第5章:魔法学園 入学騒乱編
第129話 『その日、代表挨拶があった』
「――以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」
締めくくりと共に壇上でカーテシーを披露すると、盛大に拍手が鳴り響いた。ついでに、シラユキちゃんスマイルをお見舞いすると、拍手はさらに大きくなる。
ふふん、どうやら私の宣誓式は成功のようね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クラス分けの発表から数日後。ドタバタしていた空気から解放され、久しぶりにのんびりとした空気を公爵家にて味わっていた。
メンバーはいつものアリシアに、ソフィーとココナちゃんを加えた4人。リリちゃんとママはお買い物で、フェリス先輩は学校行事とやらで不在なのだった。先輩は忙しそうにしてるなぁ。特に聞いてないけど、生徒会長とかそんな役職についてるんだっけ??
ふふ、似合うわー。
そんな風に思いながら平和な時間を過ごしていると、公爵家に学園からの通達がやって来た。私宛に。
……え、なんで? と思ったけど、ソフィーやアリシアはさも当然の様にしているので、知らない間にそうなっていたのかもしれない。周囲にも、公爵家が私達の拠点だとか認知されているのかしら。
……まあ庇護下にあると言っても間違いではないし、良いのかな。良いのかも。
それで届いた通知の内容を見てみると、なにやら進学組の主席であるソフィーを差し置いて、編入生であるにも関わらず1位を取ってしまった私に、新入生の挨拶をしてほしいという辞令だった。
正直、入学する事にしか頭が向いていなかったので、その展開は想定外だったわ。
面倒だったしパスしようと思ったんだけど、断れないらしい。そしてソフィーにお願いしようとしても「イヤよ」の一言であしらわれてしまう。
「私もやなんですけど」
「嫌というか、無理でしょ、私の場合。あんな異次元の点数を出した生徒が代表として挨拶せずに、3位に転落した私が代表として挨拶するなんて。私をそんな好奇の目に晒したいわけ?」
「うっ、そう言われると……」
次点のココナちゃんを見遣る。
「コ、ココナも無理ですぅ……」
「むぅ」
でも、スピーチなんて考えた事なかったし、その上発表の入学式まで時間もあんまりないだなんて。
面倒だし、なんだかやだなぁ。
「でもやだもん……」
そう呟くと、急に暗い感情が湧き上がってきた。
不安、恐怖、拒絶。さまざまな感情が波のように押し寄せ、視界が滲んでいく。
「やだなぁ……」
声は段々と掠れて行き、体は震え出す。思考もぐちゃぐちゃになっていく。
「うぅ……やだー!」
「お、お嬢様!」
近くに控えていたアリシアからの、突然の抱擁。感情や思考が追いつかないけど、今は彼女に甘えたい。
「うええぇぇん!!」
「えっ? えっ??」
「先日吐き出したとお聞きしましたが、やはり足りなかったようですね。ご安心くださいお嬢様。私がついております。今ここで、泣いて泣いて、嫌なものは全て流しておきましょうね」
「ううー!」
アリシアに包まれながら、彼女の香りを全身で取り込む。甘えるように体を擦り付けると、彼女は優しく背中を撫でてくれる。
「うわぁ、話に聞いていたけど、想像通り心に突き刺さるというか、放って置けない感覚があるわね……」
「……」
「ほら、ココナちゃんも、しっかりなさい」
「っ! ……はう。ココナ、今のシラユキさんを見ていると胸がとっても苦しいのです」
「私もよ。……全く、本当に凄まじい子ね。シラユキは……」
「お二方も、見ていないで手伝ってください」
「わ、わかったわ。抱きしめれば良いのよね」
「はいっ、頑張ります!!」
両隣から、遠慮がちにだが新しい温もりが被さってくる。
「だ、大丈夫よ、シラユキ。私も手伝うから。泣かないで」
「ココナも。ココナもお手伝いしますっ!」
「……ぐすんぐすん」
そうして3人に抱きしめられ、思いっきり甘えている内に眠りこけてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
意識を取り戻すと、聖母の様に微笑むママと目が合った。そして腕の中には、抱き慣れた感触と心地良い温もりを放つリリちゃん。
どうやら私は、寝ている間にママの膝枕とリリちゃんの抱き枕に包まれていた様だった。
