10.66.物資、援軍到着
五日後。
下町に撤退した人間軍は無事にローデン要塞を奪還することに成功していた。
もぬけの殻になっていたが、そこには食い散らかされた物資と人間たちが転がっていた為、それらの片付けに二日ほど追われていた。
それはすでに片付いており、今は外壁補修などを優先して行っている最中だ。
珍しい魔物や素材を見つけては、冒険者たちは喜んでいた様だが、ギルドが機能していない状況なので売却などはすることができなかった。
なので仕方なく放棄。
薬の材料になるものだけは回収して、今はリトルが調合している。
何とか片付いたローデン要塞を見て、住んでいた住民や冒険者は満足そうだ。
「……完全に居なくなったな」
「ですね」
ローデン要塞東大門の上で、木幕とレミ、そしてスゥが戦場だった方角を見つめている。
死体は既に雪で埋もれており、血だらけになったはずの戦場は真っ白になっていた。
それが何だか、やけに寂しい。
先日までここで戦争が起きていたとは、誰も思わない程の静けさに変わっていた。
「師匠。柳さんって、どんな人なんですか?」
「優しいお方だ。味方にはな」
魔王の柳という人物をまったく知らないレミは、木幕に聞いてみた。
木幕はその問いに即答で答える。
彼はそういう人物だということは、分かり切っているのだ。
これ以上の説明は不要なほどに、仲間想いの、強い武士であった。
「では、どうして人間と……」
「柳様からしたら、魔族も人間だそうだ」
「え? 何もかも違うんじゃないですか……?」
「確かに人は、普通とかけ離れたものを忌み嫌う。だが彼らにも知性があり、個々の性格があり、そして……情がある。見てくれを除けば、人間と同じ存在と言っておったな」
「……な、なるほど……」
言いたいことは分かるが、やはり違うのではないだろうかという表情が、レミからは伺い知れた。
昔から固定概念として埋め込まれているこの違いは、そう簡単に払拭されるものではないのだろう。
だが木幕は彼の考えを聞いて、確かにと思った。
柳の言うことは最もであり、ただ人間が勝手に忌み嫌っただけのこと。
嫌悪から迫害へと発展していき、ついには種族間での敵対が発生する。
その引き金をどちらが先に絞ったのかは置いておいたとしても、こうなってしまった定めを今更変えるのは難しいことだ。
彼らが手を組み、個として尊重をしていれば、これだけの犠牲も戦争も起きなかったのではないだろうか。
「柳様は、戦争のない世界を作ろうとしている。某の目標よりも、大きなものかもしれん」
「そ、そんなことは……!」
「柳様は言っておられた。拙者が勝てば世界を変え、お主が勝てば世界が変わると」
「……人間が蹂躙されるのならば、やっぱり私は師匠を応援します」
「そうか。だがな、レミよ。某は今、そんな目標などどうでもいい」
「え?」
「っ?」
木幕は静かにこちらを向いた。
彼は今まで見たこともないくらいに満足そうな笑みで、こう答える。
「不謹慎かもしれんが、某は主と戦えて楽しい」
レミとスゥは、きょとんとした表情でその笑顔を見ていた。
こんな戦争に楽しさを見出せる程、二人の感性は豊かではない。
だが彼の笑みは、今まで笑った中でも一番美しい笑顔であった。
「他の人の前では、絶対に言わないでくださいね……」
「む? 本心を話したまでなのだがな。フフフフ」
守るべき存在だった主。
それだというのに、今は敵同士だ。
これが可笑しくて堪らない。
柳の活躍を間近で見ていた木幕は、昔から一度本気で戦い合ってみたいと考えていた。
敵わぬ願いであったため、いつもは囲碁や将棋で勝負をしていたものだ。
囲碁では木幕が、将棋では柳によく軍配が上がっていたように思える。
今となっては懐かしい思い出だ。
「来たようだな」
「え? あ、ですね! 援軍です!」
西側を見てみれば、多くの物資や兵士がローデン要塞へと向かって直進してきている。
彼らがマークディナ王国の兵士と、孤高軍。
そしてルーエン王国やミルセル王国の物資班である。
これまた大勢引き連れて来たなと感心しつつ、木幕は策を練り続けていた。
「レミ、スゥよ」
「はい?」
「っ」
「次が最後の戦いだ。某の側を離れるでないぞ」
「これでも結構活躍したつもりなんですけどねぇ……。ま、指示には従いますよ」
「っ!!」
二人が頷いたのを見て、木幕は歩きだす。
今日中に準備をして、明日には出発する予定だ。
敵方も今現在は逃げている最中の筈なので、兵を徴収する期日は多く見積もっても一週間程度だと考えておく。
敵兵力も戦いで疲弊している。
今回はこちらが攻めに回る番だが、さてどうなるだろうか。
重要なのはタイミングだ。
それに上手く合わせることができれば……勝利は近づくだろう。
「柳様は攻めは強いが……守りが弱かったな」
幾度とない囲碁と将棋の対局。
弱いところを突くのは、柳だけの専売特許ではない。
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