134.金と桃
ミサキと別れたのち、フランはアトリエへの帰路を辿っていた。
装備作成の依頼者である翡翠とカーマが訪ねてくるのは明日になるかもしれないと言っていたのでそれまでアトリエに籠っていようか、とぼんやり怠惰なことを考えつつタウンのメインストリートを歩いていた時だった。
前方から全身ピンクの魔法少女が歩いてくる。見覚えのある姿だ。
「あれ、ラブリカじゃない」
「うわ。声かけて来ないで下さいよ無視しようとしたのに」
「めちゃくちゃ言うわね……」
開口一番これだ。
ミサキのことがよっぽど好きなのだろうが、それでこちらに嫉妬をガンガンぶつけてくるのはやめてほしい。
可愛らしい外見に反して不機嫌オーラを隠そうともせずため息をついている。
(……でも最近なんだかこれがかわいく見えてきたのよね……)
以前パーティでボスに挑んだ際、落ち込んでいたフランを見かねたラブリカが発破をかけてくれた。
もちろんミサキの足を引っ張るようなことをするなというのが本意だったのだろうが、立ち直るきっかけにはなったので感謝はしている。
「……元気そうですね」
「おかげさまでね」
「は? 皮肉ですか?」
これである。
なんとなく頭を撫でてやると、ふしゃーと鳴いて飛び退った。猫だ。
ミサキが『ほんとに可愛いんだよラブリカは。部屋に置いておきたいもんね』と零していたのを思い出す。それはそれで距離感がおかしいとは思うが、彼女に関しては今に始まったことではない。
そう言えばここのところラブリカはずっとひとりだ。
今までは男女問わずプレイヤーに囲まれて、姫と呼ばれ可愛がられていたと記憶していたのだが。
「なんか最近取り巻きいなくない? 気のせい?」
「ぐっ!」
しかしその何気ない一言がラブリカの心を傷つけた。
「あ、あれ? なんで胸を押さえてうずくまってるの?」
「……ほっといてください……」
以前戦ったボスに上半身と下半身をお別れさせられた時にもここまでのダメージは負っていなかった。
というか往来でどピンクの少女がしゃがみ込んでいるものだからものすごく視線を集めている。フランもミサキのおかげでかなり名が知られてきたこともあり、注目度もひとしおだ。
「おい見ろよ……」「魔女さんが女の子泣かしてる」「やっぱり……」「このあとアトリエに連れ込むのかな」「魔女だもんね……」「錬金術士じゃなかったっけ?」「いや見ろよあの服装。どっからどう見ても魔女だろ」「それもそっか」
「くっ、微妙に評判が悪い……! というか魔女じゃないわよ!」
というのが三角帽にオーバーサイズのローブを着用した金髪美少女の弁である。
とにかくラブリカを半ば無理やり立ち上がらせて連れ去る。
それを見ていた人々は、やっぱり……と納得して見送った。『怪しい店をしている怪しい子だが、なんだかんだ仕事には真摯で作るものも非常に優秀』というのが世間一般におけるフランの評である。今回のように、たまに弄りめいたことをされるときもあるが、愛されているがゆえだ。
しばらく走ってたどり着いたのはフランのアトリエがある東区の外れ、その路地裏。
とりあえず一息ついて落ち着いたあと、うずくまっているラブリカを見下ろす。
「で、どうしたのよ」
「……関係ないじゃないですか」
「そうでもなさそうだから聞いてるのよ」
フランには少し心当たりがあった。
以前このラブリカがミサキの悪評を流布したと勘違い激怒、勝負を挑んだことがある。
結果として勝ちはしたものの、直後ラブリカがマリスに感染した。その時取り巻きはラブリカから逃げてしまったのだ。
「むー……あんまり話したくないんですけど……」
「いいからお姉さんに話してみなさい」
「お姉さんて。そんな歳の差ないでしょうに……まあいいです。最初はなんだかおかしいなーくらいの感じだったんですけどね」
「おかしいって?」
「前にログインしてた間の記憶が抜けちゃった時があったんですけど、それからみんなの様子がおかしくて」
