141.After(noon) tea time
「というわけで私はせんぱ……ミサキに優しく優しぃ~~~く慰めてもらったってわけです」
事後報告。
フランのアトリエで、淹れてもらった紅茶を嗜みつつご満悦のピンク少女はラブリカだ。
おそらくはこの魔女っぽい少女も心配していただろうから。
「え…………完全にあたしと一緒に行く流れだったじゃない……なんで勝手に済ませてるのよそんな大事なイベントを……」
「えへへ、もう一日遅かったらそうなってたかもですね。でも先輩が私を捕まえる方が早かったです」
「あの子はそういうとこまで先んじてくるのね……」
こうと決めてから行動までが早い。
というより、足を止めている時間が短いというべきか。
嬉しそうにミサキの話をするラブリカを見ていると、これでよかったのだと思える。
少し前に出くわしたときと比べれば雲泥の差だ。この子はきっと笑っている方が、ずっといい。
フランは口元に微笑をたたえて紅茶を堪能する。味はおぼろげだが香りはいい。
静かにカップをテーブルに置き、対面のラブリカを見つめる。するとその視線に気づき、きょとんと首を傾げた。
フランもラブリカと同じく抱えていたものがある。ずっと言う機会を逃していたことがある。
「あの時、言いがかりをつけてごめんなさい。もっと早く謝るべきだった……」
「…………」
ミサキの悪評が流された時、フランはラブリカが犯人だと当たりをつけ食って掛かったことがある。
だがその考えは間違いで、彼女の取り巻きが勝手にやったことだった。冤罪をかけてしまったのだ。
全ての原因というわけではないが、そのことをきっかけにしてラブリカはマリスに感染してしまった。何者かから渡されたと思われるマリス・シードによって。
フランの謝罪を聞いたラブリカはぱちぱちと数回瞬きをした後、困惑したようにますます首を傾げた。
「……えーと、なんのことです?」
「あっ」
まずい。
ラブリカはあの日のことを忘れている。
マリスに感染した者は精神の衰弱とともにその前後の記憶を失う。だからフランに言いがかりをつけられたことも、そのまま
あの日のことはミサキと一緒に隠しておこうと話し合っていたのに。
申し訳ない気持ちだけが先行して、完全に頭から抜け落ちていた。
「やっぱりあの日何かあったんですね? お兄ちゃんもミサキも何か隠してる風だったし」
「あの、違うのよ」
ラブリカは眉をきりりと吊り上げて問い詰め始める。
もう匂わせてしまった時点で手遅れ感は否めないが、そうだとしても諦めるわけには行かない。
どうすればいい。どうすれば乗り切れる。
なにかこの状況を覆せるような、そんな神の手のようなものがあれば――――
「あれ、ラブリカ来てたんだ」
――――神の手ーーーーッ!!
いつものようにアトリエへ入ってきたのはミサキだった。
「せんぱ……ミサキーっ!」
「わ、いきなり」
その姿を見るや否や素早く飛びついたラブリカをミサキはしっかりと受け止める。
一昔前のドラマのようにそのままの状態でくるくる回転すると、ゆっくりと床に降ろす。
「二人ってそんなに仲良かったんだね。……フランどうしたの、そんな顔して」
「気にしないでいいの……来てくれて本当に嬉しいわ……」
「そ、そう? そう言われると照れちゃうけど」
何はともあれ、苦境は去った。
ラブリカとしてはミサキがいるなら細かいことはどうでもいいらしかった。
それは、ミサキとこうしてまた仲良くできていることが何より尊いことなのだと今日思い知ったばかりだからである。
「うんうん、また明日学校で。え? いやダメだって、もう遅いんだから寝なさい。……うん。はい、えらい。今度こそまた明日。おやすみ」
ログアウト後、しばらくつないでいた通話を切る。
もっともっととせがむ後輩をいなすのはとても心苦しかった。本音を言えば神谷としてももう少し話していたかったが、時間が時間だ。スマホのホーム画面の日付が変わっている。
明日も学校だ。寝起きがいいとはいえ睡眠時間を削ると午後からが特にきつい。
どちらかというと効率を重んじる神谷としては授業時間は無駄にしたくない。寮にいる時間は勉強などではなくゲームにあてたいからだ。
「…………うーん」
とはいえ、眠れない夜はある。
心身ともに疲れを感じるが、目が冴えてしまっている。
こうなるとベッドに入っても寝付けはしないだろう。
「みどりたちも寝てるだろうし、勝手に布団に潜り込むのもね」
たまに来るこういう夜は園田たちに頼んで一緒に寝させてもらっているのだが、さすがに断りなくそういうことはできない。甘えさせてもらいはするが、一線は引く。もう線というか距離感がガタガタな気はするが気にしない。
後輩に寝ろといっておいてこの体たらくはちょっとどうかという感じだが仕方ない。
眠くなるまで適当に時間を潰すことにする。ちなみにゲームは無しだ。目が冴える。
……当の後輩も悶々として眠れない夜を過ごすことになるのだが、それは別の話。
寮の屋上には先客がいた。
「沙月も眠れないの?」
「陽菜」
鉄柵に寄りかかる幼馴染が夜風を受けて笑っている。
一月の夜は相当に冷え込み、神谷は早くも後悔し始めた。念のため小さめの毛布を肩から掛けているが下半身が寒すぎる。
「さっむ……陽菜はなんか平気そうだね」
「うん。太陽の子だからね」
「あは、なにそれ」
神谷もまた同じように鉄柵に身体を預け、眼下に広がる林とその先の学校を見る。明かりは一つもなく、静まり返った校舎は少し新鮮だ。いつか卒業までに真夜中の校舎探検とかしてみたいな、とひそかに心に誓う。
「後輩とまた話せるようになったよ」
「うん。顔を見ればわかる」
「んふ、そう?」
「嬉しそうだからねえ」
そんなにわかりやすいだろうか、と自分の頬をむにむにといじってみるがよくわからない。
ただ、間違いなくいい気分ではあった。
「……なんかさ。ちゃんと話すのが一番早いんだなって思ったよ」
「そうだね。……私と沙月も前に一度すれ違ったことあったでしょ」
「あったねー。大変だった大変だった」
春ごろの話だ。
今ではもう笑い話にできる。
「人と人がちゃんとわかり合うのはほんとに難しいけど、だからこそ分かり合おうとする努力をやめちゃいけないなって思うよ」
「ほんとにね。わたしたちは……もうそういうことがないようにしようね」
「うん」
こつん、と拳をぶつけ合う。
幼馴染だからと言って何もかもわかるわけでも知っているわけでもない。
だからこうして語り合う時間が必要なのだと二人は再確認した。
……この直後、さすがに寒さに負け、大急ぎで寮内に逃げ帰ることとなった。
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