2.6.ギルド


 ギルドは、城下町の商売区域ほどの賑わいのある場所だったが、人が多すぎるという訳ではないようだ。

 広い空間には椅子や机などが並べられており、それに座って会議をしていたり、食事をしていたりする者たちが非常に多い。

 壁には一体何の騒ぎだというほど、一杯の張り紙がしてある。

 一度見て驚いてしまった。


 受付には娘が二人ほど立っており、一枚に紙だったり、紙束をそちらに持って行っている者が見て取れる。


 ここにいる者たちは、門前であった兵士と違い、あまり良い装備は身に着けていない様だ。

 時々良い装備を身に着けている人物も見れるが、その数は非常に少ない。


 この者たちが、レミの言っていた冒険者という物なのだろうか。 


「これからどうすればよいのだ?」

「受付に行って、冒険者登録を済ませるんです」

「ぬ? 某は冒険者というものになるのか」

「路銀を稼ぐのに一番いいって言ったじゃないですか」


 そういえばそのようなことを、レミから聞いていたことを思い出す。

 確かに侍を探すのに路銀は必要だ。


 ここに一人いるのはわかっているが、他の者たちが同じ場所にいるとは限らない。

 なので旅に出ることは避けられないだろう。

 何もなく、餓死しかける前の木幕は、旅を少し侮っていたのだが、それは内緒である。


 レミに連れられて、木幕は受付へと進む。


「こんにちは。ようこそ冒険者ギルドへ。この度はどのようなご用件ですか?」

「冒険者登録を二人分お願いします」

「分かりました。ではこちらの書類を……」


 受付の娘は、カウンターの下から二枚の書類を取り出す。

 それには、自分の名前、使える魔法、スキルなどを書く欄があるのだが、魔法やスキルなど木幕は持っていない。


 因みに、木幕はこの世界の文字が読めないので、レミが翻訳してくれている。

 村娘であるレミが字を読めることに驚いたが、どうやら村の村長に教えてもらっていた時期があるらしい。

 昔取った杵柄とはこのことだ。


 木幕は、自分の名前だけを書いて、それを受付の娘に渡す。

 渡された娘は、非常に困惑しながら木幕と、木幕の書いた書類を見比べる。


「あ、あの……何もないんですか?」

「なんのことだ?」

「いやあの……魔法ならともかく……スキルもないとはどういうことですか?」

「そもそも……すきる、とはなんだ」


 その言葉に、受付の娘は硬直した。

 レミも驚いている。


「え、師匠何も持ってないんですか……?」

「某は刀しか持っておらぬ」


 その様な言葉自体初めて聞いた木幕にとって、困惑しているのが何故この二人なのか理解できなかった。

 だが、スキルを持っていない事自体、なにか不味い事なのかもしれない。

 そう思い、レミに尋ねてみる。


「不味くはないですが……冒険者としてやっていく以上、スキルは必要です……」

「レミは何を持っているのだ?」

「私は……槍術レベル1を昨日取得しました。戦闘スキルはこれだけです」

「……?」


 一体何を言っているのかよくわからない。

 昨日取得した?

 取得できるものなのか?

