第二章五節 説明

 リラとフィーレは、タケル達三人を連れて部屋を案内した。


「こちらの3つのお部屋が、当面の皆様の個室です。とはいえ、相部屋でも構いません。日課で行う清掃の際や余程乱雑な場合を除き、私達は一切、部屋の使い方には口出ししませんので」

「はい、ありがとうございます!」

「タケル、一緒に寝よっ?」

「私も一緒に! 三人で寝よっ!」


 タケルをよそに、はしゃぐリリアとリンカ。

 リラはその様子を見て微笑みつつも、申し訳なさそうに話を切り出した。


「さて、皆様。楽しそうなところ、恐縮なのですが……お聞きしたい話があります」


 その瞬間、タケルは元より、リリアとリンカが動きをピタッと止める。


「各部屋の案内は、あくまでこれから行う事のついでに済ませたに過ぎません。皆様からお聞きしたいのは、このアンデゼルデに来る前にいた世界……それについてです。答えて、いただけますか」

「“アンデゼルデ”、ですか?」


 疑問を挟んだのは、タケルだった。

 リラは静かに頷き、続ける。


「はい。ここは惑星アンデゼルデ。今、私達のいるこのベルグリーズ王国は、アンデゼルデにあるいくつもの国家の一つに過ぎません」


 規模だけで言えば“大国”と言えるベルグリーズ王国であるが、国家の種類でいえば、多数のうちの一つに過ぎない。

 リラは落ち着いて話を続ける。


「アンデゼルデの外には、漆黒の空が広がっていると聞いています。……話がそれてきましたね。ですが、あなた方もここベルグリーズ王国と、いやアンデゼルデと同じように、ある世界に存在していた。その世界の名前を、お聞かせください」

「それは……」

「“クラウディア”。私達のいた世界の名前はクラウディアです」


 口ごもるタケルを遮り答えたのは、リリアであった。


「クラウディア……」


 その世界の名前を、用意していた紙に書きつけるフィーレ。

 リラはチラリとフィーレを見て手際の良さに微笑むと、話を続けた。


「そこであなた方は、どのような事をなさっていたのですか?」


 タケルが、ゆっくりと答える。


「僕は身に覚えのない罪を着せられて、別の世界からクラウディアに飛ばされました。そして、はじめはリリアに助けられたのですが、敵の襲撃に巻き込まれて、クラウディアで戦っていました……」

