第162話 『その日、英気を養った』

「まさか、あんな事をずっと考えていたなんてね」


 部屋へと戻った私達は、数日ぶりにのびのびとした時間を過ごしていた。最近の放課後はダンジョンに籠っていたし、休日もデートは出来たけどバタバタしてたから、決闘前にのんびりした時間を過ごすのも良いよね。


「流石お姉ちゃんなの!」

「素晴らしい案ですわ、シラユキ姉様!」

「えへへー」

「これからはアリスちゃんも一緒に授業が受けられるのです?」

「そうよー」

「わぁ、楽しみなのです!」

「み、皆さん気が早すぎます。まだ決闘は終わっていませんのに……」


 今部屋には、先週この部屋に集結したメンバーが再び集まっていた。まずは部屋の住人でもある私達。隣の部屋からアリエンヌちゃんとココナちゃん。初等部からはリリちゃんにママ、アーネちゃん。そしてアリエンヌちゃんのメイドさんと、アーネちゃんのメイドさん。

 寮の部屋に11人も集まるなんて、文字だけで見たら狭っ苦しく感じてしまうけれど、この寮の1部屋の広さは規格外だ。全然余裕で収容出来ている。


 どうやら彼女達は、決闘が明日に迫った私にエールを届けるために、こうして集まってくれたようだった。


「大丈夫よ、アリスちゃん。シラユキちゃんに任せる以上、決闘の結果は火を見るよりも明らかなんですもの。それよりもその後のことを考えた方が建設的だわ」

「リーリエ母様……」


 まあでも、誰もが私の勝利を疑っていない訳で。エールと言うのはただの口実で、私に会いに来てくれただけなのかもしれないわ。私としてはそっちの方が嬉しいけどね。


「それでシラユキちゃん、学園長先生は何てお返事をしてくれたの?」

「うん、Sクラスに見合った相応しい実力を見せてくれたなら問題ないって。だから私の決闘が終わったら、すぐさまアリスちゃんのお披露目の時間よ」

「楽しみねー。今までアリスを馬鹿にしてきた連中に一泡吹かせられるわ!」

「き、緊張します……」

「大丈夫よ。ダンジョンのボスを相手にだって出来たんだから、スコアボードをぶっ飛ばすぐらい訳ないわ」

「そうかもしれませんが、やはり人前でとなると……」


 縮こまってモゴモゴするアリスちゃんがカワイいくって、思わず手が伸びそうになっていると、初等部組が驚きと興奮が入り混じった声で割ってきた。


「シラユキ姉様、もうダンジョンに入られたのですか?」

「ダンジョンなの?」

「そうよー」

「ふわぁ……」


 編入組もそうだが、本来新入生は知識と実力をきちんと測るまでは、ダンジョンへ入る資格を得られないらしい。

 私は入学して3日目には突撃していたし、クラスメイトの平民組も5日目には先生同伴で突入していたが、これは例年の流れから鑑みて、異常な状態だったらしい。アーネちゃんやそのお付きのメイドさんは非常に驚いていたし、改めて考えるとすごいことですわねと、アリエンヌちゃんもしみじみと感じているようだった。

 Sクラスだから許された可能性もあるのかな?


「まあそこはお姉ちゃんだから仕方がないの」

「そうね、仕方がないわね」


 でも、家族はそんなの関係なく納得していた。理由は私が関わったから。良いけど。

 リリちゃんが興奮していたのは、自分も入ってみたいからだろう。ソフィーとアリスちゃんの2人でも割となんとかなっている現状、リリちゃんとママの2人でも、多分なんとかなる気がする。というかママがべらぼうに強いから、矢の在庫さえ気をつければソロでもいけちゃうかも。


 そう説明するとママは謙遜していたけど、アリシアは納得してくれた。


「お母様の弓の技術と魔法があれば、あの程度のダンジョンはソロでも簡単に制覇出来るでしょう。しかし1人では、途中の素材回収をしている暇は無いかもしれませんが」

「「「リーリエ母様、スゴイ (のです)……!」」」

「ママ照れちゃうわ。でもありがとう」


 いつの間にかママの娘になっていた子達が、尊敬の目で見ていた。ママはソロでの狩りの経験もあれば、魔法も使いこなせる上に装備のランクも武器が10、防具が6と言うことで家族の中でも一番高い。それにママの身のこなしであれば、初心者ダンジョンのボス相手でも手傷を負う心配はないだろう。

 前衛としてもある程度戦える能力があるって、ソロをする上での前提条件よね。リリちゃんは魔法使いとしては王国でも指折りとなりつつあるけど、持久力の問題があるからね。


「リリちゃん達はいつ頃からダンジョンに入れるの?」

「えっとね、クラス分けが済んでからだって言われたの」

「クラス分け??」

「うん。お姉ちゃんのところみたいにテストをして、強い人を見つけるんだって」

「初等部は入学テストがないからね。実力を測ってない状態で皆バラバラに入れられてるのよ」


 と、ソフィーが補足してくれた。


「ふーん。そのテストっていつ?」

「あしたなの」

「え、明日!? 日程が丸かぶりじゃない」

「大丈夫なの。簡単なテストは入学してからずっと続いていて、今日と明日で魔法の実力を測るの。今日は違うクラスの子達の日で、明日がリリ達の番なの。1日かけてじっくりするみたいなんだけど、放課後には終わるの。だからぱぱっと終わらせて、お姉ちゃんの応援には絶対行くから、待っててほしいの!」

「リリちゃん……」


 嬉しい!


