7.12.兵士からの情報


 鍛冶場の床に、文字が広がっていく。

 それを布で拭き取り、また新しい文字を書いていった。

 書いて消すを繰り返しているので手袋はもう真っ黒だ。

 使っている布も既に白い部分がない。


 スゥは隣に書いてある文字を、ひたすら書いて練習していた。

 やり始めるとなかなか面白いもので、時間を忘れてしまいそうだ。

 子供は飽き性の子が多いが、スゥはそうでもないようで自分が満足するまで炭を手に握っていた。


 これを覚えれば、人と会話をすることができる。

 それがスゥのやる気を数十倍にも増幅させていた。


 そんなやる気十分なスゥを放置し、レミは外で作ってもらった薙刀を握っていた。

 大体の文字は教えたので、あとは単語を教えていくだけだ。

 まずは文字自体を覚えてもらわないといけないので、満足に書けるようになったあとで教えるつもりである。


 薙刀を握り込み、軽く踏み込んで切り上げた。


 ギンッ!!

 兵士が持っている片手剣が吹き飛ばされる。

 切り上げた勢いを殺さないようにして薙刀を回し、対峙している人物の喉元目がけて切っ先を突き出したが、寸止めで動きを封じた。


「……ぐっ……」

「大人しく情報を教えてくれれば見逃します」


 片手剣が、地面に突き刺さる。

 体格差で勝てると考えた兵士は、レミの圧倒的な強さに驚愕していた。

 舞うようにして振るう薙刀は軌道が読めず、体と武器の動きが若干ずれているので防ぐことも難しかった。


 冒険者ランクにしてDランク程の兵士では、そもそも相手にならないのだ。

 手数で攻めることができると思っていたようだが、薙刀の攻撃は舞いにより遠心力を乗せられているため火力が高い。

 片手剣だけでは受け止めることができず、こうして武器を手放してしまった。


 未だに痺れている手をさすりながら、兵士は後ずさる。

 だがレミはそれを許さない。

 すぐに詰め寄り、薙刀の石突で足を叩いて跪かせる。


「でっ!」

「逃げようとしない」

「うぅ……」


 また喉元へと刃を向ける。

 流石に観念したようで、兵士は項垂れて降参した。


 とりあえず話を聞ける状況を無理やり作ったレミは、早速質問を投げかけた。


「貴方は誰の差し金? 領主様じゃないわよね?」

「な、何故そのことを……」

「勘」


 嘘である。

 だが彼の言葉でこの兵士は領主からの命令でここに来ているわけではないということが分かった。

 木幕の言う通り、誰かが領主命令と偽って石動に武器の製作依頼をさせたのだろう。


「で、誰?」

「……い、言えない……」

「そう。じゃあ自分で調べる。貴方はどうして雇われたの?」

「お、俺は犯罪者奴隷だった……。解放してくれる代わりに、ここに来て武器を貰って来いって言われたんだ……」

「だからあの人が兵士をボコボコにしても何も言ってこなかったのかぁ……。にしても懲りないわね。あの人は既に依頼を突っぱねてるわよ?」

「知ってる……。だがどうしても欲しいらしい。でもその理由は知らない……」


 犯罪者奴隷を自由に扱える人物となると、限られてくるとレミは考えていた。

 これは奴隷商あたりが怪しいかもしれない。

 どうしてこんなに回りくどいやり方をするのかは分からないが、それも調べていけば分かることだろう。


 あとはこの辺の貴族が奴隷を買ってここに向かわせている、などと言ったことが考えられるが、何度も何度も奴隷を買って送り込むのは金が掛かるはずだ。

 繰り返し行えることではない。


「じゃ、貴方がいた奴隷商って何処?」

「っ!? い、言えない!」

「口止めされてるのね、そこに。じゃあ見当がついたわ。貴方はどうするの?」

「み、見逃してくれるのか……?」

「まぁ話は聞いたし。もう用はないわよ」


 そう言って、レミは薙刀を下げた。

 とは言えまた急に襲い掛かってこられても困るので、警戒だけは解かない。

 兵士は酷く安心した様子で、胸をなでおろしていた。


 無駄な殺生は木幕が許さないだろう。

 抵抗していない人間に手を掛けることはしてはならないと、随分前に教えてもらった。

 今はそれを守っているだけだ。

 襲ってくるのであれば容赦するつもりはないが。


「お、俺は……これからどうすれば……」

「知らないわよ……。あ、じゃあライルマイン要塞に行ったら?」

「な、なんでだ……?」

「今そこにスラム街から兵士を集めてる孤高軍っていうのがいるの。身寄りのない人たちを片っ端から集めてるらしいから、貴方も入れてくれるんじゃない?」

「でも犯罪者だぞ……?」

「これから手を染めなければ問題ないでしょ。あの人強いし」


 あの人とはライアのことだが、彼は沖田川の剣術を全て修得している。

 まだ極めている途中ではあるが、それでもあのバネップといい勝負ができる程にまで強いのだ。

 一人犯罪者が入ったとしても何の問題もないと思う。


 それに、この兵士は自分がやったことに対して罪の意識をしっかりと持っている。

 これであればライアがやっていることの手伝いもしっかりすることができるだろう。

 あとは彼次第ではあるが。


「まぁ無理にとは言わないけど」

「……戻ったとしても奴隷落ちだ。行かせてもらうよ……ありがとう」

「どういたしまして」


 兵士は疲れ切った様子で、吹き飛ばされた片手剣を拾った。

 それを鞘に納めたあと、またレミの方を向く。


「ラティシュー奴隷商、クリード・ラティシュー。俺はそいつが経営している奴隷商から派遣された」

「分かったわ」

「それと派遣は二日に一度だ。明日は来ないだろう」

「随分喋ってくれるのね」

「まぁ……礼だよ……礼……」

「そ。じゃあライアって人を訪ねてね。多分まだいるでしょ。いなかったらルーエン王国に行くといいわ」

「分かった」


 兵士はぼりぼりと頭を掻いた後、立ち去った。

 思わぬ情報を手に入れてしまったなと思いながら、レミは明日の作戦を考える。


 一日猶予ができたのだ。

 これであればスゥと二人で調べ物をしに行くことができる。

 何とか証拠を見つけて、ここに奴隷を来させるのを止めてもらわなければ。


 一番良いのは領主と直接話をする事だが……今の段階では無理だろう。

 なんの繋がりもないのだから。


「とりあえず、まずは周辺調査ね……」


 今はラティシュー奴隷商の場所すら分かっていない。

 まずは場所の把握、そして人物像の把握をすることになるだろう。

 その後、レミは大きなため息をついた。


「……師匠、やっぱり勇者の尾行より難易度高いです……」


 そんな独り言を言ってから、レミはスゥに文字をもう一度教えに戻ったのだった。

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