第131話 『その日、親友の妹に出会った』

「あれ、今日は授業がないの?」

「そうよ。今日は入学式とクラス説明だけで、授業があるのは明日からなのよ。説明のプリントが事前に届いていたでしょ?」

「……見てないです」

「仕方ないわねえ」


 モリスン先生とイシュミール先生による説明が終わり、2人が退出すると同時に皆がのびのびとし始めたので、おや? と思ったけど、そういう事なのね。


「じゃあこれからどうしよっか」

「本来なら、それぞれに割り振られた寮にある部屋を見に行ったり、学内を見回って明日以降の準備を始めるところなんだけど……」

「あ、さっき貰ったプリントの中にあったわね。寮までの地図と、部屋の鍵。ふーん、これがそっかぁ」


 鍵を眺めながら、空いた手でココナちゃんを撫でる。


「はふぅ……。あっ、シラユキさんとは隣のお部屋なのです」

「あら、本当ね。なら、いつでも遊びに来れるわね」

「はいです! ……はうぅ」


 ココナちゃんの顎を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らした。この子、実はネコなんじゃないの?


「あの、シラユキさん。私も遊びに行っても構いませんか?」


 それじゃあ尻尾も。と手を伸ばしたところで、アリエンヌちゃんがやってきた。

 そういえばこの前、彼女には泣いてるところを見られちゃってたわね。思い出すとちょっと恥ずかしいわ。


「勿論よ。ところでアリエンヌちゃんのお部屋は何処なの?」

「ありがとうございますわ。私はココナさんと同室ですの」

「え、同室??」


 あれ? もしかして寮ってシェアハウスなの?


「その様子から察するに、ご存知なかったようですわね。シラユキさん、寮は1部屋2人で生活をする様になっているのです。勿論、世話役のメイドを連れてこられる方もいらっしゃいますので、最低2人、最大4人の寮生活となりますわね」

「そうなんだ。じゃあ私のパートナーは……」

「当然私とよ。おじ様から見張ってるように言われたんだから、私以外あり得ないでしょ」

「それもそっか。良かったわ、知らない子とかじゃなくて」


 誰が来ようとアリシアとは一緒だけど、ソフィーと離れ離れは寂しいもの。ココナちゃんも近くにいてくれるみたいで良かったわ。


「ねえソフィー……むぎゅっ? なにしゅるのー」


 ソフィーの手が私の顔を押さえつけていた。


「……どうせ抱きついてくるんだろうなーと思って、先手を打っただけよ」


 なぜバレたのかしら。

 しょうがないからこの手で我慢しよう。


「それよりも、シラユキに紹介したい子がいるの。着いてきてくれるかしら?」

「良いけど、見に行かないの? 私達の愛の巣を」

「誤解を生む言い方をしないでちょうだい。あんたの話を聞いて、思っただけよ。ズルズル引き伸ばしたところで、あの子の環境は何も変わらないんだって」

「??」


 何の話だろ。

 でも、アリエンヌちゃんは心当たりがあるみたい。ココナちゃんの手を取って立ち上がらせた。


「で、ではココナさん。お二人はお忙しい様ですし、私達は先に寮の様子を見て参りましょう。場合によっては、必要な物を購買で手に入れる必要がありますし」

「あ、はいなのです! ではシラユキさん、また後ほどです」

「シラユキさん、ごきげんよう」

「ごきげんようー」


 ……行っちゃったわ。

 ココナちゃんが居なくなると、ちょっと寂しい。


「……そんな顔しないの。私がいるでしょ」

「ソフィー……。うん、そうね!」

「あっ、ちょっ!」

「えへへ」


 ソフィーに抱きつき頬擦りする。すりすり。


「はぁ、結局こうなるのね……」


 ああ、ソフィーもいい匂いがする。元々の香りと、以前に作った香水が混じり合って独特の美香に変化しているわ。アリシアとはまた別のベクトルで好きな匂いね。

 ふふ、その内ソフィーも抱き枕にしたいなぁ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ソフィーに連れられて廊下を歩いていると、いろんな種類の視線が飛んできた。


 見慣れたいつもの好奇な視線に始まり、舐め回す様な下品な視線。私を見てソフィーを見て、またもう一度驚いた顔でこちらを見る戸惑う視線。そして一部女子達から飛んでくる期待のこもった視線に、一部先輩方から飛んでくる敵対的な視線まで。