「シラユキお姉様、ご安心下さい。は必ず応援に駆け付けますから」

「ええ、待ってるわね!」


 2人の妹を抱きしめる。するとリリちゃんは力強く抱き返してくれて、アーネちゃんも遠慮がちに抱きしめ返してくれた。

 こんなにカワイくて健気な妹達を持てて幸せだわ。


 その後も、皆から応援のメッセージを貰って夕食も一緒に食べて解散となった。久しぶりにリリちゃんやママを、お風呂でじっくりたっぷり念入りに洗ってあげたかったけど、リリちゃんからはSクラス内定確定したら、それのご褒美でして欲しいって言われたので、我慢したわ……!

 アーネちゃんも、魔法を教えてからはしっかりと鍛錬をしているみたいだし、一緒にSクラスに入れたらアーネちゃんも洗ってあげる事にした。すると、顔を真っ赤にしながらも是非お願いしたいと言われたわ。

 うん、ソフィーの言う通り嫌がられることは無いのね。むしろ嬉しそうに返事をされると、こっちまで嬉しくなっちゃう。


 えへ、今から楽しみだわ。

 彼女達にしてみればご褒美かもしれないけれど、私としてもカワイイ子を隅々まで洗うのはとっても大好きなのよ。決闘を頑張ったご褒美と言っても過言じゃ無いわ。つまりはWin―Winということね!!



◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝。決闘当日ということもあって、朝食の席でもソフィーとアリスちゃんは落ち着かない様子だった。反面、私とアリシアは落ち着いていた。

 うーん、登校までまだまだ時間はあるし、朝ものんびりとしちゃおうかな。


「ねぇソフィー」

「ん、なに?」

「決闘が終わったらさ、頑張ったご褒美が欲しいなー?」

「ご褒美ぃ?」

「そうそう。元はと言えば、決闘なんていう貴族優位ルールが存在してるせいで、一部の生徒達が不当な扱いを受けてる。それが許せなくて始めたこの戦いだけど、一応私ってば部外者じゃない? そんな私が頑張ったのなら、その分何かしらの報酬がソフィーからあっても良いんじゃないかなーって」


 学園長先生からのご褒美は、アリスちゃんのSクラス移籍。リリちゃんやママ、アーネちゃんからはお風呂での洗いっこする権利をもらえる手筈となっている。

 今更なんだけど、私は部外者だ。私が口出しするよりも、この件で煮湯を飲まされ続けていたり、それを近くで目の当たりにしてきた正義感の強い人が行動に移すのが筋という物だろう。

 それを肩代わりというか、代行者として矢面に立ってるんだから、ちょっとくらいご褒美があってもいいと思うの。

 そんな意味合いで伝えたのだ。ソフィーに。


「……はぁ、分かったわよ。あんたが起こす騒動は衝撃的だったからだから忘れがちだけど、元々は私達が何とかするべき事だったのよね。働きに対価を求めるのは、至極当然のことだわ。……それで? 何が欲しいわけ?」

「ソフィーがくれるならなんでも」

「えぇー……」

「シラユキ姉様へのご褒美……」


 ソフィーが考え込み始めると、アリスちゃんも同じように考え始めた。あ、もしかしてアリスちゃんもくれるのかしら?


「熱烈なキスならもう貰ったから、ワンランク上の何かが欲しいなー?」

「うっ!」


 あの時のことを思い出したのか、顔を赤らめたり慌てたり、首を振って妄念を振り飛ばしたりと、面白い百面相を繰り広げ始めるソフィー。ふふ、カワイイ。


「まあ確かに? シラユキにはお世話になってるし」

「うん」

「私たち家族を助けてもらったし」

「うん」

「アリスの一生涯続きかねない悩みも解決してくれたし」

「うん」

「魔法の知識や技術、戦う事でしか得られない貴重な経験は、今も、そしてきっとこれからも、たくさんお世話になるだろうし」

「うんうん」

「……その」

「……」


 何か言おうとしては口をつぐむソフィーと見つめ合う。私としてはこんな時間も至福だわ。


「……一緒に」

「うん」

「……ど、どど、同衾……しても……良い、よ?」

「ソフィー!!」


 ソフィーを抱きしめて頬擦りする。出会って早1ヶ月、ようやく一緒に眠れるわ。こんなの、私にとって最大級のご褒美よ!

