5.29.老人
冒険者ギルドは慌ただしく、職員が中でバタバタ、外でバタバタとしていて落ち着かない。
だが外に出てみれば、ギルド周辺を除き静かなものだ。
そもそも寒すぎて家の中から外に出る者の方が少ないのだ。
必要最低限の外出は控えているのだろう。
しかし子供たちは無邪気だ。
寒い中でも防寒具をしっかり着込んで外で遊んでいる。
真昼なので今は一番温かい時間ではあるが……とても真似できるものではない。
だが雲行きがさらに悪くなっているように思える。
そろそろ吹雪いてくるかもしれない。
大人たちも家に入ってくるように呼び掛けている。
津之江の店までやってくると、良い匂いが漂っていた。
どうやら店を開けていて、今は仕事をしている最中のようだ。
お客は意外と多いようで、空いている席の方が少ない。
中々繁盛している様だ。
表から入るのは憚られたので、とりあえず裏口から入ることにする。
スゥを連れて遠回りし、中に入ってみるとざわざわといった熱気に二人は一度押されてしまう。
中には様々な冒険者と普通のお客が混じっており、机に並べられているうどんらしきものを全員が食べている。
良い出汁の匂いがここまで漂ってきていた。
レミとテトリス、そして津之江が忙しなく動いており、注文を取ったり料理を運んだりと忙しそうだ。
これは邪魔してはいけないなと思い、木幕は静かに階段の方へと向かって行った。
暫くは話しかけられそうにないので、二階で暇をつぶすことにする。
◆
スノードラゴンとボレボアを討伐した後ということもあって、どうやら体に疲れがたまっていた様だ。
ベッドに寝転んだ瞬間に寝てしまっていた。
スゥも同じであったようで、隣で寝息を立てている。
外を見てみるがまだ夕方ではない。
寝過ぎたということはなさそうだが、下から聞こえてくる声は小さくなっている。
どうやら忙しい時間帯は通り過ぎたようだ。
スゥに布団をかけなおしてから下に降りる。
すると疲れ切っているレミが机に突っ伏して脱力していた。
相当疲れている様だ。
他にも一人の老人が少し遅い昼食を取っている。
食べ方は非常にゆっくりではあるが、心底美味しそうに食事をしていた。
横目でそれを確認した後、レミに声をかける。
「レミよ、ご苦労であった」
「あ、師匠……。帰って来てたんですね……。いや、流石に稽古終わりにお仕事の手伝いをさせられるとは思っていませんでした……」
「充実しておるな」
「そ、そう言われるとそうなんですけども……」
レミはこういう仕事をしたことがなかった。
慣れていないということもあって疲労が二倍増しで蓄積されたのだ。
疲れるのも無理はない。
机に置いてあった水をコクコクと飲んだレミは、大きくため息をついた。
テトリスと津之江はこれくらいのことへっちゃらだと言わんばかりに、片付けと夜の仕込みをしている最中のようだ。
しかしうどんを再現しているとは思っていなかった。
これは後で是非とも食べさせてもらいたいところだ。
すると奥の方からテトリスが歩いてきた。
レミの前に温かい茶を置く。
「あれ、木幕さん帰って来てたの」
「うむ。……それは?」
「これ? 津之江さんが見つけた葉っぱで作ったお茶よ。りょくちゃ、っていうらしいけど」
「某にもくれるか?」
「いいわよ」
その後テトリスは、急須のようなものを持ってきてくれた。
これは津之江が鍛冶師に頼んで似たお湯な物を無理に作ってもらったものであるらしい。
だが鉄で作っているものなので、随分と熱くなっている。
扱いに気を付けるようにして、テトリスは持ち手に布を巻いて湯飲みにお茶を注いでいく。
それを口にしてみると、程よい苦みで緑茶独特の風味が口に広がった。
この世界で緑茶に出会えるとは思っていなかったので、なんだか懐かしく思って一息つく。
良い味だと感心する。
「おーい、嬢ちゃん。それこっちにもくれんかー?」
「あ、はい!」
少し離れていた場所で食事をしていた老人が、軽く手を振りながらテトリスにそう言った。
すぐに湯飲みを用意してテトリスはその老人に緑茶をふるまう。
「良いもんじゃのぉ……。津之江殿は良い腕と観察眼をお持ちだ……」
「そうですよね~。私もこんな葉っぱがお茶になるだなんて知りませんでした」
「じゃが若いもんは苦手かもしれんな」
「はは……私もあんまり美味しいとは思えない口でして……」
「歳を取れば分かるぞ」
老人はそう言いながら、また茶をすする。
彼は寒がりなのか少し着ぶくれていた。
まるで布団を被っているかのような服装をしている。
民族衣装というのが正しいだろうか。
木幕と似たような物だが、そうではない。
ゆったりとした布製の服には様々な柄が色鮮やかに混じっているが、それを違和感には思わなかった。
太い腰帯は後ろで蝶結びにされており、着流しのような服を何枚も着こなしている。
彼の隣には背丈よりも大きな武器が置いてある。
その姿は布に巻かれて拝むことはできなかったが、これはリーズの持っていたロングソードと呼ばれるものではないだろうかと木幕は予想した。
布がひし形の形をしているのだ。
だが彼には似つかわしくない程の大きさである。
このような物を振り回すことができるのか、いささか疑問が残るところであった。
気になって話を聞いてみることにする。
「ご老人。それは武器か?」
「そうじゃよ。長年の付き合いだ……。手放そうにも手放せんでね」
「それは良いことだ」
「おお、分かるか」
「無論」
そう言いながら、二人は自身の得物を撫でてやる。
長く苦楽を共にしている相棒なのだ。
性能が悪くても、例え刃零れしようとも、これは何も変えることのできない財産。
二人はその考えが一致しており、少ない言葉を交わしただけだが親近感が持てた。
老人はともかく、まだ若い木幕がこの考えに至るのは爺臭いと言われるかもしれないが、こういった人材は貴重だと、この老人も分かっている。
「名前は何と言うんじゃ?」
「木幕。木幕善八である」
「珍しい名前じゃな。儂はメディセオ・ランバラルじゃ」
「む? 引退した勇者であったか」
「ほぉ、それも知っておったか。見ない服装で旅の者かと思って知らんかと思っておったわ」
「「!!?」」
彼らの会話に気耳を立てていた二人は、こちらを凝視して驚いた。
引退した勇者がなぜこんな所にという疑問と、何故木幕は彼と対等に喋っているのかという疑問が頭を交差し混乱する。
「も、元勇者様!?」
「ぬ? なぜ勇者見習いのお主が知らぬのだ……」
「え、いやだって! 私が知ってるのティアーノさんだけだもん! 引退された勇者様の顔すら初めて見たわ!」
「ほぉ~。お主が次期勇者候補か」
「あっ! はい! テトリス・ファマリアルです!」
恐縮しながら自己紹介をしたテトリス。
しかしメディセオは小さくため息をついた。
「勇者なんて、碌なもんじゃない。この店の味を継いでくれる方が、勇者らしいとは思うんじゃがなぁ……」
「え……?」
そう言った後、彼は代金を少し多めに置いて店から立ち去ろうとした。
多い分のお金を返そうとしたテトリスだったが、美味い飯と緑茶の礼だと言ってそのまま出て行ってしまう。
だが、彼女は今の彼の言葉を聞いて揺れていた。
これでは良くないかもしれない。
そう思った木幕は、彼の後をついていこうとする。
「え、何処行くの……?」
「少し話を聞いてくる。待っていろ」
「……うん」
そう言い残し、木幕はメディセオの後を追いかけた。
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