 ホント、多種多様で飽きないわね。


「シラユキが宣言したおかげか、誰も近寄ってこないわね」

「今までは違ったの?」

「知ってるでしょうけど、私は優秀な公爵家の次女よ? 男女問わず、放っておくわけないでしょ」

「あー……。フェリス先輩は高嶺の花って感じで知り合い以外は声をかけづらい雰囲気を醸し出してたけど、ソフィーったらそういうの全然ないもんね。そりゃ絡まれるわ」

「む。確かにお姉様ほど凄みは出せないけど……」

「そうね、圧力というか気品というか、そういうのがソフィー全然足りてないわね!」

「……もしかしてバカにしてる?」

「ま、まさかー。ソフィーの接しやすさは、今までのお上品でお淑やかな令嬢の仮面をつけ過ぎてた反動でしょ。あれじゃあまだ話しかけやすい部類だと思うわ」

「じゃあどうすれば良いのよ」

「うーん、いくつかあるけど、どれも一朝一夕には会得できない物だわ。だからまずは、貴女の用事から済ませちゃいましょ」

「そ、それもそうね!」


 言われて思い出したのか、目的を思い出したソフィーは慌ててUターンをした。もしかして、通り過ぎちゃってたの?

 ふふ、カワイイんだからー。


「こ、ここよ」


 ちょっと恥ずかしそうにそっぽを向く様がまたカワイらしい。

 ソフィーが案内してくれた場所は教室。1年E組のクラスだった。


 あー、ソフィーがさっきあんな顔をしたのって、ここのクラスに友達がいるからなのかな。それは悪いことをしちゃったわ。

 それにしても、この学校では他のクラスに勝手に入っちゃって良いのかしら? 学校によって入っても良かったり、入っちゃダメだったり、明確にダメじゃないけど暗黙のルールでダメだったり、黙認されてたりと色々あるわよね。


 そう思ってると、ソフィーはガラリと扉を開けてズカズカと入って行った。

 あ、良いんだ? 常識人のソフィーが入ってくんだし、この学校ではそういうのは緩いのかもしれないわね。


 と、ソフィーが困った様に教室を見渡した


「……おかしいわね。この時間ならまだいると思ったんだけど……」

「その子、実はEクラス以外に入ったとか?」

「それは無いわ、残念だけどね」


 断言するのね。

 それにしても、ソフィーって一応有名人のはずよね? ほとんど誰も、ソフィーがこの場にいることを気にしていないわ。むしろ私に視線が集まってるわね。

 初等部も、高等部と同じでEからSまでクラス分けされていたみたいだし、もしかしたら彼らにとって、ソフィーが自分たちのクラスへと足を運ぶのは、で慣れちゃってるのかしら?

 ああ、この人また来てるなー。みたいな。


 もしこれが深読みではなくその通りだったとしたら、彼らはEクラスなんだろう……。


「うーん、どうしよっか?」

「そうね、居ないなら仕方ないわ。もう1つの用事を済ませちゃいましょう」


 ええー、まだあるの? 早く私達のお部屋が見たいんだけどー。


「ちょっと、そんな顔しないの。シラユキから決闘なんて言い始めたんだからね。ちゃんとルールを明確に決めて、学園側に提出する必要があるのよ」

「あ、それがあったわね」


 忘れてたわ。


「全く、信じられないわ。あんな大見得切って1時間も経ってないのに。シラユキの頭の中はどうなってるのよ……」


 ソフィーがため息をつきながら廊下に出たところで、私の耳にいくつかの音が届いた。今にも消え入りそうな悲鳴と、顔を顰めそうになる笑い声、そして……。


「おやめなさい! その子が嫌がっているわ」


 真っ直ぐな意思を宿した、カワイらしいソプラノボイス。その声を聞くと同時に、ソフィーは駆け出した。

 彼女の顔を見れば、それが探していた子だとすぐにわかったので、私は何も言わずに追従した。


「はっ、貴女には関係ないでしょう。僕はこの平民と話をしているんだ」

「いいえ、関係あります。先ほどから聞いていれば、彼女に対して、人を人として思わない不当な物言いの数々。あまつさえ決闘をチラつかせ脅し、決闘の履行も無しに言うことを聞かせようなどと、貴族の風上に置けぬ行為です。貴族の一員として、見過ごす訳にはいきません」

