14.外気圏モデルケース


 勝負が決し、観客のテンションは最高潮まで持ち上がる。

 詰めていた息を吐くミサキの視線の先、倒れた四刀流の少女剣士――スズリが光柱に包まれ転送される。バトル終了後すぐに退場するこのシステムはプレイヤー自身が任意で発動できる。晒し者にはなりたくないと考える者も多い。

 

 ……ただ、ミサキにはまだやることがある。 

 観客席を見回し、右腕のグローブを掲げる。


「みなさーん! この装備を作った子が店主をやってる何でも屋『フランのアトリエ』は東区のブロックA-22にあります! なんでも売ってるしなんでも作れまーす! ぜひお越しください!」


 一息で言い切る。

 すこし大言過ぎる気はしたがこれくらいはいいだろう。実際フランなら大抵のものは作れるだろうし、と自分を納得させる。

 突然の宣伝にざわめく観客。

 慣れないことをした羞恥から頬を染めつつ、そそくさとミサキは撤収した。

 これで客が来ればいいのだが。





「とりあえずアトリエ行こうかな。優勝の報告をして、あと……あれ?」 


 自動的にストレージに入れられた報酬を確認し、アリーナから大通りに出たミサキは見覚えのある背中を見つけた。

 ひとつにくくった白い髪に赤い袴――先ほど戦ったスズリだ。


「おーいスズリさん!」


 丸まった背中に声をかける。すると――びくう! と跳ねた。

 ん? と思いながらも小走りで追いつき肩に手を置く。


「な、な……なんですか……?」


「え」


 先ほどと明らかに様子が違う。

 外見は同じなのに、態度が別人のようだった。

 さっきまで凛とした剣士だったはずなのに、今目の前にいるのはおどおどと視線をさまよわせる少女でしかない。

 人違いか、とも思ったが彼女の頭上に表示されている『Suzuri』という表示からその可能性を捨てる。


「……なんか雰囲気ちがわない?」


「ごごごごめんなさいっ!」


 ぴー、と泣き声を上げるスズリ。

 何と言うか、外見とキャラがあまりにそぐわない。


「違う違う、責めたいんじゃなくて……さっきのバトルがすごく楽しかったから、ちょっとお話したいなと思って」


「お、お話……! こわい……」


 この子なんにも聞いてないな……と思いつつ、根気強く付き合うことにミサキは決めた。

 

「落ち着いて、ほら深呼吸。すーはーすーはー」


「す、すー……はー……」


 往来で深呼吸を繰り返す二人。

 道行くプレイヤーたちには好奇の目で見られているがミサキは無視する。

 バーチャルの世界で深呼吸することにいかほどの意味があるかはわからないが、他のことに意識を逸らすのはおそらく有効だろう。


「とりあえず東区のカフェにでも行かない? おごるよ」


「あ、ありがとうございます……?」


 そういうことになった。





 カップを傾け、カフェモカを一口飲む。

 ちょっと甘すぎるような気がする。この世界の飲食物の味は、ぼんやりしているかはっきりしているかのどちらかで、両極端だ。フランが好きだと言っていたから飲んでみたが正直あまり好きではない。

 甘いものは好きだがここまでは求めていないのだ。


「さっきも言ったけど――スズリと戦うの、すごく楽しかった。ほんとに強かった」


「そ、それは……どうも……」


 俯きながらスズリは頭を下げる。

 さっきから一度も目が合わない。


「スズリってなんで戦ってる時と――ええと、なんていうか別人みたいな感じなの?」


 純粋な疑問だ。

 どう考えても同一人物とは思えない。


「聞いてくれる!?」


「うわびっくりした」


 突然身を乗り出したスズリに、思わず仰け反る。

 

「こ、このゲームってスキルを使うとき技名を言わないといけないでしょう?」


「そうみたいだね」


 攻撃スキルを代表とするアクティブスキルは、そのスキル名を宣言することで発動する。

 決められたモーションをとることでも発動できるらしいのだが、判定がシビアらしく難易度が高い。使いたいときに不発では困るので、どのプレイヤーも宣言する方法を採用している。

 ちなみにミサキの装備についている【コスモ・イグナイト】も同じ扱いのようだ。


「それがす……っごく恥ずかしくて!」


「ああ……うん、まあそういう人も多いよね……」


 意外と深刻な問題だ。

 かっこいいから好き、叫ぶと気合が入るから、と肯定的な意見もあれば、どうしても恥ずかしい、羞恥プレイでしかないと嘆く人もいる。スキルを使わずにこの世界を渡っていくのは非常に厳しい。だから否定派にとっては死活問題だった。

 実際ミサキも先ほど慣れないことをして恥ずかしかったので、気持ちは少しわかる。


「だから戦うときは理想の自分を演じてる。そうすれば、少なくとも戦ってるときは恥ずかしくないから」


「ロールプレイってやつ?」


 端的な言葉にスズリは頷く。

 つまりはキャラづくりだ。VRに関わらずネットゲームでは散見されるプレイ方針で、理想の自分を演じるためだったり、単に違う自分になるのが楽しいといった理由だったり、それは人それぞれだ。


「強くて毅然とした剣士なら、あんな感じで技名を叫んでも違和感は少ないでしょう?」


「そうだね。実際戦ってるわたしからしても変だと思わなかった」


 似合っていたとさえ言える。

 四振りの剣を自在に操る無双の剣士――それが先ほど戦ったスズリだ。

 

「……でも」


 だが本人の表情は浮かない。

 

「戦ってる間はいいの。でも終わった後……全部が嫌になる。こんなの私じゃないって、嘘だって。バトルを見に来てくれてる人たちを騙してるみたいで……」


「…………」


 確かにそうかもしれない。

 自分を覆い隠すキャラは、いわばハリボテ、メッキなどと呼ばれるようなものなのかもしれない。

 だが、


「……わたしはそうじゃないって思うな。だって”あのスズリ”はさ、スズリ自身が作ったものでしょ。こうありたい、こう見られたいって思ったからできた理想なんだよね。たとえそれが恥ずかしさを隠すためのものでも」


「うん……」


「だったらそれもスズリだよ。きみ自身なんだよ。嘘なんかじゃないって、わたしは思うよ」


 バーチャルでもリアルでも、そこに本人の魂があればその人自身だとミサキは思う。

 どんなに外見や内面を取り繕おうが、どう演じようが、それもまた自分の一部なのだから。


「それに――スズリはどうしたいの?」


「え……?」 


「恥ずかしさに慣れたいの? それとも恥ずかしいと思わないようになりたいの? それとも、本当は演じずにいたいの?」


「それ、は」


 ……わからなかった。

 『自分』が何なのか。どう在りたいのか。

 なにもわからないまま『スズリ』をやっていたから。

 戦いだけではない。人見知りのスズリはいまだまともに他のプレイヤーと話せていない。たまに何かの機会で会話することがあってもキャラを作ってしまう。そのたびに罪悪感に苛まれる。

 

 ミサキに対してはアリーナの外で出会った際、驚いて素が出てしまった。だから取り繕えなかった。

 それでも彼女は根気強く付き合ってくれて……。


「ね、また遊ぼうよ。今日みたいに戦ったりどこかダンジョンに行ったりさ。そしたらそのうち見つかるかもしれないから」


「もしかして……あなたも何かなりたいものがあるんですか」


 うん、と頷くミサキの笑顔は、ちょうど雲間から覗いた太陽と同じくらい眩しく見えて――思わずスズリは目を眇めた。

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