そして少し離れたところでは、アリシア監修のもと、ソフィーとフェリス先輩が原稿を急ピッチで仕上げてくれていた。
後から聞いた話によると、ツヴァイが全力で呼びに行ってくれたらしい。えへへ、この大事にされてる感じ。幸せだなぁ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今読み上げた挨拶は、その時に書かれた原稿を丸暗記した物だ。ちなみに私は、この原稿を作成するにあたって、一切関わっていない。
作成をするとまた泣き出してしまうとアリシアが危惧した為だった。
『パチパチパチパチ』
ここにいる生徒達は皆、心からの拍手をくれているわね……。
シラユキちゃんは演技が上手い。
だから、台本さえあれば心を込めて読み上げることなど造作もない。決められた事を口にするのであれば、心の負担は何も無かった。
……というか、
ランクの件もそうだし、アリシアにきつく当たった時もそう。
もしくは、私と小雪の感情が混ざり合って、どちらでもない別の感情が溢れて、泣いちゃうのかもしれない。
あの日、目が覚めた私に気付いたソフィーに言われた言葉が、あまりにも印象的だった……。
「まるで2、3歳の子供を宥めているような気分だったわ」
そう言われるとぐうの音も出ない。
だって小雪は、まだ生まれて数年しか経っていないはずなんだもの。その通りだわ。
台本は、アリシアと公爵家姉妹で作り上げただけあって、非常に様になっていたわ。このスピーチを聞いた人は、まるで何処かの国の大貴族や王族が訪問して、そのまま入学まで済ませたかの様な、そんな錯覚を覚えたことでしょう。そして私の言葉が追い討ちとなって、威厳すら感じさせられたかも。ふふ。
それにしてもこの文章。高貴っぽさの中に私らしさも含まれていて、アリシアの熱意が伝わったわ。
私、演じて見せるのは得意だけど、硬っ苦しい挨拶を考えるのは本当に苦手なのよね。助かったわ。
今この瞬間も拍手をしている人達は、彼女達が考えた幻想の私に恋焦がれているのだろう。
何だかいつも街中を歩いている時に感じるよりも、熱っぽい視線を感じるわ。
さて。
この台本を作ってくれた彼女達には申し訳ないけど、この場は一つ、私の宣戦布告の場にも使わせてもらおう。
「盛大な拍手をありがとうございます。それでは挨拶とは別に、この場で学園での目標を宣言しておきたいと思います」
その予定になかった行動により、司会役の生徒は戸惑うが、逆に観客の一般生徒達は期待と興味が混じり合った騒めきを起こす。
極一部の知人達からは諦めの視線が来ていたが、無視無視。
「この学園には『決闘』という制度があるとお聞きしました。己が信条の為に互いの譲れないものを賭け合い、双方合意の上で初めて成り立つもの」
新入生の口から『決闘』という単語が出る事が意外だったのか、一部の上級生から訝しげな視線が飛ぶ。
それもそのはず。この『決闘』のシステムは、一部の連中にとって無茶を通すための悪法としても利用されているからだった。
「簡単な内容のものならば近場の広い場所で。複雑な条件が絡み合うなら闘技場で。この決闘で敗者となったものは、賭けの内容を支払い、勝者はその権利を得られる。素晴らしいものですね。……しかしそれが、本当に合意のもとにあれば、ですが」
その言葉に一部生徒から不穏な気配が流れてくる。明らかに敵意が込められたそれは、上級生がいる集団。それも男子生徒達から発せられていた。
「私は、自身には何の力もないくせに、生まれや立場を利用して他者に迷惑をかける方が大嫌いです。生理的に無理です。そして決闘を悪用し、無理矢理条件を呑ませて決闘させるという蛮族が学園にはたくさんいらっしゃるとか。誠に残念極まりないですね」
飛んでくる敵意は、次第に害意を孕み始める。
「ですので、この様な不当極まりない環境に、か弱い人達がこれ以上晒されない様、この場を持って宣戦布告をさせていただきます。1週間後、決闘をしましょう。場所は大闘技場。こちらの人数は私1人。対する相手は無制限。全ての外道共を同時に相手してあげます。私が勝てばこの悪法を二度と利用できないよう改定し、今まで弱者を食い物にしてきた外道共に制裁を与えます。逆にこちらは私自身をベットしましょう。勝者は私の身体を自由に出来るというものです。希望者は何人でも可能とし、外部から助っ人を用意することを可能とします。細かい賭けの条件や、参加者が負うペナルティーなどは、後日の発表をもって開示したいと思いますわ」