「なるほど。フィーレ姫、メモは取っていますか?」

「はい……」


 フィーレの手は、わなわなと震えていた。

 挨拶程度の言葉を交わしただけであるが、罪を犯したとは思えぬ年上の少年を見て、理不尽への憤りを感じていたのだ。


 と、タケルが続きを切り出す。


「そうだ、このアンデゼルデに通貨はありますか?」

「アンデゼルデ、ですか……? ベルグリーズ王国にでしたら、ありますが……」

「見せて下さい!」


 リラがタケルの願いを聞き、ポシェットを取り出す。

 手のひらに銅貨、銀貨、金貨を乗せ、見せる。


「これはベルグリーズ王国の通貨、Beriaベリアと言います」

Beriaベリア……」


 タケルは懐かしそうに、リリアとリンカは興味深げに、3枚の貨幣を見つめる。

 そんな様子をリラは不思議がり、尋ねた。


「どうしたのですか? 貨幣はそこまで珍しいものでも……」

「いえ、こういうコインを久しぶりに見たもので」

「あら?」


 タケルの反応をさらに不思議がるリラに、リリアとリンカが続ける。


「貨幣、というのですね……。私も久しぶりに、これを見ました」

「私も! 確認だけど、これお金だよね?」

「はい、お金ですが……」


 事情が呑み込めず、戸惑うリラ。

 タケルが説明を加える。


「実はクラウディアにも、貨幣はあるんです」

「なるほど」

「はい。でも、クラウディアでは、貨幣は主に使うものではなくて……」

「そうなのですか?」


 驚きを隠せないリラ。

 と、フィーレがリラの思考を代弁するかの如く、疑問を投げかけた。


「でしたら、どうやって取引を行っているんですの!? Beriaベリア……いえ、それだけではありませんけれど、取引を行う上で欠かせないのはお金なんですのよ!?」

「はい、それは承知しています。けど、僕やリリア、それにリンカが使っているのは、“仮想通貨”です」

「仮想、通貨……」


 リラは初めて耳にする言葉に衝撃を受け、フィーレに至っては言葉の意味を把握出来ていなかった。


「か、かかか、仮想通貨ですって!? それは何ですの、師匠の持っているような貨幣などではありませんの!?」

「はい。少なくとも、貨幣とは違って、形がありません。仮想、ですから」

「形が無い!? では、どのようにして……」

「それについては、私が説明します」


 飛ばされてきたタケルと違い、クラウディアの住人であるリリアが、仮想通貨を用いた取引の方法を伝える。

 しかし、リラもフィーレも、終始驚愕していた。


「そのような、方法が……」

「わたくし達の世界でいう、魔法ですわね……」


 と、フィーレがある質問を思い付く。


「ところで、価値は信用されているのでしょうか? 貨幣をはじめとした通貨は、あればあるだけ良い、という代物ではないのですが……」

「それについては、貨幣と同じです」

「どういう意味でしょうか?」


 タケルが説明に入る。


「貨幣は基本的に、そのまま価値に置き換えられる。ですが、国によっては鉛などの安い金属を混ぜ、価値の劣る貨幣もある。それでもその貨幣を用いる国内では、一定の価値が保証されている……」

「それはそうですね」

「道理ですわ」

「では、価値はどこが担保するのか。それは、このアンデゼルデ……いえ、ベルグリーズ王国でしたか? ともかく、“発行した国家”が、『この金属片にはこれだけの価値がある』と保証するものです」

「それが何か……あっ」

「師匠!?」


 リラが何かに気づき、口を押さえる。

 状況を把握しきれていないフィーレは、リラに向き直った。


「つまり、タケル様。貴方の言いたい事というのは……」

「はい。『実体の有無を問わず、国家やそれに相当する機関が価値を担保し、なおかつそれが何らかの手段で正当性を保証されていれば、どこでも用いうる』です」

「ああ……」


 リラは納得したように、その場に崩れ落ちる。

 だが、フィーレはいまだ、事情を把握しきれていなかった。


「師匠、師匠!?」

「フィーレさん。『貨幣と仮想通貨は、実体があるか無いかの違いだけで、本質的にはほとんど同じもの』ですよ」

「ッ!」


 リリアの要約を経て、やっと納得したフィーレ。

 と、リラが本来の目的を思い出す。


「そうでした。仮想通貨という耳慣れぬ言葉に驚いてはおりましたが……リンカ様、リリア様。貴女がたの目的を、お聞かせ願えますか?」

「“ヘッジファンド”という敵の組織を倒す為に動いていたんですけど……。すみません、これ以上はうまく思い出せません」

「私は……ヘッジファンドはともかくとして、それ以外の話はリンカちゃんとは別の意味で、ちょっと……」


 リリアとリンカは、それぞれ事情は別ながらも、クラウディアでの目的を話せない。

 それを聞いて察したリラは、「分かりました。では、無理に聞きはしません」と、それ以上問う事をやめた。


「ともあれ、私達は大変貴重な知識を得られました。ありがとうございます」

「いえいえ、とんでもない……!」

「その報酬として、この貨幣を差し上げましょう。ただ、一人につき一枚ですが」

「いいんですか!?」

「はい。貨幣は使われる為に存在するもの……という原則は、経済にそこまで明るくはない私でも知っています。ですが、敢えて私は、あなた方にこの銅貨、銀貨、金貨を差し上げたいのです。そうですね……強いて言うのであれば、“お土産みやげ”、でしょうか。ともあれ、これはほんの気持ちです。受け取ってください」

「では、私はこれ!」

「私はこれを」

「僕は残った……って、これは!」


 三人が取った貨幣。

 最初に取ったリンカは銅貨を、リリアは銀貨を、そしてタケルは金貨をもらった。


「これがあれば、元の世界……クラウディアとやらに戻っても、私達との繋がりは残ったままです。では、私達はこれで失礼します」


 そう言って、リラとフィーレは部屋を後にしたのであった。


     *


「師匠」


 部屋を出て少ししてから、フィーレはリラに問いかける。


「何でしょうか、フィーレ姫?」

「師匠が三人に渡した計111Beriaベリアは、庶民一人の食事11.1日分に相当します。大金……とは言えませんが、決して安くもないあれだけのお金を、本当に渡して良かったのでしょうか?」


 ベルグリーズ王国では銅貨が1Beriaベリア、銀貨が10Beriaベリア、金貨が100Beriaベリアである。

 それが一枚ずつであるから、計111Beriaベリアとなる計算だ。


 ともあれ、フィーレの言葉を聞いたリラは、にこっと微笑んでからフィーレに返す。


「フィーレ姫。相手が異なる世界の方々であれど、私達に力を貸してくださったのです。それに対して正当な報酬を払うのは、至極当然の事ではありませんか?」

「それは……その通りですわ」

「分かればよろしいのです。さて、グスタフとシュランメルトの食器洗いの成果を見るとしましょう」


 リラは微笑みを崩さず、フィーレは納得した様子で、リビングへ戻ったのであった。

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