「そこまで仰るのでしたら、貴女が代わりに僕と決闘しますか?」

「……っ!」

「はっ、出来やしないでしょう! 貴女はここにいる平民共にすら負ける欠陥品なんですから! 座学が出来ても魔法が出来ない……ああ、その座学も負けたんでしたっけ? ククッ、そんな貴女に果たして、存在価値なんてあるんですかね??」

「……」


 現場に駆けつけると、1人の女子生徒を巡って、男女が言い争っている現場にやってきた。いや、言い争うというか、注意した女の子が一方的にボコボコにされてるんだけど、何というか。……うん、無性に腹が立って来たわね。

 コイツぶっ飛ばして良いか、隣にいる親友に聞こうとしたら、彼女の目は座っていたわ。……うん、コレをボコボコにする権利はソフィーにあげちゃいましょ。


 ソフィーから発せられる怒りと負のオーラを感じ取ったのか、男子生徒……多分先輩ね。彼はこちらへと振り返った。

 不遜度合いが年単位で熟成されてきた感があるわ。


「おや、これはこれはソフィアリンデ様。ご機嫌麗しゅう。僕のことは覚えておいでですか? 僕は」

「知らないし興味もないわ。ただ、覚えていることといえば、数だけはいる無能の中でも、平民を食い物にする汚物だという事ね」

「……はっ?」


 普段猫被りをしているソフィーからは、考えられないような言葉が飛び出したからだろう。男子生徒は固まってしまった。

 ああいや、ゲーム中のソフィーって、こんな感じのツンツンっぷりだったっけ、そういえば。

 最近はずっと甘えさせてくれる優しいソフィーとばっかり接してたから忘れてたけど、あの世界で出会ったばかりの彼女は、不幸を一心に背負っていて、周りにも自分にもとても辛辣だった。

 それが徐々にデレていく様がカワイらしかったんだけど。……あの女の子が罵倒されていたから、辛辣ソフィーが顔を出したのかしら??


「ここは魔法学園、実力が全てだし、爵位を尊重しなくても良いとは言え、先程の発言は見過ごせないわ。この場で私と決闘をするか、尻尾を巻いて逃げ出すか。どちらかを選びなさい」

「くっ……!」


 初日から平民の子を脅す様な真似、まず間違いなくコイツは上級生なんでしょう。それでもソフィーに勝てる自信がなくて怯んでるのね。

 弱すぎてお話にならないけれど、ここで逃す訳にもいかないわ。


「ソフィー、ちょっと待って」

「なに? 私今、すっごく不機嫌なんだけど」

「わかってるわ。でも、こんな取るに足らない雑魚を虐めたところで、全体のゴミ溜めの一部に過ぎないわ。だからこそ、1週間後の決闘で纏めて潰そうとしてるのよ」

「……はぁ、分かったわ。この場はシラユキに譲ってあげる」

「ありがと」

「その代わり、ちゃんと起き上がれないくらいボッコボコにしてよね!」

「任せて」


 親友と親睦を深め合っていると、蚊帳の外になっていた雑魚モブはプルプルと震えていた。


「貴様ら、無視するだけでは飽き足らず、僕のことを取るに足らない雑魚だと!? よくも……あっ、貴様は入学式の!」

「あら、今更気が付いたの? 褒めたくなるほどに残念な頭をしてるのね」

「き、貴様、平民のくせに生意気だぞ! 少しくらいテストでいい点を取ったからと言って、実戦で戦えると思うなよ!」

「ふふ、その通りね。お遊戯みたいなテストで何点取ったところで、実戦で扱えるかは全くの別の話。イレギュラーが起こりうる街の外ではなく、ダンジョンなんて言う、出てくる魔物が決まっていて事前に対策もできる様な養殖の練習場で、魔物を倒したと良い気になっているようではたかが知れてるわ。実際に何が襲ってくるかわからない外の環境で、オークなんかと戦って帰ってきて、初めて一人前になれるのよ。そうでないうちは、おままごとに過ぎないわね」

「ぬっ、ぐっ……!」


 別の国から来たと噂されている私の言葉が、予想以上に効いたのか上級生はぐうの音も出ないみたいだった。ちょっとソフィーにも刺さる言葉だったけど、まあそこは、後日実践経験を積ませるから良いわ。


