2.18.報告


 扉を開けた先には、腕を組んで仁王立ちしているガリオルが立っていた。

 ガリオルは勇者一行の一人で、その中の一番の実力者である。


 レミは、この人も槙田隠蔽に加担しているとしたら、自分は今非常に危険な状況にあることを悟った。

 アベンだけに気を使っていたため、逆に尾行されているなど思いもしなかったのだ。

 完全に失敗したと思いながら、この状況をどう回避しようかと悩みに悩む。


 扉とガリオルの間には隙間があり、不意を突いて突っ切れば逃げれそうではあるが、ガリオルがそんな隙を見せてくれるとは思えない。

 かといって部屋の中に戻り、裏口を探そうにも時間がないし、まず裏口の扉らしきものはなかった。

 では窓から逃げるのはどうだろう。

 窓がなかった。


(つ……詰んだ!)


 逃げ場はない。

 その事に気が付いた途端、力が抜けてへたり込んでしまった。

 今回の尾行は失敗に終わったのだ。


「おい、大丈夫か」


 意外なことに、ガリオルはレミに手を差し出して立ち上がろうとさせてくれた。

 それに戸惑いはしたが、ここは自然に繕うべきだと考え、その手を取って立たせてもらう。


「え、えっと……」

「ガリオルだ。あんた、もしかしてモクマクの使いじゃないのか?」

「!? え、えっと違いますぅ~」

「嘘がへたくそ過ぎるだろ」


 おかしい……自分では完璧な誤魔化し方だとは思ったのだが。

 何故バレたのか首を傾げるが、そんなことは無視して、ガリオルは話を続ける。


「俺をモクマクの所に案内してくれ」

「良いですけど、会ってどうするんですか……?」

「……正直すぎないか? さっき嘘ついてるのにそこで認めてどうする」

「…………は!! 誘導尋問!?」


 ガリオルはばりばりと頭を掻いて呆れている。

 レミはまんまとガリオルの誘導尋問に引っ掛かってしまったと思い、頭を抱えて師匠に許しを請うた。


 しかし、ガリオルはこの部屋で何をしていたかなどは聞いてこない。

 とりえあず、ガリオルをこの場所から引き離すため、木幕の所まで連れていく。

 これを見たら師匠は怒るだろうなと考えながら、少しばかり重い足取りで宿へと向かった。



 ◆



 ガリオルを連れてきたことで、宿の人には非常驚かれた。

 目立って申し訳ないと思いながら、木幕の部屋まで歩いていく。


「師匠~」

「入れ」


 レミは扉を開けて中に入る。

 すると、ベッドの上で胡坐をかき、非常に鋭い目つきでこちらを睨んでいる木幕がいた。

 その隣には、幕幕が手入れしていた槍が置かれている。

 だが何故か少し赤い。


 おそらくガリオルを連れてきたという事で、尾行がバレ、失敗に終わったとすでに気が付かれているはずだ。

 レミは自分のやったことが不味い事だったと思い込み、咄嗟に頭を下げて謝った。


「失敗しましたすいませんー!」

「ぬ? それは別に気にしていない。そもそも期待しておらぬ。それよりもガリオル殿を連れてきたのはお手柄だ」

「……へぇ?」


 期待していないという言葉だけが胸に刺さったが、あんまり怒られなかったことに安心した。

 では、どうしてそんなに怒っているのだろうか。

 このように怒りのオーラを醸し出した木幕は見たことがない。


「えっと……じゃあなんでそんなに怒ってるんですか? ていうか……槍返してないんですか?」

「そこだ!! それだ!!」


 いきなり大声を出した木幕に驚く。

 木幕はそのままの声量で、怒りの理由を教えてくれた。


「某はこの槍の主にこいつを返しに行った! だがしかし! 奴は新しい槍を買ったのでそれはいらぬなどとほざきよった!!」

「えっ?」

「武人たるもの己の武器を手放すとはどういう了見か! 身を預けるものぞ! 魂を預けるものぞ! そのような扱いに某も流石に腸が煮えくり返る思いだ! こやつも悲しんでおる!」

