資料にはあったけど……どうやって演算領域ラプラス以遠で狙いを……」


ASF-X03フェイルノートの機首に搭載した『ハッブルの瞳』を使います。超高精細度のカメラで、光学で目標とその周辺状況をトリスが『視認』して、その情報を元に演算領域ラプラス外の粒子センサネットワークへアクセスし、対象周辺の情報を検索。後は弾道学などを用いて、弾体の軌道を計算し――」


「……ごめんなさい。宗像ムナカタ君の研究にケチを付けるわけでは無いのだけど、『電子戦闘空域』で戦うA.S.F.に、古風な長距離観測射撃をさせる意味は……?」


 海里カイリの疑念は至極全うなもので、その表情には困惑の色さえある。


 停戦協定第六項・限定戦闘許可『電子戦闘空域』


 このA.S.F.の演算領域ラプラス影響下における戦闘許可を記した協定は、しかし、A.S.F.の為のものでは無く、核弾頭すらも無効化する第七世代戦闘機A.S.F.を無条件に要撃する為に作られた、体裁だけの項目であった。

 なにせ第六世代以前の戦闘機では要撃どころか、ミサイルの発射そのものすら封じられ、マルチリンク系のシステムに接続しようものなら機体そのものを乗っ取られかねない。

 しかし、大陸国家企業連邦ソユーズ欧州経済戦略会議エウロパがA.S.F.の開発に成功したことでこの協定の性質は変わった。

『電子戦闘空域』は言うなれば、経済圏間、国家間、産業複合体間の『合法的な戦闘領域』として扱われるようになった。


 戦闘領域が演算領域ラプラスの範囲内という事は、相互に敵を捕捉した状態でしか戦闘状態は起こりえず、それゆえ以前の主流なドクトリンであった隠蔽能力ステルスや、先制打撃ファストストライクなどは廃れており、A.S.F.の能力も相まって、再び近接格闘ドッグファイトが空戦の主流となっていた。


 ASF-X03フェイルノートの装備する電磁加速砲レールガンは射程約500kmの超長射程砲。

 それは『電子戦闘空域』の禁則事項に抵触するかしないかの、グレーな戦略級兵器であり、限定闘争の主役たるA.S.F.の装備としては不似合いな物だ。


「いや、えっと……無いと思います」


 月臣ツキオミはできるだけ真面目な顔を作って答えた。

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