マリスに感染した者はミサキのような例外を除き、感染前後の記憶が無くなる。その仕様がマリスを噂の域を出ない存在にとどめているのだが……。
ラブリカもまた例に漏れずその時のことを忘れてしまい、事情を知る者たちはその時のことを隠している。ミサキにフラン、そしてラブリカの兄であるとろさーもん。あとは一応、取り巻きたちも。
「ぎこちないんですよ。私といるときもそうですし、集まりが悪かったり……なんだか私に怯えてるみたいな」
「…………そう」
「それでつい最近、偶然お兄ちゃんたちが話しているのを聞いちゃったんです。みんながミサキの悪い噂を広めたんだって。それを聞いて私どうすればいいのかわからなくなって……」
ラブリカの肩は震えていた。
自分のあずかり知らぬところで仲間が勝手にそんなことをしていた。それも相手はミサキだ。いつも子犬のように尻尾を振って慕っている相手。
「最初は怒ったんです。なんでそんなこと勝手にやったんだって。でも私のためにやったんだなって思うと怒るに怒れなくなっちゃって、ぐちゃぐちゃで、だんだんみんなといるのが辛くなっていきました」
「それで、距離を置いたのね」
こくりと頷く。
「お兄ちゃんに相談したら、『だったらしばらく離れてみるといい。俺から言っておく』って。そういう経緯でソロプレイヤーになったってわけです。でも本当に苦しいのはそれじゃなくて、ミサキにどう謝ればいいのかってことなんです」
「謝るって……噂のことを?」
「そうです。あの人の評判を下げて……まあ、あなたまで怒らせて。そうでなくても結構な大事です。すぐに謝りに行かなきゃいけないのはわかってるんですけど、嫌われたらって思うと、どうしても怖くて」
「あの子のこと、好きだものね」
どうしても恐ろしくて先延ばしにしてしまうことは誰だってある。
その恐怖に打ち勝つのは難しい。とくにラブリカのように相手への気持ちが大きい場合は。
「でもミサキはそんなことじゃ怒らないわよ。傷つきだってしない。衒いなく笑って許してくれると思う」
「わかってます! そんなことわかってるんですよ、頭では……でも、それでもどうしても……」
「本当はあなたが謝るようなことじゃないのよ。あなたは悪くないんだから。それにあの取り巻きたちには償わせるために半奴隷になってもらってるわけだし」
「ええ!? 初耳なんですけどそれ! っていうかそれはそれであくどくないですか!?」
「なーに言ってんの、これでも温情よ。あたしのアトリエの宣伝してもらってるだけだし、それだって別に強制もしてないもの」
最初に指示を出してそれっきりだ。
初めて知り合った人にはさりげなくアトリエの宣伝をすること、アトリエの近くを通りがかったときは商品を買っていくこと。効果があるかは微妙だが、向こうの罪悪感を減らす目的としてはちょうどいいくらいの措置だ。個人的にはもっとひどい目に合わせてやろうとも考えたが、ミサキが良しとしないだろうと断念した。
「ま、それでもミサキに謝りたいって言うならあたしが取り持ってあげるから。決心できたらうちに来なさい」
「……すっごい不服ですけど……そのときは頼らせてもらいます」
「生意気ねー。可愛いと言えば可愛いけど、そんなんじゃミサキに好かれないわよ」
「あの人の前では素直で超絶可愛いラブリカちゃんでいるからいいんですー!」
舌を出して走り去っていくラブリカを苦笑して見送る。
そのまま路地を曲がってしまうのかと思いきや一度止まって振り返り、「聞いてくれてありがとでしたー!」と律儀に礼を残して行った。彼女はもともと体育会系の少女である。
「ふふ……可愛いところあるじゃない」
今度アトリエに招いてお茶でもしようかしらね、と鼻歌を歌いつつ、上機嫌なフランは帰路を辿った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます