2.20.偽勇者アベン


 アベンはガリオルに呼び出され、廃墟に来ていた。

 もう使われていない場所で、ここは貧困層の民たちが集う場所だ。

 汚らしくてたまったものではない。


 なぜこのような場所に呼び出されたのかというと、ガリオルが一度本気で立ち会いたいという要望があったからだ。

 両者が本気を出せるように、このような場所を用意したのだという。

 立ち合いなら外でもいいのではないだろうかと思ったが、アベンの持つ紅蓮焔は炎を使う。

 なので森が不必要に燃やされないようにするため、ここが良いという事になった。


「てかガリオルまだかなぁ~」


 呑気な口調で空を仰ぐ。

 ガリオルがここに来ないという事を知らないアベンは、警戒も何もせずに座って待っていた。


 ひた……ひた……。


 裸足でゆっくり歩いてくる人物がいるという事に気が付いた。

 目を凝らして音のする方向をみてみると、みすぼらしい格好をした男がこちらに向かって歩いてきていた。


 なんだ、ここの住人か。

 そう思い、再び目線を空へと向けるが、何処か見覚えのある姿だったという事を思い出す。

 もう一度、その男を見た。

 男は裸足で、ボロボロになった服を着ており、立派な顎髭を蓄えで、鬼のような……悪魔のような形相でこちらを笑いながら見ていた。


 手足の枷は無く、その代わり両手には一握り程の石が握られている。

 男は後ろに怨念、憎悪といった感情をむき出しにして、一歩一歩、あえて相手に気が付かせるように足音を鳴らして歩いてくる。


 目があった。

 たったそれだけだ。

 だというのに震えが止まらない。


 逃げ出したいがそれも敵わない。

 逃げれるビジョンが一切見えてこないからだ。

 アベンはその男を知っていた……いや、知り尽くしていた。

 そのつもりだった。


「あぁあぁあべぇええぇえんん……」


 日ノ本では悪鬼、この世界では悪魔。

 その両方を兼ね備えたかのような負のオーラが、アベンを襲う。

 アベンは知らなかった。

 この、槙田正次という男の真の強さを。

 槙田は知らなかった。

 アベンという男に対する、手加減を。


「き、貴様! 何故!」

「ああぁははぁはあ゛ははあ゛あははあ゛あ゛!」


 その問いに答える義理はない。

 槙田は両の手に握っている石を連続で投げる。


「っ!!」


 辛うじて避けたアベンだったが、その石の威力に驚愕する。

 当たった壁が少し砕けたのだ。

 もしかすれば建物が風化して、そこだけ脆くなっていたのかもしれない。

 だが、動揺しているアベンは風華のせいで壁が砕けたのでは無く、純粋に槙田の力で壁が砕けたのだと錯覚する。


 こうも殺気を振りまきながら迫られては、アベンも対抗しなければならない。

 だが、アベンは槙田を殺すことが出来ないのだ。

 それはなぜか。


 槙田正次と、アベンの今持っている紅蓮焔は繋がっているからだ。

 アベンが槙田を騙して牢にいれた後は、別に餓死すればいいと思っていた。

 だが、牢に入れて二日で紅蓮焔の能力が弱くなったのだ。

 それに疑問を抱き、もしやと思い槙田にちゃんとした食事を取らせて体力を回復させたところ、紅蓮焔の能力は元に戻った。


 そこでアベンは気が付いたことがあった。

 槙田が死ねば、紅蓮焔の能力は死ぬ。

 非常に厄介なものだったが、飯を与えていれば、自分は勇者のままでいられる。

 アベンにとっては、そっちの事の方が大切だった。


 だが、わざわざ槙田の為だけに食事を届けるのは不審がられる。

 なので、物乞いにも沢山の食料を与え、只の良い人というイメージを住民に植え付けさせた。

 これにより、定期的に槙田に食事を届けれるようになったのだ。


 だが、今奴は目の前にいる。

 何故だ何故だと考えていたが、結局はこいつをまた同じ牢に戻せばいい話だ。


 アベンはついに、腰に携えている紅蓮焔を抜きはなった。


「いくぞ!」

「ははははははぁ! こぉぉおお゛ぉお゛い゛!!」


 紅蓮焔は炎を出現させることが出来る。

 刀を抜いたアベンは、大上段に構えて真っすぐに素振りをした。


「はぁ!」


