54.Absolute Zero
「あなたのそういうところが本当に気に入らない……っ」
ステッキの先端から伸びた魔力の刃――【マゼンタ・ブレーデ】を、ラブリカは勢いよく振り下ろす。
真上から襲い掛かったそれを、フランは杖で受け止める。
「は、あたしがあんたを嫌いこそすれ、逆はわからないわね。あんたとは大して関わったこともないし」
口の端に笑みを浮かべてはいるが、フランの頬には一筋の汗が流れる。
思ったよりもラブリカは強い。錬金術士のステータスが他と比べて低めだとは言え、ラブリカもそれなりのレベルではあるようだ。拮抗しているように見えても気を抜けば押し切られる。
だが負ける気はない。
こんなところで負けてはミサキに顔向けできなくなる。
自分がそんなことを思うようになるとは想像もしていなかった。
これまでは深く付き合った相手もおらず、どう母親という存在を覆せるかということばかり考えていたから。
だがこの世界で、彼女に出会って。胸を張れるような自分になりたいと思った。
「あの人の隣にいて、それをまるで当然のことみたいに思って――本当は私が先に見つけたのに……!」
「知らないわよ。あんたが先とか、あたしが後だとか……何を言ってもあの子の相棒はあたしよ」
「……っ、このおッ!」
挑発するような物言いに激昂したラブリカの刃がひときわ強く輝き、杖ごとフランを切り裂いた。
ピンクの軌跡が宙を撫で、フランは後方へ転がる。
「うぐっ!」
仰向けに倒れるフランの傍らで、耐久値がゼロに到達した杖が消滅するのを見て、また作り直さないと、と軽く舌打ちをする。
しかしそこへ接近してきたラブリカがマゼンタの刃を振り上げる。
「ずるい」
ざく。
振り下ろされた【マゼンタ・ブレーデ】がフランの腹に突き刺さる。
声にならないうめき声を上げ、フランは悶えようとするが貫通した刃のせいで震えることしかできない。
見上げたラブリカの双眸はらんらんと輝いていて、戦闘前とはまるで別人のようだ。
少しずつ高ぶって正気を失いつつあるようにフランの目には映った。
この少女に会うのはフランにとってこれが二度目だが、こんなにも情緒不安定だっただろうか、という疑問を抱く。
「ずるい、ずるい、ずるい――――!」
ざく、ざく、ざく。
まるで大地に縫い止めるかのように何度も刃が突き立てられ、そのたび黄色いダメージエフェクトが飛び散る。
フランのHPがどんどん減少していき、視界が赤く明滅し始める。危険域だ。
「いい加減やめなさいよ!」
ダメージを受け続けるフランは懐から白い球体を取り出し、苦し紛れに頭上のラブリカに向かって投げつける――しかし首を軽く振っただけで空を切り、球体は空へ向かって飛んで行った。
「ハァ……残念でしたねえ。これでおしまい、ですッ!」
とどめの一刺しのためステッキを振り上げる。
だが。
――――――――――――ズドンッ!!
衝撃。振動。
突如としてラブリカを襲ったのは、『何か』の着地だった。
その源であろう背後を見る。
そこにいたのは、
「……雪だるま……?」
縦に連なるふたつの大きな雪玉。頭にはバケツをかぶり、落書きみたいな顔には笑みが浮かんでいる。長い鼻を模したニンジンが突き刺さり、胴体の雪玉から突き出す腕と思われる枝には手袋がかぶせられていた。
つまりは見上げるほど大きな雪だるまがそこにいた。
「いけっ、《生きてるスノーマン》!」
フランの呼びかけに反応し、雪だるまはひとりでに動き出す。
振り返る間もない、雪だるまはその手袋を――自身の拳を握りしめ、ラブリカの背中へ強烈なパンチを叩き込んだ。
「が…………っ!」
吹っ飛んだラブリカは倒れるフランの頭上を飛び越し、何メートルも先に落下した。
何とか立ち上がろうとする少女に、雪だるまは凄まじい速度で接近を試みる。
足も無いのにどういう原理なのか、まるでボクサーのダッキングのごとく草原を滑るように突き進む。
「なんなのいったい!」
錯乱するラブリカはフランと雪だるまに交互に視線を飛ばし、一瞬歯噛みした後ステッキを振るう。
ピンク色の魔法弾幕――【ピンクアロー・スターズ】が雪だるまへ向かって襲い掛かる。手負いの錬金術士より雪だるまの脅威度が上だと判断したのだ。
しかし高密度の弾幕を雪だるまは驚異的なステップで潜り抜け、ラブリカに肉薄した。
「速……」
鈍い音が炸裂する。
強烈なボディブローが直撃した。
《生きてるスノーマン》の動きはミサキを参考にプログラムされている。もちろん彼女には及ばないが、『もどき』くらいの完成度はある。
凄まじい速さで接近し、強力な殴打を繰り返す。単純だが強力なアイテムだ。
だが弱点も存在する。
「【ピーチバスター・スナイプ】!」
嵐のようなパンチの連撃――その間隙を縫って放たれた、凄まじい速度の魔法弾が雪だるまの腹部を貫通した。
胴体に風穴を開けた雪だるまはぴたりと静止したかと思うと、ただの雪に戻り一瞬で崩れ去った。
《生きてるスノーマン》の弱点は耐久力だ。
ちょっとした攻撃なら自動で回避するが、速度のある攻撃には反応できず、しかもまともに一撃喰らえば簡単に消滅してしまう。
「はぁ、はぁ、やった……!」
座り込んだラブリカは荒い息をつく。
これで残るは手負いの錬金術士のみ。なら勝利は間違いなくすぐそこに――――
「あたしのこと忘れてない?」
背後から聞こえた声に、全身が粟立つような心地がした。
いつの間に、という言葉が頭をよぎる。
あの雪だるまは自立稼働型。だからラブリカの相手をさせている間に、悠々と背後に回ったのだ。
あまりに当然のごとく、堂々と歩いていくものだから、誰も違和感を抱けなかった。周囲でラブリカの戦いを見ていた取り巻きは雪だるまとの戦いにだけ集中していた。
だから誰も気づけなかった。
「あ――――」
ラブリカの出せた声と言えばそれだけだった。
フランは手に持った青い宝石をすぐ近くの地面に放り投げ、踵を返す。
一瞬だった。
ただの一瞬で、ラブリカを中心とした周囲一帯が極大の冷気に支配された。
少女一人を閉じ込めるには過剰なほどの氷――氷山と呼ぶのがふさわしいほどのスケールを誇るそれは、まるで何百年も昔からそこにあったかのようにそびえ立っていた。
驚愕の表情のまま凍り付いたラブリカは何もできない。身動きひとつとれず、声を発することもできない。
「とっておきのとっておきその2、《永久凍土》。ひとつ覚えておきなさい――錬金術士を怒らせるとこうなるって」
その言葉が聞こえたかどうかはわからない。
とっくにラブリカのHPはゼロになっていて――つまり、勝負は決している。
おもむろにフランが指を鳴らす。
すると強大な氷山にひびが入り、直後粉々に砕き割れた。
舞い散る氷片の中、フランの吐いた真っ白な息が空中に霧散した。
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