109.THE ギルド破り2
12月はあっという間に過ぎ去ってしまうものだ。
クリスマスが終われば本格的に年末ムード。天涯孤独の神谷は帰省することなくぬくぬくとした年末を過ごした。
ちなみに神谷は年明けジャンプする派だ。今年は宙返りを決めてみせた。
そうして師走が過ぎ去り、年が明け。
「アクセス!」
元旦の夜。パジャマでベッドに横たわり起動ワードを口にする。
今年最初のVRである。
年末はメンテでログインできなかったこともあり、ずいぶんと久々の電脳世界だ。
ミサキは例によって例のごとくアトリエを訪れていた。
「さてフランちゃんはいるかなー……ん?」
入口のドアを開けようとした手が、中から聞こえてきた話し声に止められる。
その内容までは判然としない。そういえばちょっと前にアップデートで屋内の話の内容が外から聞こえないようになったことを思い出した。そんな修正をするなら完全に聞こえないようにしてしまえばいいのに――まあ、『話している誰かがいる』ことだけはわかるようにという配慮なのかもしれないが。
このまま入ったものかと逡巡していると、話し声が止み、中からドアが開かれた。
「あれ、エルダ」
「っ……お前か」
エルダ。背の高い、真っ赤な髪を編み上げでまとめた強面の美人プレイヤー。
ミサキにとってはライバルと言ってもいい相手だ。
久々かつ突然の邂逅だったからか面食らっているように見える。
「奇遇だね。あけおめー」
「……ああ。おめでとう」
それだけ言うと足早に立ち去ってしまう。
別に仲が良いというわけでもないが、ちょっと立ち話くらいしてもいいのではないかとわずかな不満を抱く。
ただなんだかんだ挨拶を返してくれただけマシかなと納得する。以前なら舌打ち&シカトのコンボを食らわせられたっておかしくなかった。
「……まあ急ぐこともあるよね」
エルダに会いに来たわけじゃない。
ミサキはアトリエのドアを開いた。
「来たよー。久しぶり……でもないか」
「ん、ああミサキ。来たのね」
振り返るフランはいつもと変わりない。
魔女みたいな服で、ふわふわの長い金髪を揺らして、美しい相貌に微笑を浮かべている。
ただ――少しだけ。いつも同じ時間を共にしているミサキだけが、その笑顔に含まれた
「さっきエルダが来てたけどなに話してたの?」
「……大したことじゃないわ。くだらないことよ」
くだらない、なんて強い言い回しをフランが使ったことに内心ぎょっとするが、これはもう言う気がないのだろうなと判断して深掘りをやめる。
隠されたことに対する寂しさは若干あるが、ミサキだって言わないことなんていくらでもある。それは隠しているというわけではなくわざわざ口にするようなことではないだけの話だ。
「……うん、じゃあ改めて。明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「あけ……? なにがめでたいの?」
きょとん、と首を傾げるフラン。
いきなりどうしたのよとでも言いたげだ。
「い、いや新年だよ。元旦!」
「ガンタン……は知らないけど。もしかして年が明けたってことかしら?」
「そうだよ。今日は1月1日」
「気づかなかったわ」
気づかなかったなんて、そんなことがあるのだろうか。
いやそもそも日本に住んでいて元旦や新年を――『あけましておめでとう』という誰だって聞いたことのあるような挨拶にいぶかしげな表情をするなんてことがあるのだろうか。
この『アストラル・アリーナ』は国や地域ごとにサーバーが分けられている。
ミサキたちがいるのは日本サーバーで、その名の通り日本に住んでいるユーザーが在籍している。海外在住プレイヤーが選択することも可能だが、そんなことをする物好きはまずいない。大多数の人間は母語が通じる環境に身を置きたいからだ。
「もしかして……さ。フランって海外に住んでたりする? それか留学してきたとか」
「どちらかと言うと後者ね。遠いところから来たの」
「へー! そういえば前に言ってたね。なんてとこ?」
「フォーシントって港町よ。あたしの家は外れに建ってたから町に住んでた感は薄いけどね」
聞いたことのない名前だ。気が向いたら調べてみようか――と思いつつ。
フランのことをまた少し知ることができた気がする。それにしても海外生まれなのに日本語が堪能だ。日本人離れした顔立ちから外国の子かなとは思っていたが、それを忘れさせるほどに流暢だった。もしかすると両親のどちらかが日本人なのかもしれない。
……なんとなくはぐらかされたような気もするな、と違和感を手繰り寄せようとしていると、
「で、今日はどうしたの? 用があってきたんじゃないのかしら」
「別に何も無くたって来るけど……まあ、用事はあるよ。というより頼みかな」
「頼み……ね。聞いてあげるわ。お友達価格でね」
笑みを浮かべるフラン。
