4.39.価値が付けられない
机の上に置かれているあり得ない程の大きさの鉱石。
気絶してしまったクレイン。
持ってきた紅茶を零しそうになるリューナ。
平然とした様子で鉱石を出していく木幕とそれをゆっくりと見守るバネップ。
そしてこの現状を無視していいのかと思いながらも席を立つことのできないレミ。
情報量の多いこの部屋に、沈黙が流れる。
これは見てもよかったのだろうかとリューナは机の前にきて思ったが、それよりも困ったことがある。
持ってきた紅茶とお菓子が机に置けない。
どんどん積まれていくクオーラ鉱石に邪魔されているのだ。
こういう時どうすればいいのかと慌てていると、レミがようやく動き出して隣にある小さな棚の上に置くように指示。
目的の物が見つかったのですぐに行動したリューナはほっと一息ついた。
しかしこの現状をどうしようか。
ようやく空っぽになった魔法袋を机の隅に置いた木幕は、バネップの様子を伺う。
彼も鉱石を吟味しているようだが、常に難しい顔をして黙り込んでしまった。
この空気、とても苦手である。
「き、綺麗ですね……」
リューナがぽろっとそんなことを口にした。
それを聞いたバネップは急いで立ち上がり、カーテンを閉める。
彼の動きを見て何か不味いことを口走ってしまっただろうかと手で口を押えるが、バネップはゆっくりと戻ってきてリューナの肩に手を置いた。
ビクリと体を震わせ、お叱りが飛んでくるのではないかとぎゅっと目を瞑ったが、彼は優しい口調で彼女を褒めた。
「失念していた。このような綺麗な物、誰かに見られれば大事だ」
それだけ言って、椅子に座りなおす。
これだけの大きさで、これだけの量のあるクオーラ鉱石。
木幕の言った通りおいそれと人に見せびらかして良い物ではない。
彼はギルドでもこれを見せるのを拒み、その為に依頼を達成していないのではないかという疑いを受けた。
それも仕方がない事だろう。
だがそれだからこそ、ここに持ち込んでくれた。
「配慮、感謝するぞ」
「成り行きでこうなったのだ。気にしなくていい」
「フッ、そうか。だがこれはどれもこれも素晴らしい物だ……。一つとして国宝級でない鉱石が無い。良い値で買い取りたいのは山々なのだが……」
「歯切れが悪いではないか。どうしたのだ?」
「うぅん……。端的に言ってしまえば、価値が付けられない」
「なるほど……」
そう言い、バネップは指にはめていた指輪を外し、それを木幕とレミに見せてくれた。
指輪には綺麗にカットされている黄色い鉱石が埋め込まれており、それがクオーラ鉱石であるという事が理解できる。
「これは金貨二百枚の代物だ」
「ええ!!?」
「見事な職人技。それだけの価値はあるだろう」
金銭感覚には疎い木幕だが、レミの反応を見ていればどれだけ高価な物かは理解できる。
それに加えて細かい装飾が施されており、家紋の様な紋章が刻まれていた。
これを作るだけでどれだけの時間がかかるか分かった物ではない。
レミからすればこれだけの小さな石が、という認識でしかないが、木幕は然るべき値打ちだと納得していた。
そしてこの金額を聞いて、バネップが言った価値が付けられないという事にも合点がいく。
「これだけで国が買えるほどの金が手に入るだろうな」
「はー……」
「ふぁー……」
金額の大きさが良くわからなかったリューナも、その発言を聞いてようやくこれらの価値を理解できたようだった。
レミと仲良く魂が抜けていく。
軽い気持ちで採って来たこの鉱石がまさかそこまでの物だとは。
国宝級であろうと価値は付くだろうと思っていたのだが、そうではないと知ってしまえば驚くほかない。
だが売る方法はある。
クオーラウォーターだけは性質上売ることは難しいが、クオーラ鉱石だけは砕けば金になるのだ。
勿体ないかもしれないが、そうしなければ金にする事は出来ない。
「なのでクオーラウォーターは、割ったほうが良いかもしれんな」
「ふむ、最後の三つも割ることになるとは」
「……今何と言った?」
「む? いやなに、クオーラウォーターは本当はこれ以外のも数十個あったのだ。諸事情により割ったが」
「躊躇なく割るとは……。歴史的財産を壊すことと相違ない行為だぞ?」
「必要だったのでな」
「目的があるのであればよいが……」
流石にこれには呆れられてしまった。
国宝級の宝石を何の躊躇いもなく割ってしまったというのだから、そうなるのも当然だ。
沖田川の弟子のライアは放心していたが。
話を戻して、この宝石の事について考えなければならない。
割って金になるのなら喜んで割る。
クオーラ鉱石の事に関してはこれで問題ないだろう。
問題はクオーラウォーターの方だ。
宝石の中に水が入っているのがこの鉱石の特徴。
割ってしまえばその水が出て台無しになる。
流石にそれはもったいないし、国宝級の鉱石を目の前で割られても困るので、一つの提案をしてくれた。
「国に献上するというのはどうだろうか?」
「献上であるか」
「それで多少は金が入るだろう。だが問題もある」
「何処で見つけたか、どうやって採って来たのか……か」
「うむ」
これ程の物が眠っていると知られれば、血眼になって冒険者がクオーラウォーターを求めて洞窟に潜ることになるだろう。
この鉱石は基本、波打ち際に落ちている物を回収する程度で、湖の中に潜るという事はしない。
その理由としては、クオーラクラブの住処である湖に好んで入ろうなどを考える者はいないからだ。
入った挙句、結局は襲われて食べられるのがオチである。
それが鉱石採取での基本なのだ。
そして、クオーラウォーターを回収してきた木幕は勧誘されることになるだろう。
貴族もその限りではない。
圧倒的な権力を持った国すらも事を起こす可能性がある。
なので一番いい解決方法としては……。
「壊すことだな」
「では壊すとしよう」
「はははは、面倒ごとは好かんか」
「当たり前だ。バネップ殿とはたまたま相性が良かっただけの事。他もそうとは限らん」
「確かにそうだ。明らかに年上に者に対してここまで自分を押し通せるものも少ない」
「そう言う訳ではない。主の家臣であればこの語り口調も止めよう。だが敵国の将軍相手に敬語など、なめられてしまうでな」
「戦場の教訓か。間違ってはいないな。どうだ、手合わせでもするか? 見たところいい腕を持っている様だからな」
「バネップ殿もその特有の圧、ここに来て初めて感じた。良い立ち合いになるだろうが、今体を壊されては敵わん。また今度でよいか?」
「動けるうちに来てくれることを願おう」
「情けない事を言うでない」
「はっはっはっは! 確かにそうだ!」
レミは二人の会話を危機ながら、そろーっとリューナに近づく。
「リューナちゃん」
「何でしょうか……」
「何でこの人たちはこんなに馬が合うの?」
「ごめんなさい、答えることは難しいです……」
「だよねー」
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