 あっと、コレを口で黙らせるのが目的では無かったわ。しっかりと私の意思を伝えておかないと。


「という訳で、そんな甘ったれた環境で強くなってると錯覚して、自分より下の人たちに強気に出ちゃってる哀れなあなた達を教育してあげる。1週間後の決闘、あんたも必ず出なさい。それまでは全ての私闘も決闘も禁じるわ。お友達にも伝えなさい。あとはそうね……商品が私だけというのが味気ないなら、武器ランク8の、私の私物も加え入れるわ」

「なっ! 武器ランク8だと!?」


 あら、目の色が変わったわね。

 さっきまでは敵愾心しか感じられなかった視線に、欲望の色が映り始めたわ。たったの8でも、お城の宝物庫に入るレベルらしいし、もしかしたらと思ったけど。……意外と効果的ね。


「参加者は何人でも受け付けるのだったな」

「ええ。学園外の人間を何人雇っても構わないわ。ただし、本人も決闘に出ることが条件よ」

「……その言葉、忘れるなよ! 決闘の場で徹底的に辱めてやる、覚悟しておけ!」


 そう言ってモブは走り去っていった。


 その後、絡まれていた不幸な平民の生徒を介抱し、騒がしくなったその場を3人で後にする。

 私とソフィー。そして、ソフィーが探していた女の子を連れて。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ソフィーの案内でやってきたのは中庭のベンチ。そこにやってくるまで、彼女たちは言葉を交わすことなく黙々と歩いていた。

 そして辿り着いた中庭は、大勢の貴族が通う魔法学園だけあって、普通の学校とは違ってとてつもなく広かった。もう公園といっても差し支えない広さをしていたわ。


 私がベンチに座るのを確認し、先ほどの女の子が頭を下げた。


「先ほどは助けて頂き、誠にありがとうございました」

「良いのよ、私もあんな風に言い寄られてる子は見捨てられないわ」

「私も当然のことをしたまでよ。気にしないで」


 顔を上げた少女は、先ほどまでの張りつめていた少女とは別人に思えるほどに、優しい表情をしていた。でも、その瞳に宿る意思は強そうにも脆そうにも見えた。

 なんだか常に、薄氷の上に立ち続けているかのような、心配になる目ね。そして彼女には、もう1つ特徴的なものがあった。


 この国の人間は大抵が明るい髪色をしていて、貴族は王族なども含めて皆、金色の髪をしている。

 この国の人間にとって金髪は貴族の出であることを示す要素でもあるみたいなんだけど……彼女は、白かった。


 髪は白。お肌も色白で目だけはルビーのように紅い。この世界でも珍しいアルビノってやつね。

 整った容姿も相まって、愛くるしいお人形さんみたいだった。


「紹介するわ。この子はアリスティア。私の大事な妹よ」

「お初にお目にかかります。エルドマキア王国第四王女、アリスティアと申します」

「よろしくね、アリスちゃん!」


 アリスちゃんの頭を撫で回す。


「わっ。な、馴れ馴れしい方なのですね……」

「この子は王女だろうと公爵令嬢だろうと全く遠慮しないわ。立場も実力も関係なく、勿論学園の内外も関係なしに平等に扱ってくれるわ。私たちにとっては、ある意味貴重な存在ね」

「そうですね……。確かにそのような方は、貴重かもしれません。ソフィア姉様も、良い出会いがあったのですね」

「そうね。事情は後で話すけど、確かに良い出会いだったわ。……さて、ひたすらアリスを撫で続けている彼女の紹介をするわ。名前はシラユキ。頭が痛くなるような点数をたたき出して学園に混乱を巻き起こした元凶であり、私の大事な親友よ」

「何よその紹介は」

「間違ってないでしょ」


 まぁ、間違ってはいないけど。


「貴女が、あのシラユキ様ですか……?」


 すると、困惑したような表情をアリスちゃんが向けてきた。

 んむむ、称賛されたり驚かれたりのどっちかだと思っていたけど、こんな表情をされるとは。……やっぱりこの子も、王族なだけはあって色々と爆弾を抱えていそうね。


 ……だって、この子は史実では亡くなっていたはずなんだもの。


『アリスちゃん、お人形さんみたいでカワイイわ!』

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