132.棺の少女


 『骸の花嫁』は厄介な相手だった。

 素手で戦うミサキにとって浮遊する敵は相手しづらいことこの上ない。

 ライラに一緒に戦おうと言ったはいいものの、これではあまり貢献できないかもしれない。勝てるかどうかも怪しいと、そう思っていた。


 ただ、その懸念は間違っていた。少なくとも前者に限っては。


「【禍骨かこつ】……」


 ライラの持つ大きな棺桶の頂点が開くと、骨のような形状のミサイルが一斉に発射される。

 極めて高い追尾力。宙を飛んで逃げる花嫁へ連続で着弾し、床へ叩き落とした。そこへすかさず走り込んだミサキは拳を握りしめる。


「はっ!」 


 短い気合いと共に振り下ろされた拳は花嫁の頭骨に直撃する。

 ダメージは通ったものの、砕き割るつもりで放ったつもりの拳は頬骨の表面で止まっていた。見た目より硬い。

 だったら何度でも殴るだけだ、ともう一方の手を振りかぶった隙に、花嫁はブーケの剣を振るう。


「あぶな!」 


 反射的に回避し飛び退るミサキ。

 当てるつもりのない牽制だったらしく、『骸の花嫁』は再び空中へと浮かび上がる。

 ジャンプしてしがみついてやろうかとも考えたが、どう考えても避けられる。戦闘において上を取るという行為は想像以上に有利な状況を作り出せる。 


 ミサキは装備しているグローブ《アズール・コスモス》に付随したスキルによってごく短時間なら疑似飛行が可能だが、今は使うべき時ではない。燃費が悪すぎて失敗した時のリスクが大きいからだ。

 仮にソロだったなら頼らざるを得なかっただろうが、今はそうではない。


「……ミサキちゃん……ライラ、どうしたらいいかな?」


「とにかくあいつを地面に落としてほしい。ふがいないけどわたしの手は浮いてるやつに届かないから」


 ライラをまっすぐ見据えると、その視線から逃げるように目を彷徨わせる。

 しかしその揺らぐ目が何かを捉えた。無言で指さした先を見ると、花嫁がブーケを揺らしている。その動きに合わせるように、地面に倒れていたアバターの死体たちが徐々に立ち上がっていく。


「うわ……なにこれ」


「た、たぶん花嫁さんのスキル。ライラも似たようなの……使える、から……わかる」


 操られて動いていると言うよりは上から糸で吊られているように不自然な挙動。

 死体たちは身体に芯が入っておらず、ふらふらと揺れ動いている。その数、およそ30体。

 軍と呼ぶべき数にミサキは苦笑いする。 


「……分担しよっか!」


「分担……? ライラはどうすれば……」


「地上の死体たちはわたしがなんとかする。ライラちゃんはあの花嫁をよろしくね」


「ら、ライラ、ライラ……どのスキル使えばいいかなぁ……?」


「いや知らないよ!? わたしたち会ったばっかりなんだけど!」


 思わずツッコむと、びくう! と震え始めるライラ。

 主体性が著しく欠けている――いや、それはまだいいとしても、そんな子がどうしてひとりでダンジョンの奥まで来たのか。いま気にすることではないが、何となくこのままにしておくとまずいような気がした。


「遠くから狙えるスキルがあるならそれで! さっきみたいなやつ!」 

 

 大雑把な指示ではあるがとりあえず納得はしたようで、ライラは頷いて棺桶を構えた。

 ミサキは彼女のスキルどころかクラスも知らない。最初に使っていた【禍骨】というスキルについては一切見聞きしたことのないものだったので、おそらくスペシャルクラスではないかと踏んでいるが。


「うん、うん……わかったよお姉ちゃん。ライラはこれを使えばいいんだね」 


 背後からそんな独り言が聞こえて思わず振り返ろうとするが我慢する。

 今は迫りくる屍の軍勢が先だ。おそらくボイスチャットで仲間……口ぶりから察するに姉と連絡を取っているのだろうと結論付けた。


(……でもダンジョン内外でボイチャってできたっけ……?)