私の宣言により、場の空気は静まり返った。
決闘の条件が、あまりにも突飛だったからか、飲み込むのに時間がかかっているのだろう。でもここで終わらず、獲物が逃げてしまわない様に釣り針を出さないと。
「あと、今まで蛮族行為を繰り返しつつも、今回の決闘に対して尻尾を巻いて逃げ出す様な情けない殿方には、以後
そう、笑顔で宣言する。貴族はメンツを大事にする。阿呆な貴族ほどそれは顕著だ。だから、平民から一方的にバカにされ、二の足を踏むような奴はほぼ居ないと思われる。
美味い汁を飲んできた自覚のある連中だからこそ、その言葉がよく刺さる。
でも、それだけでは弱いかもしれないわね。もう少し報酬の面というか、釣り針は改良していかないと。
そう私が思考の海にダイブしつつも、ゆっくりと壇上から降りて行く。
すると唖然とした空気は徐々に悪意で満たされ、罵声の様なブーイングが至る所から起きた。そのブーイングからは、不敬だの何だのと聞こえるが、敬う価値のない連中に不敬も何もないわ。
私が席に戻ってもブーイングは収まらず、司会役の生徒は慌てふためいていた。……彼は生徒会の人なのかしら? 迷惑をかけたわね。
そう思っていると壇上に1人の女子生徒が上がり、司会からマイクを奪う。
「静まりなさい!」
あ、モニカ先輩だ。
彼女の怒気の籠った一声で、誰もが声を失う。
「彼女は、不遜にもこの場で決闘を申し込んだわ。彼女が言った内容に文句があるのなら、決闘に参加表明をして、実力をもって黙らせてご覧なさい。彼女はテストで高得点を叩き出したけれど、それはテストでの話。実戦とは違うわ。それでも尚、決闘に参加もせず文句を垂れるだなんて無様な真似を晒すなら、私が相手になってあげる」
わぁお、モニカ先輩って結構熱い人なのね。
……うん? 熱い人で、モニカ……?
どこかで聞いたことがある様な……。
モニカ先輩の啖呵が効いたのか、ブーイングはピタリと止まる。そして変な空気となったまま入学式は進行し、閉幕となった。
私は、いろんな種類の視線を浴びながらも仲間たちと教室に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あんた、何やってんのよ!」
教室に着くなり、ソフィーから怒られてしまった。
未だにシラフのソフィーを知らない進学組はソフィーの変化に驚いているようだったが、編入組は同意するかのようにうんうん頷いていた。
「何って……宣戦布告?」
「……はぁ」
正面の黒板には好きな場所に座るようにと書かれていたので、中央を陣取るとソフィーとココナちゃんは私の両脇を確保した。
言わなくてもそばに居てくれるなんて、2人共大好き!
「だって『決闘』を不正利用してるボンクラ共をやっつけるなら、これが一番楽じゃない。学園内でチマチマ探して勝負を挑んだところで、結局何戦かバトれば警戒されてしまうわ。それならいっそのこと一網打尽にして全部炙り出した方が確実だし、楽で良いのよ」
「むぅ……。なら、せめて相談とかしなさいよ」
「そうね、もちろん相談するわよ。そのボンクラ連中を全員釣り上げる為に、私の体を3年間自由にして良いとか色々設定を設けていきましょ? 奴らが乗ってくれるようなルールをたくさん設けて……。ふふ、楽しみね」
「相談ってそういう……はぁ、もう良いわよ。協力すれば良いんでしょ」
「ありがとソフィー。大好きよ」
「はいはい……」
顔を赤らめてそっぽを向くソフィーがカワイかったので抱きしめて頬擦りする。ソフィーはくすぐったそうにしてるけど、私は構わず続けた。
「あ、あの!」
そうしていると、遠巻きにこちらを見ていた御令嬢達がやって来た。
「……銀の姫様は、ソフィア様と、どのようなご関係なのでしょうか?」
どこか困惑した空気を纏いつつも、興奮した様子で問いかけて来た子は……またなんと言うか、可愛らしい、箱入り感満載のお嬢様だった。
きっと彼女は、公爵令嬢であるソフィーに対して、対等に接している私がなんなのか、測りきれずに困惑しているんでしょうね。
対等に出来る身分は同じ公爵家か王族となるだろうし、あんなスピーチの後だもの。もしかしたら他国の王族や上級貴族の可能性も捨てきれずに、姫とまで呼んでしまっているのね。にしても銀の姫かぁ……。
イイわね!!!
