第120話 腹痛の妊婦のベトナム人妻が病院へ行ってしまった

私:トゥイ大丈夫か?


トゥイ:大丈夫じゃない。お腹の赤ちゃんがすごい暴れてるよ。


私:何だって⁉︎ 


 日本人夫の私は、ベトナム人妻のトゥイの苦しそうな表情を見て不安になった。と、同時にホーチミンからベンチェに引っ越しておいてよかったと思える自分がいた。


 トゥイの母親、妹、タムちゃん、おばぁさん、親戚の家が目と鼻の先にあるからだ。これほど心強いことはないだろう。


 ベトナム語の読み書きも話すことのできない私は、ベトナムの地では非常に無力の存在である。ただ、トゥイとお腹の赤ちゃんの無事を心から願うことしかできない。


トゥイ:トゥイのお母さんに電話するね。


私:分かった。


 トゥイはベトナム語でお母さんと電話している。その間、私は鉄でできたシャッターを開けることにした。


 このシャッターはところどころ錆びていて開けにくい。大きさは左右合わせて日本の和室4枚分ぐらいだろうか。


 防犯面を考慮し、就寝時には必ずシャッターを閉めるようにしている。じゃないと泥棒が入る可能性があるからだ。シャッターを開けるとトゥイの母親と妹が我が家にやってきてトゥイとベトナム語で話し始めた。


 ほどなくしてトゥイは「わたしはお母さんと妹と病院に行くから、あなたはお母さんの家でタムちゃんといっしょにいて」と言われた。私はトゥイのお母さんの家に行くことになった。


 我が家の戸締まりをして、トゥイの母親の家に入るとタムちゃんはベッドで寝ている。時計を確認すると午前2時を過ぎていた。


「何かあったら連絡するね」と言い残してトゥイと母親と妹はバイクで病院に行ってしまった。私は薄暗闇の中、眠れそうにないけれどベッドに横になることにした。


 こんな夜中でもベンチェの病院はやっているのだろうか。気を紛らわすためにふと壁を見ると黒い物体がうにょうにょと動き回っている。ゴキブリだ!


 私はびっくりして横になるのをやめた。ベッドの上であぐらをかいてゴキブリを眺めていると何匹ものゴキブリが壁を這いずり回っている。それはとても気味悪い光景であった。


 飛行機に乗って、日本からホーチミンにやってきた時、すぐトゥイの実家のベンチェに連れてかれた。何日もトゥイの実家に泊まったこともあったけれど、就寝時、寝室でゴキブリを見かけることはなかった(台所でゴキブリを見かけたことはあったけど)。


 なのに何でこんなにゴキブリが寝室まで進出しているのだろう。薄暗闇の中、目を凝らして辺りを見渡すと食べかけのご飯や飲み物が無造作に床に置かれている。食べ物の匂いにつられてゴキブリがきたのだろう。


 そんなことを考えていると、壁につけられている額縁からヤモリが頭をだし、一瞬にしてゴキブリをパックっと捕獲した。どうやらヤモリはゴキブリを食べてくれるらしい。


 ヤモリはゴキブリを退治してくれる私の救世主となったのは言うまでもない。だが、そんなことよりも今はトゥイとお腹の赤ちゃんの安否が気になってしかたない。私はタムちゃんが寝ているベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺めていた。


 しばらくして私のスマホがブルブルと震えだした。確認するとトゥイからLINEのメッセージが届いていた。

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