221.消えゆく金の尾
あれから何時間たっただろうか。
「……っ、凍れ!」
バックステップから地面を踏みしめ、眼前に氷の壁を作り出す。
なんとかこれで数瞬でも時間を稼げれば――その甘い目論見を断ち切るように、氷壁に幾重もの切れ込みが入ると粉々に砕け散った。
「あかんなあ、そんな雑な防御やったらせん方がましやで!」
崩れ落ちた氷の隙間からずるりと這い寄るように肉薄してきたクルエドロップの刀が禍々しい光沢を放つ。
ぞくりと死の予感が全身を貫き、反射的に上体を逸らすと、刀の切っ先が心臓を貫くコースを通過した。
間髪入れずに刀身を蹴り上げ、そのまま目の前の空いた胴体に同じ脚を叩きつける。
すさまじい打撃音と共に吹き飛ぶクルエドロップだったが、空中で体勢を立て直すと刀を地面に突き刺し後ろに滑っていく身体を留める。
「はぁ……はぁ……」
「そうそう、それそれ! そのグローブとブーツはめっちゃ便利やけどそればっかりに頼ってたらあかん。ちゃんと本人性能上げてかんとなー」
あくまでもにこやかにアドバイスをしてくる。
こちらは(精神的な)疲労で息絶え絶えだというのに、あの帯刀制服少女はいまだぴんぴんしている。
結局10先試合をアリーナで行うことになって、ずっと戦いっぱなしだ。
これで16戦目、スコアは6-9でクルエドロップがリーチである。
「元気だね、クルエドロップ……」
「あったりまえやん! ずーっと楽しみにしてたんやから。あと10時間は行けるで」
「それはわたしが死ぬやつだよ」
「死ぬまでやろ!」
「狂ってるよ!」
その悪態に対し嬉しそうに笑ったクルエドロップの刀を握る手が一瞬ブレた。
すると空中に赤い輪がいくつも配置される。スキル名を宣言せずにスキルを発動する技能……サイレントスキルにより使用された【マガツリンネ】だ。
だが、このような連射はできなかったはず。あれから彼女も成長したということなのか。
などと感心している場合ではない。回転する輪は光を放つと破裂し、あたりに血の雨を撒き散らす。
それは一粒一粒が鋭い刃。クルエドロップの火力を考慮すると掠るだけでも大ダメージは必至だ。
「だあああああっもう!」
がむしゃらに叫びながら駆け抜ける。降り注ぐ刃の雨から強引に逃れ、そのまま直角に曲がって急加速。
一気にクルエドロップへと距離を詰める。
蒼炎纏う拳を振るうミサキ。
血に濡れたような赤い刀を自在に操るクルエドロップ。
お互いの攻撃がお互いの命をつけ狙い、ぶつかり合う。
手数では圧倒的にミサキが勝っている上、間合いは完全に密着――つまり徒手空拳のミサキが有利な状況だ。
だというのにどういう剣捌きをしているのか、クルエドロップは至近距離でマシンガンを乱射されているかのような連撃へ正確に合わせてくる。
「…………っ!」
このままではらちが明かない。
なんとか状況を変える、あわよくばそのまま勝ちにもっていく――そのためには。
ミサキは一気に体勢を下げ、クルエドロップの足元を刈り取るような下段蹴りを繰り出す。
始動から蹴りに移行するまで、おそらく0.1秒もない。音速じみた動きで繰り出された攻撃――しかし信じられないことに、その足は空を切った。
「なんでこれが避けられるの……!?」
クルエドロップが行ったのは、単なる軽いジャンプ。
だがそれは最小限の動きで回避するための動作。下段攻撃を透かし、そのままミサキの顔面を足蹴にして後ろへ飛ぶ。
「あぶぇッ」
「あかんて焦れたら……じゃあ、これで終わりな!」
空中で納刀。そして着地と同時に抜刀すると、【アマツサクヤ】――極大の斬撃スキルが放たれ、そのままミサキの胴体を両断した。
「うぐ……」
HPがゼロになり、決着が着いたことを示すファンファーレが鳴り響く。
これでクルエドロップが十本先取。10先は終わりになる。
「はー、終わった終わった楽しかったあ。まだ満足してへんけど、ひとまずありがとうなー」
倒れたミサキを見下ろすクルエドロップはニコニコツヤツヤしている。
本当に元気だね……とジト目で返し、そう言えばこの子はデバッグで長時間ログインすることが多いんだった、と思い出す。
「そりゃあ体力あるわけだよね」
「ミサキちゃんはどやった? 楽しかった?」
「うーん……」
結局、始まる前は早く終わらせたいとばかり思っていたのに、気づけば必死に勝ちを狙っていた。
よくよく考えるとこうしてただバトルするというのは久しぶりだった。確かに心が満たされ、充足感を味わっている。
「うん、楽しかった。ありがとね、クルエドロップ」
「わーい。またやろな?」
「ちょっとそれは……遠慮しておこうかな……」
なんでー!? と不満を漏らすクルエドロップに苦笑を返す。
とにかく今は疲れているのだ。連続してログインできる時間も切れそうだし、今日はもう帰らなければ。
(…………フランには会えなかったな)
少し残念だが、また会いに行けばいい。
これからは心置きなく遊べるのだから。
次の日、改めてログインしたミサキはいつものように――と言っても久々のルーティーンではあったが――アトリエを訪れていた。
ホームタウン東区、A-22。メインストリートから外れた路地に、それは佇んでいる。
ドアからぶら下がった『Atelier Flan』と記された看板は今日も変わりない。
ミサキはグッとドアノブを掴み、そこで止まる。
「……なんか緊張する」
いままであれだけベタベタ一緒に居続けて、今さら緊張も何もないだろうが、なぜか……そう、照れがある。
久しぶりに会うからだろうか。風邪で学校を休んだ次の日、教室に入る時のような面映ゆさ。
ミサキはしばらくドアの前でもたもた足踏みし、あーうーと唸った後、意を決して再びドアノブを握りなおす。
「がんばれわたし! こうやってるほうがわりと恥ずかしいぞ!」
と自らを鼓舞してアトリエに踏み入った。
いつもより薄暗い。照明が切られた店内は物音ひとつせず、思わず息をひそめてしまう。
全く人の気配が無い。怪しい薬品や天井から吊るされ干からびた薬草と思しきもの、いつもこぽこぽと静かな音を立てる錬金釜の中身は空っぽだ。
「…………あれ?」
家主の不在。
まあ、珍しいと言えば珍しいが、そこまで驚くことでもない。
錬金術士である彼女は常に調合に必要な素材を求めている。
だから自分で調達しにいくこともしばしばで、そういう時はアトリエを空けることになる。
どこにいるのだろう。
他のプレイヤーが相手ならボイスチャットをかけるなりで連絡が取れるのだが、彼女に対してはなぜかチャット関連が機能しない。
フランの持つ《電糸回線》というアイテムを使えば通話が可能だが、あれは生憎向こうからの一方通行だ。
自分用のも作ってもらえばよかったな、と後悔するも今さらだ。
この広大な世界を片っ端から探すわけにもいかない。
会うために来たわけだが、そこまで切羽詰まっているわけでもない。
「まあ、また来ればいいよね」
わずかな不安を胸の内にわだかまらせつつ、ミサキはアトリエを後にした。
だが、その不安は現実のものとなる。
次の日も、そのまた次の日も。
気がつけば一週間もの間、ミサキがフランと会うことは無かったのだ。
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