112.一段目に足をかける
ガチャ地獄を終えたミサキの前に現れたのは、リアルの友人であるアカネと園田みどりだった。
「なんでここに……っていうかいつからここに?」
彼女たちがこのゲームをプレイしている様子など、ミサキは今まで見たことがなかった。
世界初のVRMMOである『アストラル・アリーナ』をプレイするにはそれなりの準備が必要になる。
健康診断を受け、その結果を運営会社に送り、適性検査を受け、問題がなければやっと登録が完了する。あとはリアルの自分を模したアバターの作成が完了すれば(これには大した時間はかからない。自動生成プログラムが用意されているとかなんとか)VRゴーグルが送られてきて、やっとプレイが開始できる。
つまり結構な準備が必要ということだ。
だというのに二人の姿をよく見ると、初期装備ではなく、それなりに強力な装備に身を包んでいるのがわかる。明らかに初心者とは呼べないくらいには”遊んでいる”。
「そうですね、一か月以上は前でしょうか」
「一か月ぅ!? なんでそんな長い間秘密にしてたの!?」
素っ頓狂な声を上げて仰天するミサキを見た園田(仮)とアカネ(仮)の二人は顔を見合わせ、
「ある程度強くなってから、さ……ミサキさんと一緒に戦えるくらいレベルを上げてからにしようってアカネちゃんが。ね?」
「ええ。だってあんたより弱いあたしなんてムカつくし。だから極力あんたがログインしてない時を見計らって二人で来てたってわけ」
このゲームのレベルは50までは割とあっという間に上がり、そこから急激に上がりにくくなる。何せ50→51レベルにかかる経験値は、1→50にかかったそれの、実に十倍以上になる。
対戦環境はレベル50同士の戦いを想定して調整されているし、ミサキのレベルもいまだ50で止まっている。【インサイト】で彼女たちのステータスを確認してみると確かにレベル50と記載されていた。ようするにこっそりレベル上げに勤しんだのだろう。
しかしそうなると、ミサキにとっては恐ろしい現実が横たわっていることになってしまう。
「ちょ、ちょっと待って。ってことはさ……わたし抜きに二人で遊んでたってこと!?」
「…………まあ」
「そうね」
「がーん!」
がーん、と口で言った。
そのまま仰向けにひっくり返った。
「やだやだひどいひどい! なんでわたしも誘ってくれなかったのー!」
じたばたと床に寝ころんだまま暴れるミサキを生暖かい目で見る。
おもちゃを取り上げられた幼児とまったく同じ反応を、もうすぐ高三にもなる少女が見せていた。
「めんどくさ……」
「まあまあカーマちゃん。それよりも、あなたは?」
三人のやり取りを所在なさげに眺めていたフランは急に話を振られて驚いたのか、肩を跳ねさせる。
「……フランよ。
「あたしはカーマ。よろしくね。……こいつとは、なんだろ……友達……?」
親友でしょ! と声を上げるミサキを無視しつつ、カーマと自称した少女が差し出した手を取り握手する。
赤いリボンで結われた黒髪ツインテールに赤みがかった軍帽、そしてこれまた赤っぽい軍服風の装備を全身にまとっている。ルビーのような瞳は意志の強さを感じさせた。
握ったあとの手をフランがまじまじと見降ろしていると、もう一人の少女が近寄ってきた。
「お噂はかねがね! 私は
楚々とお辞儀をする翡翠。
灰色の長い髪に、名前の通り翡翠色の瞳が優しげな印象を与えてくる。
インナーにミニスカート、その上からオーバーサイズのジャケットを羽織っている。そして、それらすべてが黒を基調に蛍光グリーンのラインが入っているというデザインで統一されている。
「よろしく。……パートナー……?」
ミサキの相棒を自称するフランとしてはその単語は聞き流せなかった。
しかしそんな思考を遮るようにミサキが立ち上がる。さっきの駄々っ子モードから早くも立ち直ったのか、打って変わって喜色満面といった様相だ。
「でもうれしいなー! 二人とも一緒に遊べるなんて!」
「ふふ、やっとですね」
「あたしはどっちでもよかったんだけどね」
「なんて言いながらカーマちゃんも楽しみにしてたんですよ」
「ばっ……やめなさいよそういうこと言うの!」
とても仲睦まじいやりとり。
慣れ親しんだこの二人が来てくれるなら、心強いことこの上ない。
なんだかんだこのゲームでフランとラブリカ以外に深く交流を持ったプレイヤーはいなかったこともあり、望外の到来であった。
「でもリアルの知り合いとここで会えるなんて思わなかったよ」
「そう? あたしはともかく翡翠はあんたがいるところならどこでも行くでしょ」
「あはは……でもなんだか頼もしいよ。ね、フラン」
「え、ああ……そうね」
「この二人すっごく強いから。多分わたしよりも」
「え?」
信じられない言葉にミサキの方を見るが、彼女はまた友人らと談笑を始めていた。
あのミサキより強い。そんなことがあるのだろうか。レベルが同じとはいえ後追いでこの世界に来て、経験では劣るはずの二人が。
「もう、買いかぶりすぎですよ」
「あはー。……でもなんだか感慨深いな。いつかわたしたち、こうやってリアルでも会えたらいいよね」
「…………リアル、で」
それはミサキにとっては勇気を出した発言だった。
得体の知れないフランという人物に一歩踏み込むアプローチ。