 そもそもどこで確認をすることが出来るのだろうか。


 自問自答していてもその答えが出るわけもなく、木幕はただ一人混乱していた。

 理解が及ばないことがあると、このようなことになると知った木幕は、一度考えることを放棄した。


「……レミはそれが某に必要だと思うか?」

「あ、いらないですね。てことでお姉さん。お願いします」

「!? ……!!?」


 一度驚き、また驚いた娘だったが、とりあえず登録を完了させるため、手続きを終わらせてくれる。

 だが、レミがそれを制止させた。


「あ、すいません。師匠だけこれに見合うランクに上げてください」

「これ?」

「リザードマンの素材です」

「!!?」


 娘はすぐにその袋をひっつかんで中身を確認する。

 何処から取り出したのか、道具を使ってその鱗をじっくりと観察する。


 すると、周囲がざわめいているのことに気が付いた。

 どうやら、事の様子を見守っていた冒険者たちが、レミの持ってきたリザードマンの素材という言葉に反応したらしい。


 暫くしていると、鱗をみて満足した娘が、恐る恐るその袋をレミに返した。


「ほ、本物です……」


 娘がそういったと後に、周囲のざわつきも大きくなる。

 確か、リザードマンはそれなりに高いランクの冒険者でなければ、討伐すらさせてもらえないのだったか。


 何故か誇らしげなレミは、その素材を手に取って一度懐に納める。


「え、えっと……木幕さん……でしたか。貴方はBランク冒険者として登録され……」

「ちょぉおっとまったぁあああ!!!!」


 後ろから大声が木幕たちに飛んできた。

 振り返ってみると、そこにはすでに剣を抜刀した冒険者が、こちらに剣先を向けている。


「スキルも持ってねぇ奴が! リザードマンを倒しただぁ!? あり得る訳ねぇだろうが!」

「事実です」

「うむ」

「嘘こけぇ!」


 その冒険者の剣幕に、周囲の者たちは少し距離を取った。

 勇み出てくるのは良いことはだとは思うが、なりふり構わずに得物を抜刀するのはよろしくない。


 ここが日の本ならば、木幕は相手がかかってくる場合、すぐに斬り伏せていただろうが、郷に入っては郷に従え。

 自ら騒ぎになりに行くようなことはできるだけ避けたい。


 しかし、こういう奴は、実際に力量を示してやれば大人しくなるものだ。

 幸いなことに、相手もやる気の様ではあるし、ここは少し乗っておくことにした。


「ふむ。ではどうすれば信じてくれるだろうか?」

「俺と勝負しやがれ! 俺はお前が今からなろうとしているBランク冒険者のロストアだ!」

「某は木幕だ」


 既に気合十分のロストアは、剣を中断に構える。

 ここに来て初めて、綺麗な剣の構えを見た。


 一人で勝手に感動しつつも、木幕の手は葉隠丸の柄に置かれている。

 この場所は広いのだが……天井が低い。

 おまけに、椅子や机が邪魔になっている。

 大上段に構えて大ぶりなどすれば、剣先が天井に当たってしまいかねないし、適当に振り回せば机などに当たってしまいそうだった。


 流石にそこまで空間把握能力がない木幕ではないが、少しでも葉隠丸を丁寧に扱ってやりたい。

 なにせ今までずっと共にいた相棒なのだから。


 なので、木幕は居合の構えを取った。

 残念ながら葉我流剣術に、居合術はないので、技と言う技はない。

 あるとすれば……如何に早く、そして小さく振り切るかである。


「ちょっと二人とも! こんなところで戦わないで!」

「うるせぇ! 男の戦いに口出すな!」


 受付にいた娘が慌てて止めるが、ロストアは聞く耳を持たない。

 木幕としては、苦手とする居合術をするよりも、外に出て一撃で終わらせる技を撃ち込みたい所なのだが、相手が引かない以上、こちらは引くことができないのだ。


 相手が一歩前に出る。

 走ると同時に両の手を右腹部へと持っていき、突きをする体勢へと変えた。


 それを見た木幕は、また残念そうに肩を落とす。


「なんだその見え見えの初動は」

「!?」


 次の瞬間、木幕はロストアの懐に潜り込み、逆手持ちで葉隠丸を抜き、柄頭をロストアの腹部に命中させる。

 居合の構えからだったので、今だ刀身の半分は鞘に残ったままではあるが、それでも強烈な一撃には変わりない。


 ロストアは白目をむいてゆっくりと崩れ落ちていき、どさりと床を転がった。


 あっさりと勝負がつき、何の見ごたえもない仕合が終わった。

 だが冒険者一同は、木幕の動きをほとんど捕らえきれていなかったようで、結局何をしたのかすらもわからないでいたようだ。


「構えは良かったが……足さばきが疎かすぎる。それに攻めると同時に剣を引くとは何事か。こういうのを見掛け倒しと言うのだぞ」


 とりあえず、受付の娘にこれからの話を簡単に聞いておく。


「して娘。某はどうなる」

「……はっ! え、えっと! Bランク冒険者として手続きさせていただきます! は、発行には一日かかりますので、後日いらしてくだしゃいましぇ!」

「ふむ。わかった」

「……嚙んだ……」


 一人撃沈している娘は放っておいて、木幕はギルドから出ていく。

 レミは撃沈している娘に、リザードマンの素材をいくつか売って、とりあえずの資金を得ていたようだが、木幕はそれを知らない。


 結果、レミが何処で金を稼いできたのかわからないまま、木幕は宿へと向かうことになった。

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