2.8.調査


 食事に満足した木幕は、ただ一人そこに居座ってゆったりとした時間を過ごしていた。

 しかし、これが庭の前であれば、もっと良い時間になるのだが、と考えはするが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 あるもので時間を潰す。


 木幕が見ているのは、天井にくっついている風車だ。

 風がないのに何故か回り続けている。

 恐らくこれが、レミの言う魔法と言うものなのだろう。


 魔法に関しては未だ理解が遠く及ばないのだが、それでも非現実的なことを現実に持ってくるための奇術だということは理解できた。

 いや、理解はできないが、理解したという事にしておく。

 これ以上わからないことが増えてしまうと、頭の中がこんがらがってしまうからだ。


 そういえば、あの男はどうなったのだろうか。

 勢いで殴ってしまったが、あの後どうなったのかはよく覚えていない。


 扉の方を見てみると、ロストアと言う男はもういなくなっていた。

 誰かに運ばれたのだろう。


 木幕は目線を天井にくっついている風車に戻す。

 一定の間隔で回り続けているこれは、なんとも見ていて面白い。


 見飽きはするのだが、どういうカラクリで動いているのかを考えてみると、時間を潰すことができた。

 どうせ魔法なのだろうが、という事は置いておいて、現実的に考えて、どうして回っているのかを考えていた。


「……あの~……」


 恐る恐る、と言った様子で、この宿の娘がひょこっと隣から顔を出す。

 同にも不安が拭えないような表情をしているのが気になるが、それよりも後ろの壁から顔だけ出して、じっと見ている店主の方が気になる。


 だが声をかけてきたのは娘の方なので、店主のことは一度放っておく。


「なんだ?」

「いやあのっ! え~っと……冒険者……さんでいいんですよね?」

「某は今日冒険者登録と言うものを行った。正式に冒険者と認められるのは明日だ」

「ち、ちなみに……ランクは?」

「びーだと聞いている」


 その言葉に、娘は驚いた様子で木幕を見る。

 後ろの店主は青い顔をして、冷や汗を流しているようだ。


「す、すいません! そのようなお方だとは知らず! 父が無礼を働きました! お許しください!」

「む? 無礼? ……ああ、態度の事か。よいよい。あやつには興味がない」


 その言葉に娘はほっと胸をなでおろすが、父親である店主は会話が聞こえていないのか、気が気で仕方がないようだ。


 父と言うのは、この宿の店主の事なのだろう。

 という事は、この宿は家族で経営しているようだ。


 しかし、ランクがわかった途端、態度が急変した。

 この国では、冒険者ランクと言うものはどのような意味になるのだろうか。


 あのロストアという冒険者の横暴も、その場にいた全員が黙認していたように感じた。

 冒険者のランクと言うのは、何か特別な意味合いがあるのかもしれない。


「聞いても良いか?」

「はい!」

「そんなに気を張らずともよい。でだが、この態度の変わりようはなんだ? ランクごときでこの宿の者は態度を変えるのか?」

「えっ?」


 全く予想だにしていなかった質問だったのか、娘はきょとんとした表情をした。

 一体何を言われているのか、よくわからないといった風である。


「ら、ランクの高い冒険者は、有能な者として……様々な場所から大切に扱われます」

「……あのような者でもか?」

「……はい……」


 年功序列とは全く関係なしに、冒険者は自身の腕によって上下関係が決まるらしい。

 全くもってわかりやすい。

 弱肉強食とでもいえばいいだろうか。


 高位の冒険者は、貴族の用心棒になったり、国王直属の護衛兵となったり、一番出世が見込める者である反面、横暴になったり、自分の立場ががらりと変わったことによって、人柄そのものが変わってしまったりするらしい。

