5.34.魔王軍の兵
この世界に来て、何度か聞いたその名前。
魔王軍。
始めてその名前を聞いたのはリーズレナ王国だ。
出会った勇者一行からその名前を聞いた。
当時は関わる気などなかったし、そもそも良く分からなかったので適当に流した記憶がある。
まさかここで関わってくるとは思っていなかったのだ。
「儂は知らんのぉ。子供たちのことで体一杯であった」
「僕も分からないなぁー。ずーっと殺してただけだし」
「俺もぉ……知らぬぅ……。なんせ閉じ込められていたからなぁ……」
男性陣三名は魔王のことは知らないらしい。
やはり知らないかと諦めかけたが、水瀬が小さく手を上げる。
「知ってますよ」
全員が水瀬の方を向く。
その顔は何故知っていると言わんばかりのものだ。
水瀬は方々を旅している内に、魔王や魔物という単語をよく聞いていた。
出会う人々に助けられ、世話になったことも少なくない。
基本は護衛や釣りの仕方などを教えて仲良くなったりするのだが、夜になれば焚火の前で語り合う。
それにより彼女はこの世界のことを多く知っていた。
勿論その中には理解できないものが多かったのは事実。
魔術だの魔法道具などの原理は一切わからないし、ここでの常識やギルドの事などもよく理解できていなかった。
一番分からなかったのは魔物についてである。
水瀬も旅をしている内に何度かそう言った怪異に遭遇したのだが、基本的にはそれを糸も容易く討ち倒すことができた。
しかしあのような絵巻物に出て来そうな怪物が、まさか現実に出てくるとは思いもよらなかったことだ。
だから気になったし、その存在について調査したこともある。
そう言った話もよく他の人々から聞いたものだ。
勿論魔王軍についても。
「魔王軍……まぁ要するに一国が保有する兵士ですね。ここまでは分かるでしょう?」
「戦国武将の兵力と言ったところかの」
「まぁ人じゃないんですけどね。貴方たちに分かり易く言うのであれば、怪異、異形の類になります。こういうの、槙田さん得意そうですけど」
「地獄から這い出たぁ……妖、かぁ……」
「あー、そっちの方が分かり易いですか」
槙田の言った妖という言葉。
これを聞いて全員がなんとなく納得することができた。
しかし魔物は妖とは違う。
正確に言えば水瀬の言った怪異や異形の類に入る者共だろう。
何かの形に似ているだけで、その根本や内部の構造は全く違うのだ。
以前木幕が対峙したボレボアやリザードマン。
ボレボアは熊の様だったが、そもそも足の数が違うし口が大きすぎる。
リザードマンはトカゲと形容するのが正しいが、まず二足歩行で知能があった。
ただ似ているだけで根本は全く違う。
その異形が隊列を成せば、それは魔王軍となる。
そして奴らを従える頂点に立つ者こそが魔王。
要するに殿である。
魔王とはこの異形共の主であり、人間たちを殲滅せんと跋扈する脅威。
その兵力は数えることができないらしい。
だが思い切った大きな戦争はここ数十年一切しておらず、状況は拮抗している。
最近になって少し活動が活発になっていて城が何個か落とされたという話だったが、落とされた城は人間軍がまた取り返したらしい。
そんな簡単に取り返せるものなのかと疑問に思ったが、魔王軍は魔物の集団。
落とした城は食料だけを奪い尽くし、後はほとんど放置するのだという。
余り知的な存在はいないようだ。
「魔王とその配下は違うらしいですけどね」
「魔王のいる城には誰も攻めぬのか?」
「勿論叩こうとした人はいるらしいですよ。一つの国に勇者と呼ばれる存在の人間がいるのです。それらを集結させ、攻めた時があったらしいのですが……」
随分昔の話だ。
何年前の話なのかということも忘れ去られている。
その当時、魔王を倒さんと各国の勇者が招集され、人間が保有する最強の軍勢を魔王城へと向かわせた。
勇者たちは襲い来る魔物たちや魔族と呼ばれる知性を持つ存在を蹴散らし、魔王の喉元へと刃を押し込んだ。
人間軍は勝利し、平和な時代が幕を開けると思われた。
だが、そうはならなかった。
また魔王が産まれたという話が飛び交ったからだ。
それからも魔王を殺してはまた新たな魔王が産まれた。
いなければならない絶対的な存在のように、何度でも、何度でも蘇ったのだ。
しかし、生まれ変わった魔王は性格も違えば性別も違った。
魔族の中に魔王になるものが存在していると考えた人間たちは、本格的な殲滅作戦を開始する。
だがそれは終わらない戦いの始まりでもあった。
次第に魔族も力を付けていき、人間の里や城を落とすまでの脅威と昇華する。
彼らは戦いの中に身を投じ続ける。
その中から生まれた選りすぐりの存在は、全ての戦いに置いて人間たちは困難を強いられることになった。
命を落とす勇者も、少なくはなかったのだ。
今では魔王まで手が届かない。
戦力を集めればそれも可能かもしれないが、双方にとってそれは多大なる犠牲を払う戦争になる。
向こうもそれを分かっているのか、最近は小競り合いのような兵力しか送ってこないのだという。
「まぁ、人伝手に聞いた話ですけど」
「真意は置いておいて、人々の共通の敵が魔王軍ということなのだな」
「そうなりますね」
ローデン要塞は、冬の間国外へ行くことは非常に困難だ。
こうなってしまった以上、戦うしかあるまい。
覚悟を決めると、木幕の体が薄くなり始める。
どうやら時間が来たようだ。
「む……。最後に一つ聞いても良いか?」
「何ですか?」
「お主らは……同郷の者を何人殺した?」
津之江は四人の侍を殺している。
それはあの刀を見て分かることだ。
であれば彼らも相対したことがあるかもしれない。
だが、全員が首を横に振った。
「僕が姉上以外に会ったのは、木幕さんだけだったなぁ」
「俺もだぁ……」
そんな声を聴いた後、木幕の意識は現実へと引き戻される。
起き上がってみればもう朝だ。
今日は、ギルドへと行かなければならない。
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