このゲームにおける出会い目的の交流は基本的にいい顔をされないが、普通に仲良くなってリアルで会う者たちも一定数存在する。
ミサキとフランも、もうサービス開始当初からの付き合いだ。それなりに修羅場をくぐってきたし、マリスという秘密も共有している。
だから。
ミサキはもっとフランのことを知りたかった。
しかしそんなひたむきな想いとは裏腹に。
まっすぐな言葉を受け取ったフランは、どこか心細げに立ち尽くしていた。
あくる日、アトリエにて。
ミサキとフランはクエストに挑むメンバーについて考えを練っていた。
「フラン、URカギ作ったんでしょ?」
「ええ。クエストも発注されたわ」
カギを使用することで山岳エリアに出現するダンジョンに挑戦し、最奥のボスを討伐することでクリアとなる。
URカギによって生成されるダンジョンは、他と違ってカギの使用者とそのパーティメンバーしか入れないという制約と、人数制限が課せられている。
今回は最大六人。カンナギの口ぶりから予想するに、今まで経験したことがないほどに強力なボスが鎮座していることは疑う余地がない。だから熟慮は欠かせない。
「わたしとフランは確定として……難しいな」
「そうね。あなたがグランドスキルを習得するためだけに協力してくれるお人よしアンド物好きがどれだけいるかって話よね」
「それってフランじゃん、あは」
「やめなさい。で、どうするの」
条件は厳しい。
フランはアトリエの主として様々なプレイヤーと交流してきたが、それはあくまで店主と客という関係で、親密になったわけではない。だからミサキの乏しい人脈に頼るしかないのだが。
「まずは翡翠とカーマは確定かな。あの二人は間違いないでしょ」
まったく疑いもせず、二人が協力してくれると言い切る。
フランはそれに訝しげな表情で、
「……そんなに仲いいの?」
「まあね。翡翠はわたしのこと大好きだし、カーマは……素直じゃないけど、なんだかんだ優しいから来てくれるでしょ」
「ふーん……」
そんな風に自分の身を投げ出すような信頼を、ミサキが他人に向けているところは見たことがなかった。
ミサキは何の根拠もなく断言する性格ではない。彼女の口にする言葉には、いつだって確信が乗っている。それが論理に基づくものでも、感覚に由来するものでも、彼女自身の中に信じられるものがあって初めて口にされる。
それだけの関係を、あの翡翠とカーマと名乗った二人の少女と築いているということだ。
そう考えると少しだけ胸のあたりにモヤつきを感じないでもなかったが、首を振って払う。
「じゃあこれで四人ね。あと二人」
「何人か候補はいるけど受けてくれるかなあ」
メニューサークルからチャットを開いたミサキはさっそく誰かに通話をかける。
何回かのコールのあと、相手が応答したようだ。
「あ、スズリ。いま暇? かくかくしかじかで…………」
『――――――――』
「あー……じゃあ仕方ないね。また遊ぼうね。うん、うん。はーい、じゃあねー」
「駄目だった?」
「うん。ギルドの方でちょっとゴタゴタしててしばらく忙しいんだって」
スズリ。
スペシャルクラス『極剣』の多刀使い。その類いまれなる火力はボス戦で大いに活躍してくれるだろうと踏んで連絡したのだが、断られてしまった。
残念だが、切り替えて次の連絡先を入力する。
「わたしと翡翠とカーマがアタッカー。フランはなんでもできるけどこのメンツだとサポーター寄りになるから、どっちかというともう一人サポートできる人が欲しいよね……っと繋がった。ラブリカー」
「は?」
繋がった相手の名前を聞いたとたん、フランが明らかに不快そうな声を上げる。
そんな眉間にしわを寄せた相棒に苦笑しながらミサキは話し始める。
「うん。かくかくしかじかで…………」
「ちょっと、ねえちょっとミサキ」
不満な様子で袖を引っ張ってくるフランを華麗に無視しながら通話を続ける。
フランとラブリカは以前いろいろあったせいで反りが合わない。変な風に噛み合ってしまったとか、そもそも性格が合わないとか、理由はいくつか考えられるが。
「あ、行ける? ありがとー! じゃあまた連絡するからね!」
「マジで言ってるの……」
「これで五人だね。……ほらフラン、そんながっくりしてないで。この機会にもうちょい仲良くしてみるっていうのは」
「無理」
「おおう即答。まあごめんだけど我慢してもらうということで」
その言い分は承諾しかねたが、人選としては悪くない。
ラブリカと直接対決したフランとしては戦力として申し分ないというのはわかる。のちに聞いた話によるとラブリカのクラス『マジカルマギカ』はアタッカーよりは味方にバフをかけるサポート的役割を得意とするらしい。
「最後の一人ね。候補は?」
「うーん、それが迷ってて……エルダは多分ふざけんなって怒鳴りそうだし、シュナイダーくんはそこまで仲いいってわけでもないし……あ」
目星をつけたのか、ミサキは何度目かの通話をかけた。
数秒の待機のあと、果たしてそれはつながった。
「――――あ、久しぶり。うん、この前試合見に来てくれたよね。ありがとう。で、本題なんだけど――――」
しばしの相談のあと、その『六人目』は快く了承した。
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