2.19.作戦開始
夜になった。
木幕とレミは、作戦を開始するためにガリオルから指定されていた酒場に足を運んでいる。
夕食は貴族街ではなく、こちらで済ますことが既に決まっていたので、変な段取りを整える必要はなかった。
とりあえず適当に食事を摘みながら、勇者一行の到着を待つ。
暫くしていると、外が騒がしくなってきた。
どこに行っても取り巻きに囲まれるのは変わらないようで、勇者一行が来たという事が良くわかる。
「おーいマスター! 頼むぜー!」
「お任せください」
ガリオルがいつもと同じように、陽気に入ってきた。
作戦を成功させるため、いつもと同じように振舞っているようだ。
勇者一行は席に着き、食事を開始する。
この店の店主は勇者一人に付きっきりという訳ではなく、他の客にも平等に接しているようだ。
「ここの店主さんは良いですね~」
「……そうなのか」
「前にいたところの店主は……あの人たちに付きっきりでしたよ」
そう聞いて店主の顔をしっかりと見てみる。
この店には似合わないきっちりとした服装だ。
「そうか。美味いなこれ」
「果物好きなんですか?」
甘味などここに来てから一切口にしていなかった。
そのためか、より一層美味しく感じる。
因みにだが、木幕とレミは丈の長いローブを羽織って、勇者一行からバレないように席に座っている。
木幕は勇者一行全員から顔を見られているし、その特有な形の刀を見ただけでもすぐに気付かれてしまう。
なので、刀は袋に入れている。
隠せるところは全部隠さないと、木幕は目立ちすぎる。
ここまで隠せるようにするのに随分とお金を使ってしまった。
それでも余裕はあるが、これは一度ギルドでお金を稼がないといけないなと、レミは一人で頷く。
それから数十分。
「それを包んでくれるか」
「かしこまりました」
レミはその声に気が付いて、木幕の腕をちょんちょんとつつく。
木幕はレミが何を言いたいか理解したようで、ゆっくりと頷いて聞き耳を立てる。
「お! 今日も行くか!」
「行ってくるよ」
「……いってらっしゃい」
「早く帰って来いよー!」
ガリオルがわざと大きな声で、アベンに声をかける。
酒場は賑やかだ。
小さな声では聞こえないと配慮してくれていたのだろう。
アベンは一抱えほどの食料を持ち、店を出ていった。
「……帰ってくるのを待つだけだな?」
「そうです」
アベンが帰ってくるのは少し時間がかかる。
ガリオルの方をちらりと見てみると、目があった。
お互いに一度頷き合い、また机に目線を落とす。
「某らの仕事だ。気合を入れておけ」
「はい。…………大丈夫だとは思いますけどね……」
◆
どれくらい時間が経っただろうか。
この時間は非常に長く感じ、そわそわとしてしまうレミ。
木幕は慣れているのか、一切取り乱さずに平静を装い続けている。
レミは時々注意されて、一時的にじっとするのだが、やはり落ち着くことはできなかった。
尾行の時よりも緊張するのだ。
あの時はとりあえず見つからないことを前提に、後ろを付けていくだけだからよかったのだが、今回は救出作戦。
行く場所は同じなのに、やることがちょっと違いだけでこれほどにまで感情の高ぶりが違う。
そして何より、レミは槙田が怖かった。
それがこの緊張をなによりも増幅させている原因だ。
「ふー……」
「落ち着けというのに」
「無理です」
「おい……」
その時、店の扉が開く。
「おおー! 帰ったか大将!」
「ただいま~」
ガリオルがまた大声で、アベルが帰ってきたことを伝えてくれた。
木幕はそれを聞いてすぐに立ち上がった。
これからすぐにでも動き出しそうな木幕の勢いと止める為、レミも立ち上がって一回停止させる。
まだ勘定も払っていないので、すぐには動いてほしくないし、目立たせたくなかった。
レミは急いで机の上にお金を置く。
まだ気づかれていないことを確認した二人は、一緒にその場を後にする。
「師匠! もうちょっとゆっくり動いてくださいよ!」
「……すまぬ。少し事を急いた」
顔は無表情だし、座っていた時の落ち着きは見習いたいものがあったが、実際は木幕も落ち着いてはいなかったようだ。
「では案内せい」
「あ、はい」
やっぱり落ち着いてない。
心の中で少し笑いながら、木幕を槙田のいる場所まで案内する。
昨日勇者一行が食事をした酒場を通り過ぎ、裏路地へと入る。
そこを何度か曲がった所にある家が、槙田の囚われている場所だ。
誰もいないことを確認して、レミを先頭に中に入る。
その時に、鍵を掴み取って懐に入れておく。
そして、以前来た時と同じように、牢の部屋の扉を開けた。
「何奴かぁ……」
「木幕だ」
「……? あ、レミで~す……」
また開けた瞬間、あの殺気が飛んでくることを覚悟していたのだが、それは全くと言っていいほど来なかった。
何故今回は来なかったのだろうかと考えているレミを置いて、木幕は槙田に話しかける。
「お主が槙田正次か」
「如何にもぉ……。そういうお主はぁ……同郷の者かぁ。俺の殺気が通じねぇ……」
「そうだ。まずは刀を取り返しに行くぞ。話はそれからだ」
「いいねぇ……正々堂々ってのは……。ああぁ……頼みがあるのだがよいかぁ」
「なんだ」
淡々とした会話なのだが、その言葉の一つ一つに謎の重みが感じられた。
槙田はその言葉をさらに重くするように、憎しみを込めて指を鳴らす。
「アベンは俺に殺らせろぉ……。己の尻は己で拭くぅ……」
「無論そのつもりだ。ではこちらからも一つ」
「なんだぁ……」
木幕は鯉口を一度斬る。
「刀を取り返したら立ち会え。死合だ」
「あいぃ……わかったぁ」
どっちも最初からそのつもりだったよね?
そうレミが心の中で突っ込む。
レミは話が終わったようだったので、牢の鍵を開け、手枷と足枷を外してあげる。
槙田は腕をさすりながら、のそりと立ち上がって牢屋から出る。
槙田が初めて立ち上がった姿を見たレミは、何か違和感を覚えた。
「あれ? 細い?」
槙田の身長は木幕よりも高い。
髪の毛は非常に長く、ぼさぼさで手入れがされていないという事がよくわかる。
だが、腕がそんなに太くなく、足も細い。
初めて見た時は、屈強な体を持っていると感じていたのだが、全くそんなことは無かったのだ。
「ほぅ。鍛錬はしておったようだな」
「只の瞑想ぅ……。だが瞑想はぁ……」
「「己を鍛え上げる(ぅ……)」」
「そんなところで息を合わせないでください。怖い。」
槙田は牢の中にいる間、四六時中瞑想を繰り返していた。
そして、瞑想をしている最中の槙田を、レミは目撃したのだ。
瞑想で極限にまで集中している槙田は、己が動かぬ燃える炎だと言う風に意識していた。
そしてその炎の意味は、復讐。
絶対に許さない、そして燃え尽きることのない燃え盛る憎悪だけを常に留め、体中にその熱を送り届ける。
定期的に来るアベンの姿を見るだけで、その憎悪は何十倍にも膨れ上がった。
体は弱っているが、動けないことは無い。
腕の感覚、足の感覚を確かめながら、槙田は一度ダンと足を踏み込む。
「紅蓮焔ぁ……今行くぞぉ……」
槙田は走ってアベンの元に向かった。
「ちょっとまって槙田さん! そっち逆ぅーー!!!!」
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