10.68.道中


 人間軍は順調に魔族領を突き進んでいた。

 魔王軍の徴兵が行われている為かは分からないが、ここまで来ても魔物には一匹たりとも会っていない。


 最前線はウォンマッド斥候兵数十名が担当し、索敵をしながら進んでくれている。

 さすが斥候兵とだけあって、仕事を確実にこなしてくれていた。

 彼らのお陰で旅の安全が確保されていると言っても不思議ではない。


 この辺りは切り立った山が多い。

 はげ山で木の一本も生えていないが、魔素は多く漂っているらしい。

 魔族や魔物にとってはとても居心地のいい場所となっている様だ。


「……静かだなぁ……?」

「そうですね」


 槙田と西形が前線の部隊を率いて呟いた。

 槙田がレッドウルフを見て、訝しむ。


「で、なんでこいつだけついて来たんだぁ……?」

「んー……多分ですけど、レッドウルフはローデン要塞の付近を棲み処としていて、そこを魔王軍に壊されるのが嫌だったから、一時的にこちらの味方として仲間になってくれたようです」

「本当かぁ……?」

「多分ですけどね。僕も確証はありません」


 西形を乗せていた一番大きなレッドウルフだけは付いてきて、他のレッドウルフは何処かへと去って行ってしまったらしい。

 日本刀を咥えた二匹の白い狼も同じであり、今は行方不明だ。

 動物だから自由なのは仕方ない。

 今はこの一匹が残ってくれただけでも良しとするかと、西形はレッドウルフを撫でた。


 話を聞いてある程度納得したのか、槙田はふんと鼻を鳴らして前を向く。

 進軍の速度はそれなりに速いので、予定よりも早く到着するかもしれなかった。


 しかし、あの魔王軍が何の罠もなしにここを通してくれているということが、槙田は引っ掛かっていた。

 敵が攻めて来ると知っているのであれば、罠の一つは二つ張って待ち構えるだろう。

 勝ちたいのであれば尚更だ。


 人間並みの知性を持った魔族もいることだし、それくらいであれば朝飯前の筈。

 忍び衆であればこれくらいのことは当然の様にやってのける。

 伏兵が居てもおかしくはない……と言うのに、ここ数日は奇襲も何もないのだ。

 明らかに何かがおかしいと、槙田は感じていた。


「そういえば、次はどういった配置になるんでしょうね」

「聞いてねぇのかぁ……?」

「えっ?」

「次はぁ……主力を前に出しぃ……後方からの援護を受けつつぅ……進む。それだけだぁ……」

「…………あれ? 僕の一番槍は?」

「貴様が道を作るんだよぉ……」

「あ、そうですか! ならいいや!」


 なんで一番重要な役目を担うこいつが話を聞いていないのかと、槙田は怒気を含ませて説明したのだが、西形はあまり気にしていないらしい。

 初めての頃はもっと怯えていたはずなのおだが、地に降り立って図太くなっているような気がする。

 もう一回締め上げるかと考えながら、槙田は嘆息した。


 ズンッ。


「……」


 槙田が片腕を上げて進軍を止める。

 一瞬の揺れだったため、他の者は分からなかったようだ。

 だが閻婆に乗っていた槙田には分かった。

 閻婆もそれを感知したようで、頭を地面に下ろして感覚を頼りに敵を探している。


「どうしたんですか?」

「西形ぁ……。構えろぉ……」

「え、ああ、はい」


 レッドウルフの上で、西形は構えを取る。

 一体何処から出て来るのか分からないこの状況では、あまり意味がないように思えたが、気持ちの構えは必要だ。


 しかしウォンマッド斥候兵からの報告はなかった。

 遠くからの揺れであれば後で対処をすればいいのだが、音がまったく聞こえなかったのだ。

 ウォンマッド斥候兵が帰ってくる様子もない。

 となれば……。


「西形ぁ!! 下だぁ!!」

「したぁ!?」

「閻婆ぁ!! 飛べぇ!!」

「ギャワアアア!!」

「散開せよ!!」


 槙田の指示を聞いて、閻婆は飛び上がって兵士たちは散り散りになっていく。

 それが功を奏したようで、地面から出て来た魔物の餌食になったのが二、三名程度だった。


 出現したのは巨大な爪を持った土竜だ。

 体も大きく、目もしっかりついているので視覚はあるらしい。

 ギョロリと兵士を睨みつけたあと、地面から出てきて近くにいた兵士を押し潰そうと大きな手を上げた。


 だがそれは思いっきり弾かれる。

 遠くの方で西形がズザーッと足を滑らせながら勢いを軽減していた。

 攻撃されるのを防ぐため、西形は敵の爪を狙って腕をかちあげたのだ。

 だが切るまではいかず、罅だけをつける程度に終わった。


「硬い……」


 再び構え直し、今度は肉を狙う。

 背中を抉って立てないようにしたつもりだったが、傷が浅かったらしい。

 これはマズいと思った土竜が地面を掘って逃げ始める。


「させるかぁ……」


 鯉口を切った槙田が炎を出現させる。

 土竜が取って来た穴に向かって、炎の塊を流し込む。


「ジジャアアアアア!!」


 魔物の断末魔が地面の中から聞こえて来た。

 炎が消えると同時にその断末魔は消え去り、ここら一体は再び静寂に包まれる。


 小さく舌を打った槙田は、鯉口を仕舞ってまた閻婆を歩かせる。

 地面の中で殺してしまったので肉も回収できない。

 自分としたことが失敗したと思い、少し苛立たし気にしていた。


「もー。兵士を置いて行かないでくださいよ……。みなさーん! もういいですよー! 行きましょー!」


 戦う構えを取っていた兵士たちは、もう終わってしまったのかと拍子抜けしているようだった。

 だか今の襲撃で警戒心は強くなり、伝令係がこの事を後ろへと通達しに行っている。

 良い動きをするなぁと、西形は感心した。


「でもまぁ……これが続かなきゃいいけど……」

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