 抱きしめられたソフィーは、特に抵抗する事なく諦めた様子で受け入れている。


「た、ただし! 何もしない事! それが条件だからね!」

「何もって? キスしたらダメなの??」

「キ、キスくらいなら良いわよ」

「抱き枕にするのは?」

「それも、まあ良いわよ」

「じゃあ何がダメなの?」

「えっと、その……」


 他に何かあったっけ??

 ソフィーがまた口籠ってしまった。アリスちゃんも、ソフィーが何を言おうとしているのか気がついて、顔を真っ赤にしてしまっている。

 ……ああ、なるほどね。2人とも、何の心配をしているのやら。


 私、アリシアにも家族にも、今まで一緒に同衾してきた子達にも。していないと言うのに。


 しどろもどろになりながら、慌てるソフィーを見るのは楽しいけど、怒られちゃう前にネタバラシしちゃいましょ。


「安心してソフィー。私、今までそれ以上の事はしてないのよ?」

「……えっ?」

「そう、なのですか?」


 2人の箱入り娘が私を見て驚いた後に、そのままアリシアを見遣った。

 まあ、私から一番愛情を受けているのは彼女で間違い無いんだけど。


「はい。お嬢様からは、

「あら、まるで私が奥手で、アリシアに手が出せていないかの様な言い回しね?」

「そ、そのようなつもりは」


 ……ふぅん? アリシアがそのつもりなら、私にも言い分があるのよ?


「私、アリシアならそんな関係になっても良いと思っているのよ? 最初の契約の時でも、そんな話が出ていたし」

「こ、光栄です」


 アリシアを抱き寄せ、正面から見つめ合う。


「でもアリシアったら、私の裸もまともに凝視出来ないんだもの。だからそう言う事はまだ早いと思うのよね」

「そ、それは……はい」


 まあそれは、アリシアに言わせると私が美し過ぎるから凝視出来ないらしいんだけど。


「だから……『MPキッス』」

「んむっ!?」


 不意打ちの『MPキッス』をお見舞いする。けど、今日も軽めに抑えておく。

 これ、相手は気持ちよくなるけど、私としては普通のキスと変わらないのよね。まあ、相手が蕩けて気持ちよさそうな顔をしてくれるのは、正直嬉しいから良いんだけどさ。

 私も一緒に昂ってみたいわけで。……アリシアが『精霊使い』になるの、楽しみだなぁ……。


「んっ。今はこれで満足しなさい」

「あっ……お嬢、様」


 口を離すと、アリシアが名残惜しそうな顔をした。カワイイなぁ、もう。


「アリシアがコレと同じことを出来るようになったら、私を気持ちよくしてくれる?」

「!! は、はい。もちろんです!」

「私の身体を凝視出来るようになるのと、このスキルを覚えるの、どっちが先になるかしらね」

「しょ、精進します……」


 恥ずかしそうにそういうアリシアを撫でていると、ジト目になったソフィーと目が合った。


「イチャつきは終わったかしら?」

「あ、待たせちゃった? ごめんねー」

「良いわよ、慣れてるし。それよりも、『MPキッス』ってなによ。随分とぶっちゃけたスキルみたいだけど」


 確かに、字面そのまんまよね。……いや、そのまま読むと、逆に吸ってるようにも見えるのか。


「ほら、私の近くにいると魔力が自動回復するじゃない? あれって、とある職業のアビリティなんだけど、その職業には、他にも狙った1人を対象に魔力を直接譲渡出来るスキルがあるの」

「それが『MPキッス』って訳?」

「そうなのよー」

「ふぅん。随分と、特定の誰かさん向けというか、一般的に見て使い所が限られすぎてるスキルね」


 アリスちゃんも頷いている。


「ん? あー、これって別に、直接キスをしなくても譲渡自体は出来るのよ? 直接やるよりかはロスが発生するだけで」

「それって投げキッスみたいなのでも出来るってこと?」

「ええ、出来るわ。やんないけど」

「一応言い分を聞かせてもらおうかしら」

「どうせするならじゃない?」

「……アンタってほんと、キス魔よね」

「えへへ」

「それで……魔力を渡されるのって、その……気持ち良い訳?」

「あら、ソフィーも興味ある?」

「……人並みには」

「気持ち良さ、というのは多少の語弊がありますね。正しくは多幸感と思われます。コレは、お嬢様への愛が深ければ深いほど、効果は高まるかと」


 アリシアはうっとりとした表情でそう告げた。何だか危ないお薬をキメてるみたいね。いや、濃度をあげたら実際そうなるんだけど。


「じゃあ早速しましょうか! コレをすると他人には見せられないくらいトロけちゃうから、やるなら自室だもの」

「そ、そんな事になるならしな」

「はーい、貴女達に拒否権はありませーん。『MPキッス』」


 そうして逃げ出そうとするソフィーを捕まえて、無理矢理唇を奪ってゆっくりと魔力を流し込むのだった。


『たまにはのんびりしなきゃね!』

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