9.15.正々堂々真剣勝負


 今対峙している船橋牡丹。

 彼女は強い。

 他の誰とも違う強さを有しているように思える。


 恐らく、これは女性だから成せる業なのだろう。

 男と戦っている感覚ではないのだ。


 だが……負けはしない。

 木幕は一度柄を握る手の力を緩め、脱力する。

 そして、集中。

 今目の前にいる敵を完膚なきまでに叩き潰す動きを考える。

 だが予想通りの動きなどできるはずがない。

 行うのはイメージだけだ。


 一歩相手に向かって踏み出した足は、酷く重いような気がした。

 そしてその重圧は、誰から見ても感じ取ることのできる殺意へと豹変する。


 びくりと身を震わせた船橋は、本格的に距離を取った。

 これでは木幕が奇術を使ってフレアホークを撃ち落としてしまうかもしれないと思ったのだが、彼は奇術を発動させない。

 それが正々堂々真剣勝負なのだから。

 己の持てるすべての力のみで相手を切り伏せる。

 今まで木幕が貫き通してきた、道であった。


 左手に力を入れる。

 柄頭を握る小指と薬指がギュゥと音を立てた。

 構えは中段。

 そのまま重い足を動かして船橋へと近づいていく。


 彼女は下段にて防衛の構えを取る。

 木幕から感じ取れる殺気は恐らく女の身では再現することができない御業だ。

 だが、その殺気を跳ね退けるようにして船橋も一度息を吐く。

 彼女なりの精神統一のやり方である。


「無雲流……」


 船橋は下段の構えを少し変えた。

 下段の構えは普通、右足の前に刃が来るようになっている。

 だが彼女はそれとは反対に左足の前に切っ先が来るように構えたのだ。

 なので、手首はクロスして重なり合っている。


 初めて見る構えだ。

 あれが一体どのような技を生み出すのかと、木幕は楽しみになった。

 そして両者の間合いが詰まる。

 その瞬間だった。


雲切くもきり!!」


 ヒュアァッ!

 下段からの攻撃とは思えない程の速度で、刃が斬り上げられた。

 見えたのは初動の動きだけである。

 だがそれだけ見ることができれば木幕には十分だった。


 半身横に回避して体の軸が中心に収まった瞬間、中段から刃を自身の方へ持ってくる。

 右手首を折り、左手を相手へと突き出す。


「葉我流剣術裏葉の型」


 ギッと握った瞬間、暴力的な勢いで水平二連撃を繰り出した。


二重の水面ふたえのみなも


 落ち着いた声に似合わない、爆発力のある攻撃。

 防御態勢に入った船橋の刀を簡単に吹き飛ばし、二撃目の攻撃を確実に入れた。

 だが残念ながらそれは服を掠めるだけに終わる。

 危険を察知して一歩後退したようだ。


 二重の水面。

 これは水瀬の動きを真似た攻撃であり、水面に波紋が立つほどの勢いで刀を水平に二度振る攻撃である。

 その波紋が大きくなるほどに、攻撃力は上がるのだ。


「んぐっ……!」


 よく耐え、よく躱す。

 彼女が本当に男であったのであれば、木幕以上の強さを有していたかもしれない。

 だが女の身ということが、彼女の強さを一層際立たせてるような気がした。

 どうとも言えない微妙なところだ。


 そこで火球が飛んでくる。

 しかしそれはレミの薙刀によって防がれた。


「邪魔はさせない!」

「ギュワアア!!」


 頼りになると心の中で呟いてから、また船橋を見据える。

 先ほどの攻撃をまともに受けたからか、手が痺れているらしい。


 次は西形を真似て作った技を使おうと思ったが、あれは槍術だ。

 なので今はできない。

 沖田川を真似て作ったのは居合。

 しかし彼女相手に納刀する隙を見せてはならない。

 であれば、本当に久しぶりに使用する技を使うことにした。


 相手が連撃を得意としているのであれば、こちらはそれを上回る連撃を繰り出すのみ。


「レミよ」

「今話しかけますか!? そいやぁ!」

「余裕があれば見ておけ。スゥもだ」

「っ!」


 そろそろ決めるつもりだ。

 二人は木幕の言葉からそれを読み取った。


 その瞬間、スゥは地面の中から獣ノ尾太刀の刀身を抜き放つ。

 柄頭を地面に叩きつけて地面を大きく隆起させた。

 それは壁となり、フレアホークの眼前へと出現する。


「ギュワワ!?」


 一瞬のことで体勢を崩したフレアホークは、空中でバランを取り戻しながら下へと降下していった。

 これでしばらくの時間稼ぎができる。


 船橋はフレアホークがしばらく戦闘に参加できないことを悟ると、すぐに攻撃を仕掛けてきた。

 彼女の連撃の速度は異様に速い。

 特に下段からの切り上げには注意を払っておかなければならないだろう。


「無雲流……! 袈裟霞けさかすみ斬り!」


 下段からの切り上げの後、鞭のような剣捌きで連撃を繰り出してくる。

 それを三度防いだ木幕は、行動に移った。


「葉我流剣術、拾の型」


 その瞬間、葉隠丸が自然と葉を出現させた。

 これは木幕の意思ではない。

 刀が勝手にそうしているだけだ。


 グッと力を入れた木幕は、枝打ちを繰り出す。

 下段から振り上げられていた刃を叩き落した。


「ッ!」

「──」


 次に突きを繰り出す。

 だがそう簡単に相手を貫けるはずもなく、それは往なされるが新芽を繰り出して相手を追うようにして攻撃を仕掛ける。

 それを防いだことを確認した瞬間、一気に刃を身に引いて下から円を描くようにして弾き上げた。


「なっ!」

「──」


 バズスッ!

 ザシャザッ!

 上下二連撃の攻撃が、二度当たる。

 バツを描くようにして船橋の体に四線の傷を刻み込んだ。

 この間、約一・八秒である。


 一瞬動きを止めた二人だったが、木幕はまた動き出す。

 横に刀を振るって五つ目の傷を刻み込んだ後、倒木を繰り出して無理やり船橋を跪かせる。

 肩を大きく切り裂かれた船橋は、その攻撃に耐えることができずに力を失った。


 刃を引き抜き、血振るいをした木幕は静かに葉隠丸を納刀する。


「開花」


 葉我流剣術拾の型、開花。

 枝打ちで打撃を繰り出して枝を模し、次に発芽と新芽を繰り出し蕾を模す。

 ここで相手の剣を確実に弾いた後に葉返りによる四つの方向からの攻撃で花を模すように斬り込む。

 横一線からの攻撃で花を散らせ、最後に終わりを模すようにして倒木で切り伏せる。


 木幕が最後に作った葉我流剣術の連撃技だ。

 葉我流剣術のほとんどが詰め込まれているものであり、壱から玖の型を習得していなければ使えない。


「……すご……」


 素直な感想を、レミは口にした。

 魔法などなしに素の力でこれだけの力量を持つのだ。

 やはり木幕は、強かった。

 そう再確認させられた剣技であったように思える。


 ただの素早い連撃に負けるような木幕ではない。

 しかしもう少し彼女の力が強ければ、刀を弾くことは難しかったかもしれないと、木幕は船橋の死体を見てそう思ったのだった。

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