15.白雨インビテーション


「ちょっとフラン!」


「あらミサキ。ご機嫌いかが?」


 スズリと別れてからすぐのこと。

 ミサキはフランのアトリエに突入した。


「なんなのこの装備! 死ぬとこだったんだけど」


「あはは、やっぱり? ごめーん☆」


「☆じゃなーい!」


 ばちーん、とウインクを飛ばす金髪にミサキが食って掛かる。

 今装備している青いグローブ――《アズール・コスモス》のスキルによって戦闘中に空へと舞い上がり、落下ダメージでそのまま負けるところだった。なんとか危機は切り抜けられたものの一歩間違えれば優勝を逃していたのだ。


「いやー好奇心に勝てなかったのよね。突然空飛んだらミサキはどんな顔するのかって……ぷぷ」


「よーし表に出ろ。タコ殴りにしてあげるから」


 怒りを込めた手がフランの細い腕を掴んだときだった。

 

 がちゃりとアトリエのドアが開く。


「ん?」


「あら?」


 音のした方に視線を向けると、そこにはひとりの少女がいた。

 こげ茶色の短髪に、ミサキと同じくらい小柄。


「あ、あれ、ミサキさん?」 

 

「シオちゃん、なんでここに」


 かつて初心者狩りを受け、一時はこのゲームをやめるとまで言っていた少女――アトリエ最初の来客はシオだった。




「なんだミサキの知り合いだったの。でもビタ一文まからないわよ」 


「はいはい……で、どうしたのシオちゃん。なにか欲しいアイテムでもあるの?」


 とりあえずソファに座らされたシオはもじもじと俯いている。

 言いにくいのだろうか。 


「……あの、フランさん? は本当になんでも作ってくれるのですか?」


「なんでもって言われると場合によるとしか言えないわね。本当に、って誰に聞いたの?」


 シオはミサキを見る。

 ミサキは明後日の方向を見る。

 

「あー……そう言えば今日のトーナメントで観客にそんなこと言ったような……言ってなかったような……」


「え? 言ってましたよね、なんでも売ってるしなんでも作れますって」 


「ミーサーキー?」


「いやその、ごめん」


 宣伝のためとは言え誇大広告だったのは間違いない。

 これでは期待して来てくれた客をがっかりさせてしまうこともありうる。

 軽率だった……とミサキはうな垂れる。


「まあいいわ。あなたはなにが欲しいのかしら」


「……《白雪草》って知ってますか?」


 知ってる? とフランがミサキに視線で尋ねると首を横に振る。


「タウンから北に進むと着く雪山エリアに低確率で出現する花だそうです。花びらが雪の結晶みたいですごく綺麗で……それを使ったブローチを作ってほしいのです」


 つまりレア素材を使って装飾品を作ってほしいと、そういうことらしい。


「その口ぶりからすると、その花をあなたは持っていないのね?」


 普段より幾分か落ちたトーンでの質問に、シオは恐縮したように頷いた。

 素材の調達も依頼の範疇だということだ。

 どうしよう、とミサキは内心慌てる。レアな素材を調達+調合となると決して安い料金にはならないだろう。加えてシオは明らかに初心者。持っているお金も多くはない。ただでさえこのゲームは序盤資金に困るのだ。

 お金を稼ぐためにアトリエをやっているフランからすればこの依頼を受けるメリットは薄い。もしかしたら突っぱねてしまうかもしれない。

 

「どうしてそのブローチが欲しいのかしら。強くて作りやすい、もしくは安い装飾品なら他にもいっぱいあるわよ?」


「もうすぐお母さんの誕生日なのです」


 お母さん? とオウム返しするフランにシオは頷きを返し、事情を話し始めた。

 

 シオの母親は遠い場所に住んでいることもありなかなか会いに行けない。しかしこのVRMMO『アストラル・アリーナ』が出たことで、離れた場所からでも気軽に会えるようになったそうだ。

 そうやってしばらくこの世界を親子で楽しんでいた時、母親がこの《白雪草》に興味を示したらしい。


「ネットにアップされていた画像を見せて来て、綺麗だって……その時ちょうど誕生日の話をしていて。お母さんはこれを使ったアクセサリーが欲しいって言ってました。だからプレゼントしてあげたくて」

 

 その場の冗談だというのはわかっているのですけどね、と眉を下げて笑うシオ。

 雪山エリアは起伏が激しく強い敵ばかりだ。初心者が入れば瞬く間にタウンへと戻されてしまうだろう。だから素材の調達まで含めて依頼してきたのだ。

 

 涙ぐましい話だ、とミサキは思う。

 協力してあげたいとも思う。


 だが依頼されているのはアトリエの主であるフランだ。

 彼女は仕事に対して……というか金銭が絡むことに対してはかなり厳密だ。短い付き合いだけでもそれがわかった。だから苦労に見合わない商売は彼女はしないだろうというのがわかる。

 ただ、彼女は意外にも迷っているようだった。顎に手を添え何事かを考えている。そうやってわずかな沈黙を場に漂わせ――静かにその桃色の唇を開いた。


「……わかったわ。その依頼受けましょう」


「本当ですか!?」


 勢いよく立ち上がるシオ。

 よっぽど嬉しいのか瞳がきらきらと輝いているように見える。


「……いいの?」


「なによ、あたしが断るとでも思ってたの?」


 思ってましたが……とは言わなかった。

 言うべきでないことは言わない。

 短い付き合いで相手のことが理解できるなんて傲慢でしかないから。

 

「さて、シオさん。お母さんの誕生日はいつかしら?」


「一週間後です」


「おっけ、なら五日後にまたここへきてちょうだい。完成品を渡すわ」


 その言葉にぱっと顔を輝かせるシオを見ていると、余計なことを考えてしまう。


 どうして母親だけ遠くに住んでいるのだろうか、とか。

 遠くにいても会おうと思えば会えるのではないだろうか、とか。

 バーチャルを介して、まるで隠れるように会う必要はあるのだろうか、とか。

 そもそもシオがこのゲームを買ってもらった理由は、とか。

 邪推なんて良くないと思いながらも悪い想像が止まらない。

 

 ミサキには関係のないことだ。

 他人でしかない自分には。どうしようもできないし、するべきではない。





 シオが何度も頭を下げながら後にしたアトリエのドアを見つめながら、ミサキはぽつりと呟く。


「よかったの? あんまり儲かりそうにはないけど」


「……お客さん第一号なんだから大事にしといて損は無いわよ」


 それでもフランの顔は浮かない。

 納得が行ってないというよりは、何かを考え込んでいるような様子だった。

 彼女にもなにか思うところがありそうだった。いつもの輝くような笑顔は、そこにはない。


「ていうかミサキも手伝うのよ。あなたが連れてきたようなものなんだからね」


「それは……うん、そうする」


 素直に頷くミサキ。

 シオは知らない相手ではないし、最初からそうするつもりだった。

 雪山かー、と北方のマップを開いて地形を確認する。

 

「…………お母さん、か」


 フランが零したその言葉に、ミサキは何も言わなかった。

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