第十章五節 帰還

 翌朝。


「流石に疲れたからか、よく眠っているな……。そっとしておくか。今日でアンデゼルデに留まるのも、最後なのだから。給仕には、『タケル達が来るまで下げるな』と言い付けておこう」


 シュランメルトはぐっすり眠るタケル達を見て、ほほ笑みながらそっとその場を後にした。


おれが知る限り、彼らは神殿に入った事が無い。最初で最後になるだろうな。グロスレーベにも、根回ししておくか……」


     *


 その後起床し、朝食を食べ終えたタケル達は、部屋で話し合っていた。シュランメルトからの指示だった。


「今日でお別れか……。思えば、シュランメルトさんやリラさん達には世話になりっぱなしだったね」

「そうだね。助けてもらったり、魔導騎士ベルムバンツェの操縦法とか教えてもらったり……」

「だが、おかげで生き残れた。私達はまだやるべき事があるが、それを成し遂げる機会をもらった。ありがたい事だな」

「うん。助けてもらった恩は、ヘッジファンドを倒すことで返そうか」


 タケル達の心には、既にこの先何を成し遂げるかがはっきりと思い浮かんでいた。


     *


「そういう訳だ。頼み事ばかりで申し訳ないが、地下神殿への道を開いてくれ」

「かしこまりました」


 グロスレーベが部屋の机の一部を操作すると、轟音を立てて玉座の間の床の一部が開いた。


「済まんな」

「いえ、構いません。御子みこ様の頼みであれば、何なりとさせていただきます」


 グロスレーベと話を付けたシュランメルトは、タケル達の部屋へと向かう。

 その途中、シャインハイルとパトリツィアの二人と、ばったり出くわした。


「あら、シュランメルト」

「今日だっけー? タケル達帰すのー」

「ああ。二人とも、見届けるか?」

「そうさせていただきますわ」

「ボクも行くよー」

「承知した。ならば、おれに付いて来い」


 しばし歩いたシュランメルト達は、途中でさらにフィーレ、グスタフ、リラと合流し、タケル達の部屋の前に到着する。


「三人とも、出るんだ。帰還するにあたって、来てほしい場所がある」

「分かりました」

「いよいよ……ですね」

「どこに行くんだ?」


 リンカの疑問に、シュランメルトが答える。


「神殿だ。お前達にはまだ、案内していなかったのでな。無論それだけではない。Asrielアスリールの力が強まり、確実に元の世界に帰せるという合理的な理由っもあるからな。“少し”歩くが、それには目をつぶってくれ」

