49.LINKS


「お前いくつなの?」


 アリーナ。観客席。

 隣に座るエルダが零したその問いを、ミサキは聞き間違いかと思って無視した。

 そのあと降りた沈黙の間、その質問を咀嚼し、吟味し、やっぱり幻聴の類ではないと確信した。


「え、なに。エルダってわたし狙いだったの」


 このゲームにおいてリアルのことを聞いてくる者は3種類に分けられる。

 繋がり目的、繋がり目的、そして繋がり目的だ。

 そうでなくても『リアルの追及はダメ絶対!』というマナーが共有されているこの世界で、それでも聞いてくるようなプレイヤーは十中八九まともではない(とは言いつつも一定数存在するのも確かではある)。


 例えどう考えてもレベルに見合わない高レア装備を持っていようが、どう見ても中高生なのに平日の昼間からこの世界に入り浸っていようが、その事情を聞き出そうとするのは許されないのだ。


「ちっげーーーよ! ああくそ、聞くんじゃなかった」


 ふん、と不機嫌そうな鼻息を漏らすエルダを横目で見ながらミサキはしばし思案する。

 よくよく考えたら別に隠すことでもないかもしれない。知らない人相手だったらさすがに言えないが、エルダはそうではない。


「10歳」

 

「言うのかよ。ていうかわけーなオイ、小学生かよ」


「うそだよ。ほんとは17」


「へえ……17!?」


「うん」


「いやいや嘘つけだってそんな……」


「そんな、何?」


 ん? とにっこり小首を傾げるミサキ。

 少しだけ圧を感じる。

 ミサキはとても小さい。同年代の平均身長を大きく下回っているし、顔立ちも幼めなのでまず高校生には見られない。少しずつ成長してはいるが…………。


「あー、そのだな……」


「いくつだと思ってたの?」


「せいぜい中学生くらいだと」


「しっつれいだなー」


「だってお前さあ……明らかにさあ……」


「小さいって?」


 こくりと頷くエルダ。

 まあ仕方ないか、とは思う。自分だって年相応には絶対に見えないだろうという自覚もある。

 

 小学校教諭の海堂エルダからすると、受け持ちの生徒たちよりさらに小さく見えるミサキの年齢を正しく言い当てるなんてことは土台無理な話であった。


「エルダはいくつなの?」


「あ、アタシか?」


「当たり前でしょ。人に聞いておいて自分は言わないなんて通らなくない?」


「あー……24だよ」


「へー」


「へーってお前」


 完全に感情のこもらない「へー」が出た。

 別段気になることでもなかったし、それに妥当過ぎて以外でも何でもなかったからだ。


「いやなんか聞いてみたはいいけど特に興味無かったなって……」


「クソガキがよ……」


「…………」


「…………」


 また会話が途切れる。

 ぼんやり眼下で行われる戦いを見ていると、聞きたいことがあったのを思い出した。

 というか元々はその話をするために連れ出したのだ。


「シオが心配してたよ。あの変なモンスターから庇って倒れたってさ」


「もう連絡した」


「そっか」


 エルダはあのモンスターの犠牲者だった。

 意識不明になって、数時間ログアウトできなくなった。そのことをシオはずっと気にしていたらしい。メンテ中にチャットでその話もした。だからミサキも少し心配していたのだが――この分だとその必要は無かったらしい。


 シオは明言しなかったが、その口ぶりから何となくリアルでも繋がりがあるということは察している。察していて、言わない。

 繰り返しになるが、ミサキとエルダは仲良しというわけではない。道端で見かけても見なかったふりですれ違うこともあるし、今みたいに話す機会があっても弾まない。

 でもどうでもいい存在では全くなくて、いつだってお互いのことを意識している。

 ふたりはそういう関係だった。





 

「起きたね眠り姫」 


「だれがプリンセスよ」


 特に何事もなくエルダと別れたその後、アトリエ。

 窓の外は太陽が隠れ始めていて、藍色が存在感を示し始めていた。

 

 まだ眠いのか目を擦っているフランは小さくあくびを漏らす。


「いきなりだけどこれ渡すわ」


「ん?」


 メールの着信音が鳴る。

 チェックしてみると添付ファイルがひとつ。開いてみるとそれは装備だった。

 カテゴリは装飾品。灰色の長い布で、恐らくはマフラーだ。名前は《ミッシング・フレーム》。


「……なにこれ?」


「あんたに渡された黒い結晶から作った装備よ」


 そういえば、あのモンスターを倒した際に渡していたな、と思い出す。

 なにがどういう理屈で起こった現象かはわからないが、モンスターから摘出できた黒い結晶――あれのおかげで倒すことができた。


「すごいね。あれから大して時間も経ってないはずなのに」


 黒い結晶を渡したその日にメンテが開始して、明けたのが今日。

 つまりこれを作るのに使えた時間はせいぜい数時間程度のはずなのだ。


「あー……まあそうね。あたし天才だから」


 天才だから、と言いつつもあまり浮かない表情。

 いつもならふんぞり返ってもおかしくないくらいなのにな――などと違和感を覚える。


「これを使えばあのモンスターが出ても倒せるわ。まあまたあんなのが出るとは限らないんだけど……」


「出るらしいよ。開発者に聞いた」


「開発者……?」


 ミサキは頷き、事情を説明した。

 制作会社に赴き、例のモンスターについて聞き、討伐の依頼を受けたこと。

 特にかん口令が敷かれているわけでもないし、他でもないフランが相手なら隠すこともない。


「…………」


「どうしたの?」


 話を聞いたフランは指を口元に当て、何かを考え込んでいるようだった。

 話が理解できていないわけでも、驚いているわけでもなさそうだ。


「あんまりそいつの言うこと信用しない方がいいかも」


「それ同じこと言われた」


「同じこと?」


「フランのこと、信用しない方がいいって」


「……ふうん。あんたはなんて答えたの」


 眉を寄せて、視線を床に落とすフラン。

 苛立っているような、心細そうな、そんな顔。

 だからミサキは笑顔でこう言う。


「フランは悪い子じゃないから」


「……ふふん。わかってるじゃない」


 不遜な口調ではあったが、張り詰めていた顔が綻ぶ。

 

「そういえば、あのモンスターって名前あるの? その開発者ってやつはなんか言ってた?」


「ああ、うん。いつまでも『例の』とか『あの』とか不便だからって名付けたみたい。あいつらの名前はね――――」


 世界の法則にまで干渉し、一方的にプレイヤーを傷つける存在。

 漆黒にして明確な誰かの悪意を秘めた、あのモンスターの名は、


MALICEマリス

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