 木幕からすれば、身の程を弁えよといいたい所である。


 先ほどのロストアもその一人であり、Bランク冒険者になった途端、人を見下したり、横暴になったりと、同じBランクの冒険者によく当たっていたのだという。


「冒険者同士のいざこざって、殺しても殺されても文句が言えないんですよ」

「ほぅ?」

「ギルドで抱えられている冒険者は、ですけどね。騎士になったりした人たちにそういうことをすると、流石に罰則がかけられますが」


 これは良いことを聞いたと、木幕は心の中で笑った。

 その勇者とやらが、今どうしているのかはわからないが、もしまだ冒険者であった場合、殺してもとやかく言われることはなさそうだ。

 恨まれそうではあるが。


「お主、名は何という」

「あ、申し遅れました。カリンといいます」

「カリンか。某は木幕だ。でだ、聞きたいことがもう一つあるのだがよいか?」

「はい」

「勇者は何処に居る? そして、名を何という」


 勇者はこの国では有名だ。

 恐らくここにいる者たちであれば、名前を知らない者はいないだろう。

 居場所までは流石に知らないだろうが、それでも、あのギルドと言う場所にいれば、会うことができるはずである。


 カリンは、少し考える素振りをしてから質問に答えてくれた。


「勇者様……大将のことですね。大将は今遠征に行っていると聞いていましたが、そろそろ帰ってくる頃ではないでしょうか? 帰ってくると国中が騒ぎだしますので、分かりますよ」

「それほどにまで信頼の厚い者なのか」

「はい。Sランク冒険者であるにも関わらず、悪しきを罰して弱きを助けてくれるお優しい方です。他の冒険者も見習ってほしいですね」


 どうやら勇者は、正義感にあふれる者のようだ。

 良い人材であるには変わりないが、そういった者は少し意固地だったりする。


 扱いが難しいわけではないが、主人の命より、自分の意見を優先する者がいたことを、木幕は覚えている。

 そういった者は、牢に入れられたりしていたが……。


「して、名前は?」

「……それが、難しい名前でして、ちょっとしか覚えていないんです」

「構わん。申してみよ」

「“まきた”という名前です」


 予想通りだ。

 勇者は日の本からこの世に転移させられてきた、侍だ。


 おそらく、その名前と言うのは名字だろう。

 名前ではない。


「……助かった。では奴が帰ってくるまで待つとしよう」

「奴って……勇者様ですよ。流石にそんなことを言うと……」


 カリンが言葉を続けようとしたとき、外が騒がしくなった。

 宿の二階からも人が降りてきて、外に出ていく。


「何事だ?」

「大将が帰ってきたみたいです!」

「意外と早かったな」


 木幕は腰を上げて、外に出る。

 ありえないほどの人混みの中をかき分けるのは非常に大変ではあったが、流れに任せれば自ずと前に進むことができた。


 すると、流れが止まった。

 だが人混みで奥が見えない。

 なんとか開けられている通路に出ようとして、人をかき分けていく。


 どうやら大通りらしき場所の両脇に、人々がたまっているらしく、大通りは誰もいなかった。

 ここが勇者が通る道となっているのだろう。


 木幕は、人々が向いている方向を見てみる。

 すると、数人の人物が歩いてきていた。


 立派な装備を纏い、手には各々の得意とする得物が握られている。

 その周囲には、旗を掲げた兵士がいて、道行く人々を制しながら、勇者が歩く邪魔にならないようにしているようだ。


 立派な装備をしている者は四人。

 一人は大きな戦斧を肩に担ぎ、黒い鎧を身に纏っている。

 黒い髪に、貯えた髭、そして顔にある古傷は、歴戦の戦士を思わせる面立ちだ。


 一人は奇妙な杖を持ち、動きやすそうな服を着ている。

 どうにも戦闘をしに行くような服装ではなく、四人の中では一番浮いていると感じた。

 水色の長い髪の毛を後ろで結っており、視界の邪魔にならないようにしている。

 どうやら女性のようだ。


 もう一人が背中に弓を携えている。

 大きなものではなく、割と小さな弓だ。

 金色の紙で、短髪。

 背は小さいが、しっかりとした人物であるという事が外見からわかる。


 そして最後の一人。

 赤い髪の毛を揺らしながら、金色の甲冑を身に纏って堂々と歩いていた。

 双方に見える群衆に手を振りながら、意気揚々と歩いている。


 そいつの腰には、日本刀が携えられていた。 

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