93.プライド・シャウト
カンナギはスキルを使っていない。この高速戦闘において隙にしかならないからだ。
速度で負けている以上それが最適解だった。
「ふッ!」
拳と剣が火花を散らす。
フィールドを縦横無尽に駆け回る二人は虎視眈々と強烈な一撃を食らわせる機会を窺い拮抗していた。
つばぜり合いのような互角のやり取り。
速さではミサキが上。それ以外の要素ではカンナギが上回っている。
何度目かの、ひときわ強い打ち合いで双方の距離が離れる。
少しの空白。わずかな間隙。
ミサキの頭にはいくつもの行動択が駆け巡り、一瞬でその中のひとつを選び取る。
カンナギがいる方とは外れた方向へと走り出し、それと同時に視線を高速で動かしフィールドを見渡す。
立ち並ぶいくつもの石柱。これまでの戦いで何本かは崩れてしまったが、まだ残っている。
「使えるものは全部使う!」
走るミサキは次々に石柱を蹴り砕いていく。
あまりの速さに破片が地に落ちる前に次の石柱が破壊される。
まるで巨大なバットで薙ぎ払ったかのように、石柱の残骸が空中へと大量に投げ出された。
「何をする気だ」
滞空する大量の瓦礫――ミサキはそれを凄まじい速度で蹴り穿つ。
一振りではない。動き回り続けながら、幾度もの蹴りで無数の瓦礫を蹴り飛ばしたのだ。
それはまさに流星群。数え切れないほどの灰色の弾丸がカンナギへと殺到する。
どう考えても回避できるような質量ではない。
このフィールドの横幅をほぼ完全にカバーするほどの攻撃範囲で瓦礫が襲い掛かってくる。
一発一発に大した攻撃力はない。そしてオブジェクトを飛ばしているだけなのでミサキの確定クリティカルも作用しない。
だが今のカンナギは防具を脱ぎ捨てている。その上にこんな攻撃を食らえば大ダメージは必至、そのままHPがゼロになってもおかしくない。
「これで…………!」
この密度の弾幕はどうやっても回避できない。
カンナギが今まで見せたスキルで対処できるものがあるとすれば敵の頭上に一瞬で移動する【ブリッツ・シュラーク】だが、それしかないとわかっていれば彼の姿が消えたのを見てから反応できる。瞬間移動できる代わりに攻撃の発生までが遅めという調整をされているからだ。
細い勝ち筋。
相手の策も逆手に取り、自身の特色を最大限に生かした攻撃。
「侮ったね!」
カンナギの構えた剣がひときわ強い光を放つ。
これまでの戦いでは見たことも無い輝きがこの場の全てを照らしていく。
「【セイクリッド・ブラスター】!!」
振り下ろす。
剣に宿った圧倒的な輝きが、強大にして鮮烈な斬撃となって放たれる。
雷を前にした人間とはこのように身体がまともに動かなくなってしまうのかと思い知った。
神にも例えられるその自然現象は立ち向かう気が起きなくなってしまうほどに恐ろしく――そして美しかった。
雷の斬撃は大量の瓦礫を消し炭にし、ミサキへ向かって一直線に突き進んでいる。
あとは瞬きの間にミサキを跡形もなく吹き飛ばしてしまうだろう。
「負け、るか」
それでも。
膝を折るわけにはいかなかった。
この戦いだけは絶対に勝たなければならない。
例え相手の方が強くても、それに勝ってこそミサキの信じた『ミサキ』で、おそらくはフランの信じた『ミサキ』だから。
「負けて――たまるか!」
ミサキの叫びに呼応するかのように両の拳から蒼炎が迸る。
たん、と最低限の助走で踏み出し蒼炎のブースターで滑空する。
拳を握りしめる。今や目前に迫った雷へと、渾身の力で激突した。
「真っ向から……ッ!?」
その雷を放ったカンナギが驚愕の表情を浮かべるほどに、目の前で展開されている光景は信じられないものだった。
このスキルは勇者というクラスが現状放てる最強のスキルだ。威力も範囲もこれ以上のものはない。
そもそもこのスキルを使う必要がある相手というのもこれまで戦って来なかった。
それだけ勝負を決める暴力的なパワーのあるスキル。
だというのにミサキは愚直にぶつかってきた。
「ぐう、うあああああ!」
回避はできた。
巨大な斬撃とは言え一直線に迫ってくるだけならジャンプするなり真横に走ってみるなりで攻撃範囲から逃れることは難しくなかった。
それでも迎撃を選んだのは、そうでないと負けたような気がしたからだ。
子どもじみた意地。プライド。
その通りだ。
しかしこの戦いにおいてはそれこそが最も意味を持つもので、捨てられない根幹だった。
「弱くても勝つんだ! 強くなくても、それでも、この戦いだけは――――!」
白金の雷と蒼い炎が膨張していく。
拮抗する二つの力はその規模を増していき、フィールドを二色で染め上げていく。
押し込まれそうになる拳で必死になって食い止めると、行き場を失ったエネルギーがみるみる肥大化する。
このままではまずい。それはわかっていても力を緩めることはできない。それをしてしまえば負けてしまう。
「――――――――」
ぶつかり合う力。
それが一瞬だけ収束する。
それは予兆だった。
カッ! とひときわ大きな光を放ったかと思うと。留められ続けたエネルギーが大爆発を起こした。
「うわああああっ!」
「ぐうっ!」
圧倒的な爆発でフィールド全体が煙幕に覆われる。
何も見えない。
静かだった。
誰も、なにひとつ音を立てない。
そんな中煙幕が晴れていく。
「…………凌いだ、よ」
「くっ……」
ミサキは健在だった。
膝をついてはいるが、HPもまだ残っている。
そんな姿を目の当たりにしたカンナギは苦渋に満ちた表情を隠せなかった。
「これで全部防いだ。わたしの勝ちだ」
勇者にはとんでもないスキルがある――そう聞いた。
きっと今の【セイクリッド・ブラスター】がそうだ。あれ以上のものはもう出てこないだろう。
あれほどのスキルだ、そうそう連発はできない。
だからミサキは勝利を疑わなかった。
だが。
「残念だけど、僕の全霊はここからだ」
爆風が巻き起こる。
剣を振ったとか、マジックスキルを使ったとか、そんなことが原因ではない。
カンナギの身体からあふれ出した黄金のオーラがそれを生んだ。
「何が起こってるの……!?」
髪が逆立つほどの勢いで立ち昇る黄金のオーラ――こんなものは今まで見たことがない。
明らかに異様な現象が起きている。
「さあ、準備は整った」
カンナギはこれまで携えていた白金の剣を地面に突き立てる。
もう必要ないとでもいうのか。
「見せてあげよう。これが僕の――グランドスキルだ」
食らいついて、食らいついて、食らいついて。
やっとの思いで登り切った山のその先に、もっと大きな山が見えた。
ミサキが味わっていたのはそんな気分だった。
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