「あ、あの~……その兵士さんってどうなりました?」

「半殺し」

「ひえっ」


 道理で槍に血が付いているわけだ。

 木幕は兵士の行動、発言に怒り、稽古と称してはちゃめちゃに兵士を痛めつけたらしい。

 レミはその容赦のなさに、もし自分が武器を持ったら絶対に手放すことはしないと心に誓った。


 すると蚊帳の外にいたガリオルが前に出てくる。


「さっきぶりだな。モクマク」

「うむ。お主なら問題あるまい。もう気が付いただろう? 奴が偽物だと」

「偽名を使っているのはわかった。だが実力は本物だぞ?」

「奴より強い者が、もしくはここの本当の勇者となる者がおるのだ。レミ」

「はい」

「見てきた事を話せ」


 レミは気を取り直して、自信満々に報告を開始した。

 偽勇者の本名はアベン。

 そして槙田正次の発見。

 更には槙田の過去と、アベンが勇者となったきっかけまで全てだ。


 それを聞いた木幕とガリオルは、驚きより感心といった感情が強かった。


「一日……もかかっておらぬのに、そこまで集めて来たか。才能があるな」

「ええぇ!?」

「こりゃすげぇ! 嬢ちゃん流石モクマクの使者だぜ!」

「し、使者じゃなくて弟子ですよう! もうもう~!」


 いきなり褒められて感情のやり場に困る。

 普段から褒めてくれない人が、このように素直に褒めてくれるのは非常に嬉しい。

 くねくねと動いているレミを無視して、二人は話を詰めていく。


「ガリオル殿はどうする」

「人のために戦ってっる勇者が、そんなことしてるのは見過ごせん。本物の槙田正次を救出するのに、俺も手を貸すぜ」

「だが一つ言っておかねばならん」

「何をだ?」


 木幕は葉隠丸を撫でる。


「某は槙田正次を殺さねばならぬ。お前らで言う、神の信託だ」

「じゃあしゃあねぇな」


 ガリオルはあっさりと言い切った。

 ここまで軽くあしらわれると、やはり困惑してしまう。

 あの天女の発言は、どれほどの力があるのだろうか。


 だが、真剣勝負でなければ、木幕も槙田正次に手をかけるつもりはない。

 まずは槙田正次の刀を奪還し、それから正々堂々と戦う。

 無手の相手に武器は構えない。

 木幕の信念の一つだ。


「あ、槙田さんは夜に来てくれって言ってました!」

「では、槙田を助け出すのは夜にしよう。道は覚えているな」

「はいっ!」


 槙田を救出するのは、さほど難しい事ではない。

 問題は、槙田の武器を回収するところだ。


「その辺は俺に任せろ。なんとか夜に外に出して見せる」

「寝ている間にかすめ取ることはできぬのか」

「無理だ。あいつは妙なスキルを持っててな……寝込みは襲えん」

「まぁあいつの刀だ。あいつが取り返すだろう」


 ガリオルは人気のない場所に、アベルを呼び出すと約束してくれた。

 そこは廃墟が多く、今では貧乏な人々がたむろする程度の場所なのだという。

 周囲をあまり巻き込みたくないのであれば、これ以上の場所はないとのことだ。


 場所も把握した。

 まずは木幕たちが槙田を救出し、そして集合場所に待機させる。

 それからガリオルの出番だ。

 既に待ち伏せをしている場所に、アベルを呼び出す。


 大切なのは、アベルが槙田に食事を持って行った後に、槙田を助けなければならないと言う所だ。

 なので、木幕たちは勇者一行が食事をする場所に潜伏し、アベルが食事を包んでもらって店から出て、帰ってくるまでを待つ。

 アベルが店に帰って来た時、それが作戦開始の合図だ。


「では、やるとしよう」


 無駄な手間をかけさせたこと、後悔させてやると、木幕は心の中で呟いた。

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