しかしミサキには、いつもの不敵な表情にわずかな影が差しているように見えた。
ミサキとフランはタウン北区にあるとあるギルドハウスの前にやって来ていた。
外観は西洋の城。サイズは(城にしては)さほどでもなく、一般的に豪邸と呼ばれる一軒家程度。ギルドハウスとしての基準では少し大きめくらいだろうか。
「……これあたしいるかしら」
「いるいる。れっつごー」
気の抜けた掛け声と共に両開きのドアを開く。くすんだ茶色の扉には『ブレイブ・クルーズ』とギルド名が記載されている。何を隠そう、あのカンナギがリーダーを務めるギルドである。
扉をくぐるとファンタジーRPGによくありそうな内装の豪奢な王宮といった感じの様相だ。見渡す限り赤と金と白。
そして広い。外観からは考えられないほどの規模だが、これはゲームならよくあることだ。ドアを境目に、別に用意した屋内のマップデータに移動しているということなのだろう。
「うわー。大規模ギルドの拠点ってこんな感じなんだ。あちこちメンバーがいるし」
「……この街の建物って外観と中のスケールがおかしくない? 気のせいかしら」
「よくあることだよ。さて、あの人はどこかな」
無断で入ってきたように思えるが、事前に許可はとってある。
目的の人物を探してきょろきょろしていると、
「おい、あれ……」
正面階段で談笑していたプレイヤーたちがこちらを指さしている。
それに周りの人々も気づいたのか、徐々に視線が集まっていく。
「や、やばいかも……」
特に何も考えずに来てしまったが、ミサキはこのギルドの長を打倒した人物である。
その事実を考慮するとギルドメンバーからは敵視されていてもおかしくない。そのことに気づいたフランは顎に手を当てながら、
「あたし帰ってもいい?」
「いや助けてよ!」
そんなやりとりをしている間にいつのまにか20人弱に囲まれている。
小柄なミサキからすると、周囲から大人数に見下ろされると凄まじい圧迫感だ。
「ひっ……あの、えと、わたしはその……」
「よく来たなあ!」
「へ?」
巨漢のスキンヘッドがばしばしと背中を叩いてくる。これ現実なら盛大に咳き込んでただろうなと思いつつ、想定していた反応と違って困惑する。
よく見るとそれ以外の人も笑顔を浮かべて歓迎ムードだ。「間近で見るとさらにちっさいな!」「こんな子がリーダーを倒したのか……」「やーんかわいー! フレンドにならない?」などと声の渦に巻き込まれてひとつひとつの判別がまるでつかない。
そんな包囲網を眺めながらいつの間に距離を取っていたのか、フランが遠巻きに含み笑いを漏らす。
「ぷぷぷ。やっぱり人気者じゃない」
「うあうあうあー…………」
目を回すミサキ。
そろそろ助けてあげようかしら、とフランが近づこうとすると、
「おーい! 何やってんだあ!?」
朗々とした声が降ってくる。
聞こえた方向――正面階段に、思わずその場の全員が目を向けるとそこには二人の男性がいた。
ひとりは見慣れたカンナギ。もうひとりは褐色の肌に、黒っぽい軽鎧を纏った男性プレイヤーだ。
「あ、サブリーダー!」「サブリーダーお疲れっす!」「またカンナギと一緒にいるのかサブリーダー! 仲いいな!」
「サブはやめろ! お前ら俺がその呼び方嫌なのわかってて言ってるな?」
「まあまあカヅチ。慕われてる証拠じゃないか」
カヅチと呼ばれた青年はため息をつきながら近づいてくる。すると囲まれて縮こまっているミサキに気付き目を見開く。
「おいナギ、こいつ」
「うん。来てくれたんだねミサキさん……とフランさん!」
ぱっと顔を輝かせて走り寄ってくるカンナギに合わせたように包囲網が割れる。
なんとか平静を取り戻したミサキは、ああ、この男の好意はまだ消えていないんだと再確認する。
フランに振られたとはいえまだ大した日数は経っておらす、人の心はそう簡単に変わるものではない。
「こんにちは……もうこんばんはかしら、カンナギ」
ひらひらとフランが手を振ってやるとカンナギの頬が分かり易く紅潮する。
そんな様子をカヅチは辟易した様子で横目に見ていた。
たぶんフランの話を延々聞かされたりしていたんだろうな、となんとなくミサキは察する。
「ねえ、今日はわたしとの用事でしょ」
「あ、ああそうだね。じゃあ奥の応接室に行こうか」
相談があるんだったよね、と背を向けて歩いていくカンナギに続く。
新年早々ここに来たのにはわけがある。
ミサキは強くなりたかった。できる限り早く。
そしてそのカギは他でもないカンナギが握っている。
ミサキの新たな可能性――武器にもクラスにも依存せず使用できる絶大な威力を持ったスキル……グランドスキルについて知っている、恐らく唯一の人物がこのカンナギだ。
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