 すると、炎が槙田に向かって真っすぐ噴射される。

 まるで爆発の後のような炎だ。


 槙田はそれを横に転がって避けるが、次から次へとアベンは炎を繰り出していく。

 槙田は走って石を探す。

 手ごろな石を掴んで、今度こそ当てる勢いでぶん投げる。


 だが見当違いの方向へと飛んでいった。

 炎でアベンの姿が見えなかったのだ。


「チィ……」

「大人しく戻れば火傷しないよ!」

「小童がぁ……」


 アベンはこのまま炎を繰り出していれば、近づかれることもなく勝てると確信していた。

 この武器は強い。

 アベンはそれを信じてやまなかった。


 一方、槙田は不利だ。

 何とか石で応戦しているが、それでも投擲と範囲攻撃では分が悪すぎる。

 しかし、槙田の投擲は非常に正確だ。

 的がしっかりと絞れているのであれば、外すことはまずない。


 これは槙田が子供の頃に修得した技術だ。

 槙田は小さな村の子供だった。

 兄がいて、その兄に投擲の技術を教えてもらっていたのだ。


 だが、兄の様には上手く投げれなかった。

 今までも、これからもと、そう思っていたが、その時、兄に教えてもらった事を一つ思い出す。


『正次。もし、石投げが通じない相手が居たら、布を使いなさい』

『布?』

『武器になる』


 急いで物陰に隠れ、槙田はすぐに服を破って一つの布にする。

 そして、石を包んでぎゅっと縛る。 

 現代でいう所のブラックジャックだ。


 実を言うと、槙田は相手に接近する方法は考えていた。

 そしてそれは、確実に成功すると踏んでいる。

 では何故、それを始めから実行しなかったのか。

 理由が二つある。


 純粋に紅蓮焔の力を逆に受けてみたかったからというのが一つ。

 もう一つは……決定打がなかったからである。

 石で殴ればそれまでだが、それまでに切られる可能性があった。

 槙田は剣術、投擲術は得意だが、体術はからっきしだ。


 使うことのない兄の考えた技だとは思っていたが、こんなところで役立つとは思わなかった。

 だが確かに、これなら投げて当てるより威力がある。

 こんな簡単なことなのに、誰も考えなかったのは、武器の概念が固定されていたからだろう。


 そして、ここからが本番だ。

 槙田は一直線にアベンへと向かって行く。


「焼けろぉ!!」


 アベンは大上段に構えた。

 だが振り下ろす瞬間、槙田は叫ぶ。


「紅蓮焔ぁ!!!! 主に切っ先を向けるとは……何事かぁぁあぁあ!!!!!!」


 アベンは刀を振り下ろす。

 だが、炎が発生しなかった。


「なに!?」

「刀はぁ! 某の魂なりぃ!」


 脇構えでアベンに接近する。

 布の長さは見られていない。

 低姿勢で足を滑らすように運び、猪のように突き進む。


 アベンは炎が出なかったことに驚いたようだったが、もう一度振り上げて、今度は槙田を斬り伏せる勢いで振り下ろす。

 だが次の瞬間、アベンに炎が噴射された。


「ぐぁああ!!?」


 だがアベンは既に刀を振り下ろし始めている。

 その勢いは流石に目潰し程度では止められない。

 だが炎により、アベンは剣筋の軌道修正ができないことは確かだ。

 真っすぐに振り下ろされる切っ先を、半身回転して避け、その回転した勢いを利用してブラックジャックを振り抜く。


 ゴッ。


 石はアベンの顔面に当たり、体勢が完全に崩れた。

 槙田はすぐにそれを捨て、自らの持つ最大の力で、アベンの両手首に手刀を繰り出す。


「ぜぇああああ!」

「ぐぅ!?」


 刀を持つ手が一瞬緩んだ。

 すぐさま柄を握って紅蓮焔を無傷で奪い取る。

 そして今度は鞘をアベンの腰から奪い取った。


 だがそのままアベンを斬るという事はせず、ざざざっと後ずさりした。

 痛みに堪えているアベンを無視し、槙田は帰ってきた紅蓮焔を見つめる。

 一度納刀し、腰帯を結びなおしてから帯刀。

 槙田は紅蓮焔を撫でる。


「家出小僧が。ようやく帰ってきおったかぁ」


 槙田はこの時、この世界に来て初めて笑った。


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