私が平民だなんて知ったら、どうなるのかしら?
「私とソフィーは、自他共に認める大親友よ。キスしても受け入れてくれるくらい仲が良いわ」
『きゃー!』
令嬢達だけじゃなく、編入組からも黄色い悲鳴が上がった。それに対しソフィーは慌てたように取り繕う。
「ち、ちがっ! ほっぺによ、ほっぺ。口と口じゃないわ!」
「んちゅっ」
「あっ……」
執拗にソフィーが頬をツンツンしていたので、そこにキスをしてあげた。真っ赤になって固まるソフィーがカワイくて仕方がないわ。
『きゃーっ!!』
そのまま動かなくなったソフィーに、もう一度頬擦りをしながら教室内を見渡すと、試験発表の時に名前だけは見つけていた、メインストーリーの主要キャラ達がそこかしこにいた。男も女も、見事にSクラスに残っているわ。
それにしても、誰も彼もが皆、こっちを見てきゃあきゃあとカワイイらしい声をあげているけど、相変わらずこの国の主要キャラは女の子の比率が高いわね。
編入生組は男女比は半々だったから良かったけど。
……まあ、カワイイ子が多いに越したことは無いわね!
ちなみに、このクラスにおける爵位の順位で言えば、公爵令嬢のソフィーは1番トップではなく3番目だったりする。
侯爵家子息や令嬢は、皆1つか2つ上にいるフェリス先輩達の世代に集中しているらしいけど、王族だけは違った。
第三王子と第四王子がこのクラスにはいるのだ。親の都合で無理矢理世代を合わせさせられたそうだけど。
ちなみに以前にナンパして来たのは第三の方で、今もこの教室で私の方をじっと見ているわ。熱い視線で。
まあソフィー曰くどっちも「無い」らしいけどね。異性の魅力的意味で。
王子達とは今まで親戚の弟分として接して来たんだし、魔法も座学もソフィーより格下なんだから、魅力ある異性とは思われないか。
彼らは2人共、女子の密集地帯には入ってこれないみたい。
ま、この先いくらでも話す機会はあるわね。そう思っていると教室のドアが開き2人の男女が入ってきた。
「今年の新入生は随分と姦しいな」
「仲が良いのは素晴らしいことですよー」
2人が教壇に立つと、生徒達は最寄りの席に散って行った。ということは、この人達が担任の先生なのね。
片方は気怠げだけど渋めのおじさんで、もう1人はほんわかした感じのお姉さん。うーん、こんな特徴的な人、ゲームにいたかなぁ。
「……」
あら? 男の先生が私を見て硬直してる。
なになに? 私の顔に何かついてる? それともあまりのカワイさに見惚れちゃった??
えへ。困るなー。えへへ。
「……んんっ! えー、まずは自己紹介させて貰おう。俺の名はモリスン・バーランド。君達Sクラスの担任となる。そして魔法学教授の1人でもある」
「私はイシュミール・アルマンよー。このクラスの副担任で、薬学教授の1人でもあるわー」
モリスン先生は、クラスの皆を見回しながら告げる。
「本来、クラスの担任になれる教授は1クラス1人だが、Sクラスだけは別だ。このクラスは学園の中でも選りすぐりのエリートだけが入れるクラスだ。よって、学園側は全力でサポートするつもりでいる。学内の施設の利用は勿論、ダンジョンの利用などもお前達が最優先となっている。その権利を手放したくなければ、魔法の腕前を磨き続けなくてはならない。浮かれた気持ちでいると、下のクラスの連中に食われることになるぞ」
途中から、またしてもソフィーにべったりしてる私を見ながら喋ってたけど、なぜかしら?
もしかして私が、主席入学の上であんな宣戦布告をしたから、天狗になってるとか思われてるのかな?
それともホントに気に入られちゃった??
まあでも、退屈はしなさそうね。
『学園生活の始まりよ!』
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