5.7.元気


 雪が降っているだけあって、やはり日の出が遅い。

 まだ未明の時刻、屋根からドドドドッという音を聞いて飛び起きる。

 家が揺れる程の大きな音だ。

 今ので二階で寝ていた者たちのほとんどが目を覚ましてしまっただろう。


 何が起きたと窓を開けて確認する。

 だが先ほどの音はもうしておらず、原因が何か良く分からない。

 次第に心配になり始めたレミだったが、窓から顔を出して真下を見てみれば、その音の原因が分かった。


「な、なんだ……雪が屋根から落ちたのね……」


 家の中にいてこのような轟音は初めて聞いたので、驚いてしまった。

 ほっと胸をなでおろし、窓を閉めて布団に戻る。


 だが、残念なことに目が覚めてしまった。

 あのような音、慣れていなければ驚いて飛び上がってしまうのは仕方がない。

 初めての出来事に客も数人慌てている様だ。


 ふと同じ布団で寝ているスゥを見る。

 静かな寝息を立てて寝ているところを見るに、風邪薬が効いたのだろう。

 これであれば明日にはここを出立することが出来そうだ。


「?」

「あっ、起こしちゃった? ごめんね」

「~っ」


 目をこすりながら欠伸をして起き上がるスゥ。

 昨日は早くに寝たので、この時間に起きてしまったのだろう。


 顔色もいい。

 昨日は少しふらふらとしていたが、今はそのようなこともない様だ。

 もう大丈夫だろうともう一度確認したレミは、うんうんと頷いて満足する。


「っ!」

「ん? 外?」


 スゥは窓を指さして、トテテッと近づいた。

 窓を開けると、冷たい風が中に入ってくる。

 それによって完全に眠気が飛んでしまった。


 窓を開けたまま身を乗り出し、外の様子を見るスゥ。

 何かあるのだろうかとレミも近づき、スゥを抱いて外を見た。


 すると、空一面に星が散らばっていた事に気が付いた。

 ここまでの道中は自分の事で精一杯で外の景色を見るなどという事は一切なかったので、美しい星空を見て「おおぉ~」という声が自然にこぼれてしまう。


 この時間はまだ太陽が出ないので、こうして星空を見ることが出来る。

 空気が澄んでいるし、街灯は殆どないので良く見えた。


「綺麗だね~」

「っ! っ!」

「え? 外に出るの?」

「っ!」

「フフッ。じゃあ服着て行きましょうか」


 目も覚めてしまったし、今日はやることもない。

 すぐに服を引っ張り出して着こんだ後、スゥにはマフラーと手袋を付けてあげる。

 これも買ってきた物だ。

 完全装備をした二人は、周囲の迷惑にならない様に静かに扉を開けて、できるだけ足音を立てない様に外に出た。


 子供にとってはそれだけでも面白い遊びとなる。

 レミもこのように静かに行動するのを面白く思い、スゥと一緒に笑いをこらえながら忍び足で廊下を歩いていく。

 軋んでギィッという音を聞くと、ピタッと止まって「やっちゃったぁ」という表情をして二人でクスクス笑う。

 そんな事を繰り返しながら、ようやく宿の外に出ることができた。


 白い雪が家々に積もり、雪明かりが地面を照らす。

 暗い青白い色が冬の寒さを増長させるが、今は服を着ているので全く問題ない。


 クープが歩いた道は凍っており、スゥが氷の上を滑るようにして遊んでいた。

 夜になって冷え込み、踏み固められた雪が凍ったのだろう。

 歩くのには注意しなければならないなと思いながら、レミは慎重に道を歩いていく。


 もう一度星空を見る為、少し上を向いた。

 すると、星空以外にも綺麗なものが移り込む。


 山。

 葉っぱが無くなった木に白い雪が積もっている。

 乗っている雪の量は多いが、それでも隙間から木の色が見え隠れしておりメリハリがついていた。

 その山を上になぞって見て行けば、峠が見えてその奥と上には美しい夜空が映し出される。


 冷たい空気が鼻を突き抜けて肺に入り、白い息となって吐き出された。

 見とれてしまいそうな景色と、それを見る女性。

 後ろでははしゃぐ子供は別の事に趣を向けているようだが、それもまた一つの楽しみ方。


 ここに来てよかった。

 一目見て満足させてくれるだけの景色が、そこには鎮座していた。

 自然の力というものは凄いものだ。

 どうしたって人には生み出せないものを、息をするように見せつけてくる。


「あれ? そう言えば昔師匠が感性うんぬん言ってたような……。これ何かに使えないかなぁ?」

「っ~♪ っ!?」

「え? ってスゥちゃん大丈夫!?」


 後ろでスゥが転んでしまったようだ。

 だがすぐに立ち上がって、片手を上げて大丈夫だという意思表示をしてくれた。


「っ!」

「もー。ふふふふっ」


 未だにはしゃぐスゥを愛おしく思いながら、元気になったと安心する。

 だけど少し元気すぎるような気がするのだが、それは心の中だけに押しとどめておいた。

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