192.見慣れない朝の色
ちゅんちゅん。
さえずりの声で目が覚める。
カーテンの隙間から差し込む太陽が、床に細長い光を形作っていた。
「……んん……」
見覚えのない景色だ、と混乱しかけたが、すぐに思い出す。
昨日は先輩の部屋に泊まったのだ。
身体を起こしてベッドの隣を見ると空っぽだった。部屋の主はすでに起床しているようだ。
目を閉じて若干腫れぼったい瞼を揉む。
泣いてそのまま寝たのは失敗だったかもしれないが、致し方ない。
小さなあくびをしてベッドから立ち上がり、ぐっと身体を伸ばすと眠気も冴えた。
あんなことがあっても地球は変わらず回るし、太陽も登るし、登校の時間も迫ってくる。
姫野桃香は、とりあえず顔を洗うところから始めることにした。
制服よし。
ツインテールよし。
肌ツヤもよし。
目の腫れは……微妙!
総合的には今日も可愛い。
「……よしっ」
意を決して食堂へ足を踏み入れる。
「あっ……桃香」
「先輩。……おはよう、ございます」
「……えへ、おはよう」
出迎えたのは制服にエプロン姿の神谷だった。
はにかむ姿に思わず目を眇める。
(まぶしい……)
昨夜のことがあるので少し気まずいが、嫌な気まずさではない。
少しだけ分かり合えたような気がするから。
「もう朝ごはんできてるから先に座ってて。すぐ持ってくから」
寮生の数に見合わないほど並べられている長テーブルの内のひとつを指さす神谷。
その先を見ると、
「は、はい。……わあ……」
そこには見慣れた三人が座っていた。
園田に、アカネに、光空。神谷の友人たちだ。
先に朝食を食べ始めているようで、そのうちの光空が姫野に気づき、笑顔で手招きする。
この上なく入りづらいが呼ばれてしまっては仕方がない。
意を決してテーブルに近づき席に着いた。
「おはようございます、姫野さん。昨日はよく眠れましたか?」
「えっ……は、はい。眠れました」
「それは良かったです」
にっこりと笑う園田。
この人は相当神谷のことが好きだったと思うのだが、その人と後輩が同衾したことについてどう考えているのだろうか。
恐怖で目を泳がせていると、
「あれ? 姫野さん、少し目が腫れていませんか」
「これはその……」
「もしかして沙月さんに泣かされました?」
「えっ」
どうしてわかるのだ――というか語弊がある。
先輩に泣かされたわけではない……いや、どうだろうか。
泣かされたと言えなくもない?
などと姫野が悩んでいると、
「はあ……沙月さんって……大丈夫ですよ姫野さん。あとでよく言って聞かせておきますからね」
「仕返しにあたしがあいつを泣かせてやるわ」
「沙月、女の敵だねえ……」
口々にかばってくれる先輩方。
驚くべきことに神谷の味方が誰一人いなかった。
「はーい桃香、朝ごはんだよー……あれ? な、なんでわたし睨まれてるの?」
「「「女の敵」」」
「ええ!?」
酷い扱いに泣きそうになりながら朝食の乗ったトレイを置き席に着く神谷。
姫野はそんなやりとりを羨ましげに見つめる。
「仲いいですね……」
「そうですね」と園田。
「でしょ?」と光空。
「自信なくなってきたよ」と神谷。
「仲良くない」とアカネ。
素直じゃない対応に、神谷は苦笑しつつアカネの脇腹をつつく。
「いいでしょ、仲」
「よくないっての!」
どすっ、と深く突き刺さる指に神谷は悶絶し言葉を失う。
そういうところが仲いいんだけどな、と姫野は朝食に手を合わせる。
焼き魚に、おひたしに、みそ汁に、白米。和食だ。
昨日寮生にはならないと言ったばかりだが、この朝食が毎日食べられるのが羨ましくなるくらいに美味しかった。
その日の夕方。
「昨日
「……ほーん」
釜をかき混ぜつつ、いつもより低いトーンで適当な受け答えをするフラン。
少し機嫌が損ねたことにミサキは気づかない。
「だから昨日は来なかったのね」
「あー……ごめんね、連絡する暇がなくってさ。けっこう急に決まったことだったし」
実のところスキマ時間を使ったり、姫野に断って少しでもログインすることは不可能ではなかったが、そうはしなかった。
せっかく泊まりに来てくれているのだから後輩を放っておくことはしたくなかったし、よくよく考えればお泊まり中に別の女の子に会いに行くというのも……それはどうなのかという感じだ。
それこそ女の敵という謗りを免れない。
「許せない。許せないから昨日の分の仕事でも頼もうかしらね」
「えー? ごめんって……」
「……嘘よ。それくらいで怒ったりしないし、仕事を頼もうと思ってたのは元から」
「なんだ……」
ほっと胸をなで下ろす。
フランを怒らせるとどうなるかわからない。
それはそれとして、フランの仕事なら優先的に手伝いたい。
カゲロウと時雨のことでうやむやになりかけたが、彼女にお礼がしたいという気持ちは今も変わっていない。
「で、仕事って――――」
「お邪魔しまーす」
聞き覚えのある高く甘い声。
開いたドアの方を見ると、全身ピンクの魔法少女……ラブリカだった。
「あら」
「どうしたの、ラブリカ」
「せんぱ――ミサキ! 今日作ってくれたお弁当とっても美味しかったです!」
尻尾でも振りそうな調子ですり寄ってくるラブリカに苦笑しながら頭を撫でてやると、目を細めて嬉しそうにする。
「ありがとー。っていうか昼にも聞いたよ?」
「何度でも言いたいんですっ! ……ふふん」
ミサキに抱き着きつつ、見えない角度でフランに勝ち誇った笑みを向ける。
どうだ羨ましいだろう、と。
しかし対するフランは微笑ましいものを見つめる顔で目を細めて笑っていた。
対ラブリカに関してはもう小動物を愛でるモードに入ってしまっている。
それが気に入らなかったのか、ラブリカは唇を尖らせてミサキから離れ、改まった表情を作るとこう言った。
「実は、今日はちょっと真面目な話をしに来ました」
「真面目な話?」
ミサキとフランは顔を見合わせる。
今までは少し浮ついた部分のあるラブリカだったが、今ここに至って視線が定まったように見えた。
「マリスとの戦いを――私にも手伝わせてください」
それは彼女にとって大きな決断だった。
ミサキのように顔も知らない誰かのために戦うことはできない。
しかし、そんなミサキを悲しませるマリスと、それを作った黒幕のことは許せなかった。
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