 かすかな引っ掛かりを抱えつつ手近な屍に拳を振るうと簡単に床へ吹っ飛んで倒れた。

 全く手ごたえがないことから察するに、やはり彼らは意志を持たされているのではなく動かされているに過ぎないのだろう。おそらくこのダンジョンにアバターの死体が散乱していたのもこのボスの影響だ。いわばあれらは『骸の花嫁』の武器だ。


 屍を一匹倒している間に、さらに増え続ける屍。もともとこの部屋にいた個体だけではなくダンジョン全体からなだれ込んでくる。武器を持って徘徊する死体が、スケルトン兵が、満員電車へ乗り込んでくるかのように群を成す。


「ひっ……み、ミサキちゃん……っ」


 押し寄せる屍の波に委縮するライラ。

 今にも飲み込まれそうな様を見ていると、なりふり構っていられない。この場において空中の花嫁に手が届く遠距離攻撃は彼女の専売特許。つまりライラだけは何としても守らなければならない。


「――――大丈夫!」


「……!?」 


 貫くような声にライラの震えが止まる。

 その声の主、ミサキは体勢を低くしている。まるで今から発射される砲弾のように。


「何も怖がらなくていいよ。ライラはただ――――あいつを撃ち落としてくれればいいから」


 音もなくそれは始まった。

 踏み出した瞬間、ライラの視界からミサキが消えた。

 直後、ドンッ!! と鈍い音。同時に、今にも自分の袖に手が触れそうだった屍たちが舞い上がったのが見えた。

 そのまま屍は波打つように、ライラを中心としてどんどん舞い上げられていく。群れの隙間を黒い影が駆け抜けていく様子だけが見えた。


 たった数回の瞬きの間に、ひしめき合っていたライラの周囲半径3メートルほどが更地にされた。

 絶え間ない増員を上回るほどのスピード。緩慢に動くだけのデク人形にミサキはどうあがいても捉えられない。

 以前は対多数が苦手だったミサキだが、今ではある程度の立ち回りを確立していた。

 トップスピードでひたすらに動き続け、すれ違いざまに攻撃する。それも間を縫うように。そうすれば反撃は受けづらいし、敵も同士討ちをしないように攻撃を躊躇う。


 一切の危険が排除された状況に置かれたライラは棺桶の側面の取っ手を持ち、ミニガンのように構える。

 いつもどこか不安がまとわりついていたはずなのに、今は和らいでいる。ミサキの声が、耳に残っている。不思議な感覚だった。

 棺桶の底の部分を空中の花嫁へ向ける。すると底が開き骨のような白灰色の銃身が顔を出し、視界に照準が表示された。


「……【霊弾りょだん】……!」

 

 かすかな声を落とした直後、ごく小さな人魂を模した無数の弾丸が発射された。

 ブーケを振るい屍を必死に操っていた『骸の花嫁』は弾速に反応できない。直撃し、なおも連射が襲い掛かる。

 マシンガンのような攻撃の下、ミサキが最後の屍を仕留める。


「すごいなライラ……」


 圧倒的な弾幕が花嫁のHPゲージを削りきる。

 ベールが、ドレスが、ブーケまでも跡形もなく消滅し、ダンジョンクリアのファンファーレが鳴り響いた。

 勝利に一息つくライラにミサキが駆け寄って開いた手を目の前にかざす。


「いえーい」


「…………?」 


「こういうときはハイタッチだよ!」


「……いいの……?」


「いいの!」


 おそるおそる挙げられた手に、半ば無理やり手をぶつける。

 ぱちん、と小気味のいい音が響き、ライラはその手をまじまじと見つめていた。


「ね、勝利祝いにどこか一緒に行かない? 喫茶店とかさ」


「え……でもライラなんかが……」


「……いいんだよ」


 穏やかに目を細めたミサキを見て、逡巡していたライラはこくりと頷いた。

 ちょっとナンパっぽかったかな、と誘った後に気づいた。

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