魔導騎士ベルムバンツェでは行けないんですか?」

「行けないんだ、タケル。だからこそ、徒歩で行く」


 本当は魔導騎士ベルムバンツェでも行けるのだが――神殿騎士団のAsrifelアズリフェルが出入りする為――、シュランメルトは神殿の詳細を秘匿する目的で嘘をついた。


「分かりました」


 そんな裏事情を知らぬタケル達は、素直に頷いたのであった。


     *


「ようやくだな。随分と長く歩かせてしまった」

「私は大丈夫ですよ、シュランメルト」

「僕もー!」

「わ、わたくしにはきついですわ……義足なのに……」


 シュランメルト達は1000段もの階段を下り、そして長い――しかし、先が全く見えない――直線の通路を通り抜けた。

 リラ工房で鍛えていなければ、途中でバテていてもおかしくない程の長さである。


「さて……タケル、リリア、リンカ。ここがお前達の、アンデゼルデにおける旅の終着点。神殿だ」

「ここが……」


 タケル達は、今までとは違う内装に目を見張っていた。

 一見質素な石造りではあるが、あちこちに文字らしき紋様が散りばめられている。


「何となく、懐かしい気分になります……」


 シュランメルトにとっては見慣れた神殿であるが、リリアはこの神殿の内装に懐かしさを感じていた。


「ところで、あの巨大な魔導騎士ベルムバンツェは何だ?」


 リンカが指さしたのは、濃い青に金の巨大人型兵器ベルムバンツェである。

 しかし、巨大な玉座に腰掛けているその機体は、一般的な魔導騎士ベルムバンツェより数倍の高さであった。もしも立ち上がれば、全高は100mメートル以上にも及ぶ。


「あれがおれの母さん……Asrielアスリールだ」

Asrielアスリール!? アレが!?」

「そうだよー」


 肯定したのは、パトリツィアである。


「実を言うと、ボクもAsrielアスリールなんだー。正確にはちょっと違ってー、Asrielアスリールの記憶を共有した肉体、って感じかなー」

「パ、パトリツィアさんが!?」

「うん。Asrielアスリールが知ってる事はー、だいたいボクも知ってるよー」


 あっけらかんと話すパトリツィア。

 だが、表情には、わずかに寂しさが混じっていた。


「それにしてもー、いよいよお別れかー。長いような、短いような、そんな時間だったねー」

「ああ。しかし、おれ達にも、タケル達にも忘れられない時間となった。いよいよ大詰めだ。Asrielアスリール!」

『かしこまりました、シュランメルト。では今から、三人を元の世界に戻します。私の前に立ってください』

「「はい!」」


 三人が、Asrielアスリールの元へ向かう。


「寂しいな……。もっと一緒に、いたいよ」

「グスタフ」

「分かってるよ、ししょー……。けど……」

「いえ、貴方を叱るつもりはありません」

「ししょー?」


 Asrielアスリールの指示で立ち止まると、三人の足元が光り輝き始めた。

 タケル、リリア、リンカは誰からともなく手を差し出し、繋ぐ。


「“また会える”、そう言いたいのです」

「そうですわね、リラ師匠。いずれ、彼らとはまた会える。わたくしは信じておりますわ」

わたくしもです。フィーレ」

「ああ。何故だか、いずれ再会出来る……そんな予感が、している」

「ボクもだよ。きっと、また会えるさ。繕った言葉じゃなくて、本当に、そう思ってるよ」


 未来での再会を願い、そして確信するシュランメルト達。

 と、Asrielアスリールが告げた。


『帰還準備が整うまで、少しだけ時間があります。お別れを告げるのであれば、今ですよ』

「分かりました」


 タケルは息を大きく吸うと、シュランメルト達に向けて告げる。


「皆さん、ありがとうございました! 何から何まで、本当に良くしてくださって……!」


 その言葉に、リリアも続く。


「元の世界に……クラウディアに戻ったら、私達は成し遂げたい事をきっと、成し遂げます! だから……応援していて下さい!」


 頃合いを見計らったリンカが、締める。


「全てが終わったら……また、このアンデゼルデに戻る! それまでお互い、元気でいよう!」


 三人の別れの言葉を受けて、シュランメルトが前に出る。

 そして、最大級の敬意を込めて告げた。


「ああ! きっといつか、おれ達は再会する! こちらこそありがとう、タケル、リリア、リンカ!」


 シュランメルトが伝え終えた直後、Asrielアスリールからの通達が来た。


『準備完了……。今より、睦月タケル、リリア、リンカの三名を、クラウディアへと帰しましょう!』


 次の瞬間、閃光が神殿を包んだ――。


     *


 シュランメルト達が目を開けた直後。

 既にタケル達の姿は、そこには無かった。


『成功しました。三人とも無事に、クラウディアへと送り届けましたよ。シュランメルト』

「ああ、ありがとう。Asrielアスリール

『ふふっ。貴方はちゃんと、大切な友人達を守り通しましたね。流石は私の息子です』

「“守護神の御子みこ”だからな。与えられた使命、これで一つ果たしたぞ」


 Asrielアスリールとの会話を終えたシュランメルトが、呟く。


「彼らが何を成し遂げるのか、おれ達が直接見届ける事は無いだろう。だが、何年後、あるいは何十年後に、再びアンデゼルデに来た時は……こう伝えて、迎えようと思う。『おかえり』と」




 かくしてシュランメルト達は、異世界から来た三人を――タケル、リリア、リンカという、かけがえのない友人達を、無事に元の世界へと帰したのであった。






(了)

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