3.9.殺害現場
指定された酒場に来てみると、衛兵が数人立って警戒をしていた。
今は死体の片付けや、周囲への聞き込みを行っている最中の様だ。
通り過ぎる人々に手あたり次第質問をしている。
木幕はそれを無視して酒場に入ろうとする。
しかし、それを黙って見過ごす程、衛兵は馬鹿ではない。
すぐに木幕の肩を掴んで、止めさせる。
「ま、待て待て勝手に入るな!」
「? 何故だ? 某はぎるどからの依頼できたのだが」
「依頼? 嘘だろ? こんなわけ分かんねぇ事件誰が引き受けるんだよ」
「某だが?」
言葉だけでは通じそうにないので、とりあえず貰ってきていた依頼書をその衛兵に渡す。
それを見た衛兵は、まじか……という驚いた表情で木幕と依頼書を見比べた。
だが、とりあえず信じてくれた様だ。
木幕に依頼書を返してから、兜を取って挨拶をする。
「疑ってすまなかった。俺は衛兵をしているロディックだ」
「難しい名であるな……。某は木幕である」
「あんたも難しいなおい……」
この世界の住人からしたら、木幕の名前は珍しくて覚えにくい。
逆に、木幕からしたらこの世界の住人の名前は珍しい、というより難しくて覚えにくいのだ。
つまりどっちもどっちである。
ロディックは覚えにくいのであれば、ロディとでも呼んでくれという事だったので、木幕はそう呼ぶことにした。
これであれば覚えやすいし、言いやすい。
こうして配慮してくれる人物ともっと出会いたいものだとは思ったが、流石にそこまで都合の良い話は無いだろう。
「では、入らせてもらう」
「おう。俺が現場の説明をしよう」
ロディックは外にいたもう一人の衛兵にこの場を任せ、木幕と一緒に酒場に入る。
中に入ってみると、そこは一言で言えば地獄絵図の様な光景が広がっていた。
まず目に入ったのは、倒れたり壊れてりしている机や椅子。
誰かが喧嘩をしたのではないかという程に投げまわされており、乱雑に転がっていた。
食器なども割れていたり、運ばれた料理なども床に散らばっている。
そしてそれには、人の血だと思われる赤い液体が付着していた。
既に血は固まってしまっているようで、色は濃くなってしまっているが、その匂いは強烈だ。
慣れていなければ匂いに吐き気を催してしまうだろう。
衛兵もここまで酷い場所を見たことは無いのか、口元抑えて状況を説明してくれた。
「被害があったのは、昨日の夜。死者は店の中にいた客と店員、それに加えて一人の衛兵。合わせて二十四人。近くで騒ぎに気が付いた住人が報告をしてくれたのだが、向かった時には既にこのありさまだった」
「下手人の格好などは分からぬのか」
「フードを被ってて顔は見えなかったと言っている。ただ、血濡れのローブを纏ってはいたらしい。これはギルドにはまだ報告していなかったな。すまん」
血濡れのローブは確かに本人を特定するのに重要な物かもしれないが……。
それを脱いでしまったら一般人と変わらない。
もっと何か違う特徴があれば良いのだが……。
「持っている武器は?」
「武器は……槍……だったらしい。だが形が少し違う様だ」
「違うとは、どのように?」
「俺も聞いた話だからよく分からないんだが、槍の先が変な形だったらしい。それに、木を使った柄だったそうだ」
木を使った柄に、変わった形の穂先……?
木幕から見れば、この世界の槍も相当変わっている。
鉄で覆われた槍の柄、斧のような穂先。
それ以外に何か変わった武器があるというのだろうか。
「木の柄を使った槍は珍しいのか?」
「いや、そんなことは無い。物資が不足気味の村とかではよく使われる代物だ。買おうと思ったら高いしな」
そんなに珍しい物でもないらしい。
余り当てにはならない情報だった。
とりあえず部屋の状況をもう少し詳しく見てみることにする。
一体なぜこのような奇行に走ったのか、まだ全く分からない。
何か手掛かりになる物がないかと、転がった椅子や机、部屋の傷などを見て、木幕なりに分析する。
床には新しい傷は殆どない。
机や椅子、壁にもそれらしい傷は無かったのだが、床の一部だけが異様に凹んでいた。
捲れている、と言ったほうが正しいのかもしれないが、何か強い力で抉り取ったように感じる。
これは一体何だろうか……。
しかし、部屋に全く傷がない。
交戦は殆どしなかったのだろう。
どちらかというと、客は逃げに徹したといった所か。
逃げに徹している客を、店から一人も出さずに二十四人……いや、ニ十三人を殺す早業。
人間が成せる技ではない。
「……他も似たような物か」
「そうだな。だが、飲食店に集中しているようだ。食い逃げでもしたんだろうか……」
「食事処であるか……」
何故食事処に集中しているのか、理解できなかった。
金銭目当てであれば、そう言った所を狙えばいい。
確認してみても、店の金を盗られているという事はなさそうだった。
この下手人は、一体何が目的で殺人を繰り返しているのだろうか。
今わかっている事と言えば、次に襲われる場所も食事処だろうという事だけだ。
この国には様々な場所に食事処がある。
勘でその辺りを警戒しても、意味はないだろう。
「ロディ殿よ。衛兵共に笛を持たせよ」
「もう持たせてるよ。発見する前に死んじまうんだ。正確には確信する前には、だがな」
「左様か。こればかりは運やもしれぬな」
「ああ」
はて、下手人の目的は一体何なのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます