10.42.狩り
槙田率いる孤高軍は、各々が武器を手に魔物と交戦を開始した。
雪がないお陰で動きやすく、誰もが動き回って迫りくる敵を屠っている。
彼らの成すべきことは、とにかく耐える事。
槙田が魔族を倒した瞬間、戦況は大きく傾く。
それだけの力を所有しており、これが兵士たちの士気を上げる要因の一つだ。
だが槙田は早く加勢に行こうなどとは一切考えていない。
あの者たちだけでもこれくらいなら耐えられる筈だ。
第二陣の中型の魔物が来るとどうなるか分からないが、今は問題ない。
心の余裕は戦闘には必須。
一匹の虫けらを見て、槙田は吠えた。
「閻婆ぁ!!!!」
「ギャギャギャワワッ!!」
上空へと閻婆が飛んだ。
その瞬間に槙田は大きく踏み込み、炎を出現させる。
だがそれは虚しくも魔族の体へと吸収されてしまった。
「ムダダッ!」
「だが目隠しになるぅ……」
「ギョ!?」
眼前まで肉薄していた槙田は、下段から大上段へと向かって思いっきり振り上げた。
向かい風ということもあって、いつもより高い音が鳴る。
ピョウ!!
ギャキィンッ!
鉈一本で何とか受け止めたが、その力は有り得ない程に強力で、小さな体は簡単に吹き飛ばされてしまった。
しかし魔界で戦い続けていた魔族は戦闘に置いて、人間を凌ぐ強さを有している。
力では負けている様だが、身のこなしと速度だけは槙田に劣らない。
そう、
ガシッ。
「!? ナナッ!!」
「ギャワアアア!!」
数瞬の間空中を飛んだ隙に閻婆が低空飛行で間合いを詰め、魔族の体を鷲掴みにした。
腕も一緒に掴まれてしまっているので、動こうにもまったく動けない。
動かせるのは足だけだ。
「ハ、ハナセッ!!」
「飛べぇ……閻婆ぁ……」
羽を大きく羽ばたかせたあと、閻婆は急上昇して魔族を上空へと運んでいく。
魔族、人間の軍勢が見渡せる上空へと到達した時、ぱっと足を広げた。
それにより、魔族は真っ逆さまに堕ちていく。
「ウ、ウ、ウワアアア!!?」
上空何メートルの地点なのか分からない。
だが確実に言えるのは、このまま地面に落下したら死んでしまうということだ。
こんな状況で生きて帰れるのか疑問だが、この魔族には二つの能力があった。
一つは槙田の炎を吸収した魔法吸収。
魔法であれば何でも吸収することのできる技だ。
そしてもう一つが魔法放出。
溜め込んだ魔法をエネルギーに変えて、爆発させる技である。
溜め込めば溜め込むほどその威力は増幅していき、下手をすれば森が吹き飛ぶ。
だがその場合は自分の体も相当なダメージが蓄積してしまうので、乱用はできないものだ。
しかし、今はこれでなければ落下の衝撃を抑えることはできないだろう。
落下する数メートルの地点で魔法放出を行い、できる限り衝撃を軽減させる。
体のバランスを整え、腕を前に突き出し、タイミングを見計らって魔法を放出させた。
ドンッ!!
吸収した魔法の量がまだ少なかったのか、地面はそこまで破壊されなかった。
しかし、落下速度を軽減することはできたらしく、何とか転がって地面へと着地する。
「ゼェ、ゼェァ……クソッ……」
自分の持ち味をまったく活かせないまま、敵に翻弄されてしまっている。
この感じからして、守りに入ると死が間近に迫ってくる。
自分から攻撃をしなければ、死は離れていかないだろう。
ばっと立ち上がり、鉈を構えて敵を探す。
今の爆発で若干の敵兵を巻き込むことはできたようだ。
それを見て少しだけ満足していると、後方から殺気が飛んできた。
今までの比ではない、何かおどろおどろしい殺意。
油の切れた機械のような動きで、何とか後ろを振り返る。
するとそこには槙田が目を見開き、左頬の口角だけが上がって笑い、ぬらりぬらりと歩み寄ってきたところだった。
「殺したなぁ……? 俺の兵を、殺したなぁ……?」
なんなんだ、この人間は。
いや待て、これは人間なのか?
人間の皮を被った、別の生き物なのではないのか?
魔族の頭の中に、その言葉が延々と流れ続ける。
あの姿、あの顔、あの喋り方、すべてが恐ろしいという表現では生ぬるい。
それよりも深く、粘りの濃い、沼のような……何か。
感情すらちぐはぐになっていく魔族に、彼の最後の言葉は届かなかった。
「感じたりて
ズンッ。ズンッ。ズンッ。ズンッ。
彼の背は、自分よりも高い。
だが今だけは、それが山のように感じられた。
自然災害と戦って、勝てるわけないだろう。
それがこの魔族が最後に頭の中で呟いた言葉だった。
「炎上流妖動乱剣技・鬼門」
鮮血をまき散らしながら、空中へと飛ばされた頭。
グルグルと回る視界の中で魔族は笑った。
そして、泣いていた。
感情の最終到着点は涙を流すことだと言われている。
恐怖、喜び、驚き、感動。
他にも様々な感情はあるだろうが、このすべては一定の基準を満たすと涙を流す。
この魔族も、同じだった。
血振るいをして紅蓮焔を納刀した槙田は、手を首に置いてさする。
早く終わらせすぎた。
もう少し楽しめばよかったと嘆息しながら、今の戦況を見てみる。
「……ああ、マズい」
中型の魔物が、既に目の前に迫ってきているようだった。
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